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幸せ
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「――とは言っても、少しやりすぎよ」
麗らかな午後の日差しに照らされて、アニエスは庭に出された丸いテーブルに頬杖をつきながら疲れた様子でため息をついた。
「どうなされたのですか、姫様。ため息などつかれて……何か悩み事でもあるのですか」
向かいに座って本を読んでいたユーグが心配した様子で問いかけてくるので、何とも言えない気持ちになってしまう。
「あなたのことで悩んでいたのよ。旦那様」
「旦那様……いい響きですね」
新婚夫婦らしく、ユーグは些細なことで頬を染めて喜んでいる。それは別にいいのだが、今はもっと別のことを気にするべきだと白けた目で見ていれば、我に返ったユーグがすみませんと謝ってきた。
「貴女にそう呼ばれるのが新鮮でつい……それで、私のどこが姫様を困らせているのでしょう」
「心当たりはないの」
「……まだ、愛情が足りないとか?」
「逆よ! もう十分よ! むしろもう少し加減しなさい!」
ふむ、とユーグは悩む。アニエスからすればなぜ悩む必要があると言いたいところだが、相手の考えを聞くのも円満な夫婦生活の秘訣だと思うので辛抱強く耐えた。そして――
「難しいと思います」
あっさりとユーグは却下した。
「あなたねぇ……」
「正直私は今でも足りないくらいなのですが……」
「あれで!?」
アニエスは驚愕した。月のものがある日や体調が悪い日を除いてほぼ毎日しているというのに……男性の体力的にそうなのか、ユーグが特別そうなのか……わからないが、自分たちの認識の差を思い知らされた気分だ。
「姫様は、私とするの嫌ですか?」
じっと見つめられ、うっと言葉につまる。夫のこの縋るような目に自分は弱い。
「べ、別に嫌いだなんて言ってないじゃない」
「本当ですか。無理していませんか」
「無理は、していないわ……」
抱き潰された後は、ユーグに手厚く、甲斐甲斐しく世話される。怠いと思ったら一日中寝ていたって構わない生活を送れて……正直堕落しているような気がしてならない。
(でも一度侍女に相談したら、跡継ぎを産むことが奥様の仕事ですから、って生暖かい目で言われてしまったのよね……)
まぁ、一番大切なことだろう。
せっかくユーグのために叙爵された爵位を一代限りで終わらせたくはない。父やユーグの母親も孫の顔を楽しみにしていると言っていたし……。
(それにわたくしも、結局気持ちよくなっているから……)
むしろ身体を重ねるごとに言葉にできないほどの悦楽を味わっている気がする。
「もしかして、気持ちよくありませんか」
「それはないわ」
思わず即答してしまったアニエスにユーグは目を丸くするも、すぐによかったと微笑んだ。そして立ち上がると、アニエスの前まで来て跪き、両手を包み込むようにそっと握りしめてくる。
「姫様がこれからも最上の悦びを得られるよう、邁進してまいります」
「いえ、もう今ので十分なのだけれど……」
今よりもっと与えられるとなると……どうなってしまうのか怖いような、でも味わってみたいような……。
(まぁ、なるようになるかしら……)
なにせせっかくユーグが意欲的になっているのだ。妻として、できるだけ応えてやりたい。
「でも、部屋に籠ってばかりではなくて、たまにはどこかお出かけしたいわ」
「ええ、それはもちろん。姫様と一緒なら、どこへでもお供いたします」
「言ったわね?」
「姫様へ捧げた言葉に二言はありません。どこへ行きましょうか」
「そうねぇ……」
そう言えば孤児院の子どもたちがユーグに会いたがっていた。二人で一緒に訪れて、驚かせるのも楽しそうだ。お忍びというかたちで町をぶらぶら見て回るのも捨て難い。それから二人の思い出の場所である王宮の中庭にもまた行きたい。
「焦らず一つずつ、叶えていきましょう」
次々とやりたいことを口にするアニエスにユーグは微笑む。
「そうね。時間はたくさんあるもの」
「はい」
「うん。ね、ユーグは今……幸せ?」
「はい。もちろんです」
言葉よりも雄弁に語ってくれる表情にアニエスも頬を緩めた。
「姫様は?」
「答えなくても、わかるでしょう?」
