25 / 47
25、上へ這い上がる
しおりを挟む
六つ下の女の子がお前の婚約者だと紹介された時、アルフォンスはすでに立派な自我を持っていた。自分が何を好み、厭うか。白黒はっきりした己の性格から、彼はユーディットが婚約者であることを、どこかで認められずにいた。
「父上。なぜクライン家と婚約を結んだのですか」
「アルフォンス。そう言うな。私にもいろいろと事情があるんだよ」
それとなく苦言を呈した息子を、父はそう言って宥めたけれど、彼は納得できなかった。
「事情というのは、父上とユーディットの父親が友人だからでしょう?」
幼い頃から共に育ってきた彼らは、息子と娘にもそうであれと関係を強いた。そして、父が事業で失敗したクライン伯爵をなんとか助けてやりたいという正義感に溢れた感情を持っていることも、アルフォンスからすれば実にくだらないものであった。
(クライン伯爵と付き合っていても、何の得にもならない)
結局は、そこに尽きた。爵位こそ賜っているものの、領地を治める才能も、投資の才能も、中途半端なものしか持っていない。そんな相手に金を渡すだけ渡して、一体何の得になろうか。
結婚するのならば、もっと自身の地位を確立するような家がいい。利害関係を意識して、有利になる駒の一つとして、活用する。陰謀渦巻く貴族社会で、己がどこまで這い上がれるか、アルフォンスは試してみたかった。
「――アルフォンス。おまえ、クリスティーナをどう思っている?」
胸に抱いた野望を実現するため、アルフォンスは学園で王太子と意気投合し、互いに切磋琢磨しあう関係を築き、やがて側近としての地位を獲得した。お前は俺の親友だ、と言いながらも、王太子はアルフォンスより上の身分であり、そう思っているのは彼だけだろうと内心思っていた。
「王女殿下の侍女、と記憶しておりますが」
「それはそうだが……そうではなく、異性としていかがなものかと聞いている」
どうもこうも……まともに話したのは、数えるほどで、何とも思っていないのが正直な感想であった。だが王太子の顔は、何かを期待していた。それを、アルフォンスは無視するわけにはいかなかった。
「可憐な方だと思いました」
「! そうか!」
アルフォンスの返した言葉は正しく、王太子を喜ばせた。
「実はな、相手の方もお前のことを憎からず思っているらしい」
どうだ、と言われ、アルフォンスはしばし思い悩む振りをして、諦めたように、静かに首を振った。
「私には婚約者がおりますので……」
「愛しているのか?」
――ユーディットを愛しているか。
『アルフォンスさま』
会う度に、いつもおどおどした様子で接してきた少女を思い浮かべる。彼女は泣くだろうか。傷つくだろうか。それなりの付き合いがあるというのに、アルフォンスはユーディットが考えていることがいまだよくわからなかった。わからないことは彼にとって看過できぬことであったが、彼女に対してはそれでもいいかと思っていた。
つまり興味がなかったのだ。
「親の都合で決められた婚約者ですので、何とも思っておりません」
「そうか。なら、責任をとらねばならぬ身にしてしまえばよい」
こちらで機会は用意しようと、王太子は王女殿下と手順を整え、アルフォンスとクリスティーナを二人きりにさせた。まるで最初からそうなるよう準備していたように、物事は進んでいく。
「ずっとお慕いしておりましたわ、アルフォンスさま」
そうして何度目かの逢瀬の時、クリスティーナはうっとりした表情で、アルフォンスに身を寄せてきた。彼女のつむじを見下ろしながら、この女は自分に何をもたらすだろうかと彼は思う。
『クリスティーナと妹は幼い頃から本当の姉妹のように仲良くしていた。俺も、彼女をもう一人の妹のように思っている』
王太子はもしかすると、クリスティーナを愛しているのかもしれない。けれど身分的に許されず、せめて彼女の想いだけは叶えてやろうという純真な思いか。あるいは、従順なアルフォンスと結婚だけさせて、その後で、自身の想いを叶えるつもりか。
「アルフォンス様。あなたには約束されたお相手がいることはわかっています。けれど、どうか、一度だけでいいのです。わたくしのことを、愛して下さい」
いずれは将来を担っていく王家との繋がり。王太子のお願いは、命令と同じく、断ればせっかく今まで築き上げてきたものがすべて無駄になる。
アルフォンスが選ぶ道は、一つしかなかった。
「――私も、あなたのことを愛おしく思っていた」
細い腰回りを引き寄せ、口づけを落とせば、彼女の白い頬はたちまち赤く染まった。その様を、アルフォンスは冷めた眼差しでじっと見つめた。恋に浮かれたクリスティーナからすれば、自分と同じ熱を持っていると勘違いしてくれたらしい。
「うれしい。アルフォンス様……」
柔らかな裸体がアルフォンスに縋りつく。彼は彼女の望むままに演じてやった。
『アルフォンスさまのように、わたしも頑張ります』
抱いている間、幼い少女の顔が浮かんだけれど、クリスティーナの甘い声と伸ばされた手に夢中になり、そしてこれからのことを考えて、いつの間にか消えてしまった。
