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15、父との約束

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「おお、ブランシュ」

 目が覚めて、数カ月が経とうとしていた。ブランシュはまだ、王宮にいる。記憶に変化はない。周りはもう諦めたような空気を出していた。

 ただ国王だけは、最近またブランシュに記憶を思い出してほしいと思ったのか、そばへ呼ぶようになった。

「見てごらん。これはおまえが小さい頃、宮廷画家に描かせたものだ」

 ブランシュの幼い頃を、国王はたくさんの絵描きに描かせており、当時の思い出と一緒に懐かしそうに教えてくれる。今回見せてくれたのは、ブランシュだけでなく、ブランシュによく似た女性も一緒に描かれている油彩画だった。

 椅子に腰かけて、その女性の膝に抱きつくように寄り添う、あどけない顔立ちのブランシュ。女性の視線は鑑賞者ではなく、少女へと向けられている。優しい、眼差しであった。

「おまえの母親だよ」

 ブランシュがまだ物心つく前に儚くなったという王妃。独りになっても、国王は再婚せず、彼女だけを愛し続けた。

「おまえの母はね、旅立つ寸前まで、おまえのことを気にかけていたんだよ」
「……優しい、方でしたのね」
「ああ、もちろん。身体の弱かったおまえが熱を出すと、一晩中そばについて看病していた。一言二言話すだけで、本当に嬉しそうに笑っていて、誰よりもおまえの成長を間近で見ていたかっただろうに……」

 国王は瞬きを繰り返し、滲んだ涙を必死に乾かそうとした。ブランシュは見ない振りをして、油絵へと視線を落とす。

(あなたはとても愛されていたんですってよ、ブランシュ……)

「ブランシュ。おまえは私たちの宝だよ」

 そっと顔を上げれば、王はしみじみと呟く。

「熱を出して寝台に臥せっていたおまえを見るたびに、母と同じもとへ旅立ってしまうのではないかと、儂は不安でたまらなかった。どうかまだ連れて行かないでくれと神や、彼女に夜通し祈った。その願いを聞き入れてくれたからだろう。おまえは少しずつ健康を取り戻し、元気な子へと成長していった」

 ただ生きていてくれるだけでいい。

 そうした思いが、ブランシュを我儘に育てた。でも、そのことに国王は気づいていない。自分はただ父親として惜しみない愛情を注いだだけだと思っている。

「おまえが公爵との結婚を望んだ時、儂は反対した。周りもだ。だがおまえは決して自分の意思を曲げなかったな。それほどまでに、おまえは公爵を愛しているのだな」

 さも美談のように語られ、ブランシュは心の中で苦笑する。

「おまえが池に身を投げたと聞いた時は、本当に心臓が止まりそうになった」

 はっと国王を見れば、彼はその時のことを思い出したかのように憂いのある表情で微笑んだ。

「病気で連れて行かれるならば、仕方がない。だが自らの意思で死ぬなど……あまりにもやるせなかった。こんな目に遭わせた公爵が憎らしく、いっそ処刑してしまおうかとまで考えた」

 処刑という言葉に震える。もし自分があのまま死んでいれば、マティアスはきっと殺されていただろう。

「公爵に、悪い所はありませんわ……」
「ああ、ブランシュ。おまえは本当に優しい子だね。むろん、今となっては、儂もそんな馬鹿なことをしなくてよかったと心から思っているよ。おまえが目覚めて、おまえをこれから支えるたった一人の伴侶だからね」

 ブランシュ、と国王は何かを言い聞かせるように娘の両手を包み込み、絵画に描かれた母親と同じ、優しさに溢れた眼差しで見つめてくる。

「もう決して、自ら命を絶とうなど、考えてはいけないよ。辛いことがあったら、おまえの伴侶や、兄であるジョシュア、身近な人に相談しなさい」
「陛下……」
「どうか、どうか約束しておくれ」

 彼女は戸惑いつつ、頷き返した。

「ええ、約束しますわ」

 そう言うと、国王は穏やかに微笑み、娘を優しく抱きしめた。

 それから三日後のことだった。国王が突然倒れたのは。

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