ユーグは立ち上がって、答えが聞きたいとねだるように、または答え合わせするようにアニエスに優しい口づけを贈るのだった。
おわり
麗らかな午後の日差しに照らされて、アニエスは庭に出された丸いテーブルに頬杖をつきながら疲れた様子でため息をついた。
「どうなされたのですか、姫様。ため息などつかれて……何か悩み事でもあるのですか」
向かいに座って本を読んでいたユーグが心配した様子で問いかけてくるので、何とも言えない気持ちになってしまう。
「あなたのことで悩んでいたのよ。旦那様」
「旦那様……いい響きですね」
新婚夫婦らしく、ユーグは些細なことで頬を染めて喜んでいる。それは別にいいのだが、今はもっと別のことを気にするべきだと白けた目で見ていれば、我に返ったユーグがすみませんと謝ってきた。
「貴女にそう呼ばれるのが新鮮でつい……それで、私のどこが姫様を困らせているのでしょう」
「心当たりはないの」
「……まだ、愛情が足りないとか?」
「逆よ! もう十分よ! むしろもう少し加減しなさい!」
ふむ、とユーグは悩む。アニエスからすればなぜ悩む必要があると言いたいところだが、相手の考えを聞くのも円満な夫婦生活の秘訣だと思うので辛抱強く耐えた。そして――
「難しいと思います」
あっさりとユーグは却下した。
「あなたねぇ……」
「正直私は今でも足りないくらいなのですが……」
「あれで!?」
アニエスは驚愕した。月のものがある日や体調が悪い日を除いてほぼ毎日しているというのに……男性の体力的にそうなのか、ユーグが特別そうなのか……わからないが、自分たちの認識の差を思い知らされた気分だ。
「姫様は、私とするの嫌ですか?」
じっと見つめられ、うっと言葉につまる。夫のこの縋るような目に自分は弱い。
「べ、別に嫌いだなんて言ってないじゃない」
「本当ですか。無理していませんか」
「無理は、していないわ……」
抱き潰された後は、ユーグに手厚く、甲斐甲斐しく世話される。怠いと思ったら一日中寝ていたって構わない生活を送れて……正直堕落しているような気がしてならない。
(でも一度侍女に相談したら、跡継ぎを産むことが奥様の仕事ですから、って生暖かい目で言われてしまったのよね……)
まぁ、一番大切なことだろう。
せっかくユーグのために叙爵された爵位を一代限りで終わらせたくはない。父やユーグの母親も孫の顔を楽しみにしていると言っていたし……。
(それにわたくしも、結局気持ちよくなっているから……)
むしろ身体を重ねるごとに言葉にできないほどの悦楽を味わっている気がする。
「もしかして、気持ちよくありませんか」
「それはないわ」
思わず即答してしまったアニエスにユーグは目を丸くするも、すぐによかったと微笑んだ。そして立ち上がると、アニエスの前まで来て跪き、両手を包み込むようにそっと握りしめてくる。
「姫様がこれからも最上の悦びを得られるよう、邁進してまいります」
「いえ、もう今ので十分なのだけれど……」
今よりもっと与えられるとなると……どうなってしまうのか怖いような、でも味わってみたいような……。
(まぁ、なるようになるかしら……)
なにせせっかくユーグが意欲的になっているのだ。妻として、できるだけ応えてやりたい。
「でも、部屋に籠ってばかりではなくて、たまにはどこかお出かけしたいわ」
「ええ、それはもちろん。姫様と一緒なら、どこへでもお供いたします」
「言ったわね?」
「姫様へ捧げた言葉に二言はありません。どこへ行きましょうか」
「そうねぇ……」
そう言えば孤児院の子どもたちがユーグに会いたがっていた。二人で一緒に訪れて、驚かせるのも楽しそうだ。お忍びというかたちで町をぶらぶら見て回るのも捨て難い。それから二人の思い出の場所である王宮の中庭にもまた行きたい。
「焦らず一つずつ、叶えていきましょう」
次々とやりたいことを口にするアニエスにユーグは微笑む。
「そうね。時間はたくさんあるもの」
「はい」
「うん。ね、ユーグは今……幸せ?」
「はい。もちろんです」
言葉よりも雄弁に語ってくれる表情にアニエスも頬を緩めた。
「姫様は?」
「答えなくても、わかるでしょう?」
ユーグは立ち上がって、答えが聞きたいとねだるように、または答え合わせするようにアニエスに優しい口づけを贈るのだった。
おわり
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