「父上。なぜクライン家と婚約を結んだのですか」
「アルフォンス。そう言うな。私にもいろいろと事情があるんだよ」
それとなく苦言を呈した息子を、父はそう言って宥めたけれど、彼は納得できなかった。
「事情というのは、父上とユーディットの父親が友人だからでしょう?」
幼い頃から共に育ってきた彼らは、息子と娘にもそうであれと関係を強いた。そして、父が事業で失敗したクライン伯爵をなんとか助けてやりたいという正義感に溢れた感情を持っていることも、アルフォンスからすれば実にくだらないものであった。
(クライン伯爵と付き合っていても、何の得にもならない)
結局は、そこに尽きた。爵位こそ賜っているものの、領地を治める才能も、投資の才能も、中途半端なものしか持っていない。そんな相手に金を渡すだけ渡して、一体何の得になろうか。
結婚するのならば、もっと自身の地位を確立するような家がいい。利害関係を意識して、有利になる駒の一つとして、活用する。陰謀渦巻く貴族社会で、己がどこまで這い上がれるか、アルフォンスは試してみたかった。
「――アルフォンス。おまえ、クリスティーナをどう思っている?」
胸に抱いた野望を実現するため、アルフォンスは学園で王太子と意気投合し、互いに切磋琢磨しあう関係を築き、やがて側近としての地位を獲得した。お前は俺の親友だ、と言いながらも、王太子はアルフォンスより上の身分であり、そう思っているのは彼だけだろうと内心思っていた。
「王女殿下の侍女、と記憶しておりますが」
「それはそうだが……そうではなく、異性としていかがなものかと聞いている」
どうもこうも……まともに話したのは、数えるほどで、何とも思っていないのが正直な感想であった。だが王太子の顔は、何かを期待していた。それを、アルフォンスは無視するわけにはいかなかった。
「可憐な方だと思いました」
「! そうか!」
アルフォンスの返した言葉は正しく、王太子を喜ばせた。
「実はな、相手の方もお前のことを憎からず思っているらしい」
どうだ、と言われ、アルフォンスはしばし思い悩む振りをして、諦めたように、静かに首を振った。
「私には婚約者がおりますので……」
「愛しているのか?」
――ユーディットを愛しているか。
『アルフォンスさま』
会う度に、いつもおどおどした様子で接してきた少女を思い浮かべる。彼女は泣くだろうか。傷つくだろうか。それなりの付き合いがあるというのに、アルフォンスはユーディットが考えていることがいまだよくわからなかった。わからないことは彼にとって看過できぬことであったが、彼女に対してはそれでもいいかと思っていた。
つまり興味がなかったのだ。
「親の都合で決められた婚約者ですので、何とも思っておりません」
「そうか。なら、責任をとらねばならぬ身にしてしまえばよい」
こちらで機会は用意しようと、王太子は王女殿下と手順を整え、アルフォンスとクリスティーナを二人きりにさせた。まるで最初からそうなるよう準備していたように、物事は進んでいく。
「ずっとお慕いしておりましたわ、アルフォンスさま」
そうして何度目かの逢瀬の時、クリスティーナはうっとりした表情で、アルフォンスに身を寄せてきた。彼女のつむじを見下ろしながら、この女は自分に何をもたらすだろうかと彼は思う。
『クリスティーナと妹は幼い頃から本当の姉妹のように仲良くしていた。俺も、彼女をもう一人の妹のように思っている』
王太子はもしかすると、クリスティーナを愛しているのかもしれない。けれど身分的に許されず、せめて彼女の想いだけは叶えてやろうという純真な思いか。あるいは、従順なアルフォンスと結婚だけさせて、その後で、自身の想いを叶えるつもりか。
「アルフォンス様。あなたには約束されたお相手がいることはわかっています。けれど、どうか、一度だけでいいのです。わたくしのことを、愛して下さい」
いずれは将来を担っていく王家との繋がり。王太子のお願いは、命令と同じく、断ればせっかく今まで築き上げてきたものがすべて無駄になる。
アルフォンスが選ぶ道は、一つしかなかった。
「――私も、あなたのことを愛おしく思っていた」
細い腰回りを引き寄せ、口づけを落とせば、彼女の白い頬はたちまち赤く染まった。その様を、アルフォンスは冷めた眼差しでじっと見つめた。恋に浮かれたクリスティーナからすれば、自分と同じ熱を持っていると勘違いしてくれたらしい。
「うれしい。アルフォンス様……」
柔らかな裸体がアルフォンスに縋りつく。彼は彼女の望むままに演じてやった。
『アルフォンスさまのように、わたしも頑張ります』
抱いている間、幼い少女の顔が浮かんだけれど、クリスティーナの甘い声と伸ばされた手に夢中になり、そしてこれからのことを考えて、いつの間にか消えてしまった。
72
お気に入りに追加
659
あなたにおすすめの小説
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる