22 / 32
出口
しおりを挟む
もう襲ってくることはないとユーグは言ったが、アニエスはまた神樹が暴走するのではないかと内心びくびくしながら巨木を見ていた。
「大丈夫ですよ」
「そんなこと言ったって、大事な養分が逃げてしまったのよ? なりふり構わず攻撃してくる可能性があるわ」
空腹は人を凶暴に、いや、人だけではなくすべての動物が敵意を露わにしてくる。なにせ自分の命がかかっているのだ。
「人間は水があればとりあえず二、三週間は生き延びられますから」
「あなたみたいに、断食に耐えられる者はほんの僅かなのよ? ってほらぁ!」
アニエスとユーグの存在を嗅ぎ取ったのか、神樹が大きく揺れ出して、大小様々な枝が一斉に襲いかかってくる。
「本当ですね」
「何でそんな呑気に言っているのよ! 泉の所まで逃げ、ってちょっと!」
ユーグは逃げるどころか、自らを差し出すように歩いていく。馬鹿じゃないの!? と思ったアニエスが慌てて止めようとした時、ユーグは右手を枝の方へ向けて、「止まれ」と命じた。
そんなので止まるはずない、と思ったアニエスは息を呑んだ。なんと本当に枝はユーグの目の前でぴたりと動きを止めたのだ。
彼は唖然とするアニエスの方をくるりと振り返ると、こちらへ来るよう手招きする。困惑しながらも近寄れば、彼は腰をぐいっと引き寄せ、「上へ運べ」と樹に命じた。するとどうしたことか。
人が乗っても折れなさそうな太くてがっしりとした枝が目の前まできて、それにユーグに腰を抱かれた状態で乗って、落ちないようにまた別の枝が、ベルトのように腰に巻きついて、そのまま宙へと浮いていくではないか。
二人はアニエスが最初神樹を見渡した場所まで運ばれ、何ら苦労することなく、地面へ降り立つことができた。
「さぁ。行きましょう」
「ちょっと待って。今のは何!?」
ようやく我に返った彼女が説明を求めると、ユーグは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「神樹に命じて運んでもらったのですが」
「それは見ればわかるわよ! そうじゃなくて……命令とか、どういうこと?」
「神樹に私たちを運べと、私が命じて、それに従うようになったんです」
あまりにも淡々と説明されるので、なんだかアニエスは余計に混乱するばかりであった。
「私と神樹で意思を争って、私がこの神殿での主になった、という感じでしょうか」
「なによその主って……」
「この神殿では、神樹が一番偉いんです。他の植物たちも、みな彼らの意思に従って動いています」
さらりと驚愕の事実を伝えられる。
「じゃあ、何……? わたくしがここへやってきた時、気持ち悪い植物にあの樹の所まで連れて行かれたのも、あなたに水を飲ませようとして悉く邪魔してきたのも、全部神樹が植物たちに命じていた、ってこと?」
「はい。侵入者や自分を傷つける者は排除せよ、という命令を下しているんだと思います」
「でも、あなたが途中で目覚めると、いつも引っ込んでいったわよね? というか、邪魔していなかったかしら?」
「あれは、一時的にですが、私の自我の方が強くなって、神樹の意識を強奪して、植物たちにやめろと命じていたんです」
何やらこんがらがってきそうな説明だが、とりあえずユーグが意識を取り戻してくれたおかげで、自分は助けられていたということらしい。
「改めて思うけれど、わたくしったらとんでもない場所に足を踏み入れてしまったのね……」
出口まで歩きながらアニエスはしみじみと呟く。ユーグはちらりとこちらを見て、困ったように返した。
「私が言える立場ではありませんが、本当に……今頃国王陛下も他の者たちも大騒ぎしていることでしょう」
それを言われるとアニエスも耳が痛かった。勢い余って飛び出してきてしまったが、父たちからすればいきなり娘がいなくなったのだ。しかも一国の王女である。
(マルセルなら、わたくしが恐らくユーグを探しに神殿へ行ったと思い当たるでしょうけれど、それを正直にお父様たちに伝えるかはわからないわね……)
教会の罪を告発するようなものだ。彼の立場を思えば、それはとても勇気がいることだろう。仮に言ったところで、子どもの言葉だと上手く誤魔化される可能性もある。
何にせよ、やはり一度王宮へ戻るべきだろう。
そう思って入り口までたどり着いたアニエスだったが……
「開かないわ」
扉はうんとすんともしない。ユーグが押しても、二人でやっても、同じだった。
「もう! どうして開かないの!?」
「……この神殿は恐らく、外からは入ることができても、中からは出ることができないようになっているのでしょう」
「餌を逃がさないようにってこと? でも、あなたがきちんと生贄にされる光景を、司教たちも見届けたのではないの?」
「ええ。ですがその時は神樹も蔓たちもまだ大人しくて……ああ、もしかしたら」
「なに?」
早く教えて、とアニエスは急いた。
「いえ……姫様はここから中へと入ってきたんですね?」
「そうよ。長い階段を上って……最初はびくともしなかったんだけれど、やけくそになって腕を打ち付けていたら、開いたの」
「打ちつけてとはまた乱暴な……怪我などなさいませんでしたか?」
「擦り傷程度はしたかもしれなかったけれど……でも、痛みなんてどうでもよかったわ。だってあなたに二度と会えないと思ったら、苦しくて、どうして想いを伝えなかったんだろうってすごく後悔したもの」
「姫様……」
アニエスは言ってしまってから何だか恥ずかしくなった。
「ええっと、だから、なに? まったく痛くなったから大丈夫、ってちょっと!」
なぜかユーグにひしと抱きしめられ、アニエスはたじろぐ。慌てて押し戻そうとすれば、ますますきつく抱きしめられ、小声で「愛おしい……」という呟きが聴こえた。
「どうしてこんなにも華奢な身体で貴女はそんなに情熱的なんでしょう……」
「わたくし、そこまで弱々しい身体つきではないと思うけれど」
いちおう体力はつけておくべきだと思って好き嫌いせず、野菜、肉料理バランスよく、きちんと口にしていた。痩せすぎということはないだろう。
しかしユーグからすればアニエスはか弱い乙女に見えるらしく、敵から守るようにぎゅうっと抱きしめてくる。
「その時の姫様に寄り添うことができず、本当に申し訳ありません」
「もう、いいから」
いい加減苦しいと胸を叩けば、ようやく解放してくれる。自分を見下ろす目はひどく甘ったるく、逃げるように視線を逸らしながら、話を元に戻す。
「それで、わたくしはここから入ったのだけれど、もしかしてあなたたちは違うの?」
「はい。私たちはこことは反対方向から……あの泉の先の部屋から入ったのです」
「え? でもあそこに入り口なんて見当たらなかったわよ?」
それともここと同じように隠し扉として仕掛けが施してあるのだろうか。
「この神殿へ入る条件は、おそらく血です」
「血?」
怪訝な顔をするアニエスに、ユーグは頷く。
「私たちが入る時、動物の血を壁に撒いておりました。姫様も怪我をなさったのならば、その時の血に扉が反応したと思われます」
「……まるで悪魔を喚ぶ儀式みたいね」
「血の臭いを餌として認識しているのでしょうね。ですから外で人を待機させ、出る時に外側から血を撒いて扉を開けさせたのではないでしょうか」
アニエスはなんだかこの神殿があの神樹の胃袋のように思えてきた。餌のにおいを嗅ぎ取れば、口を開いて胃の中へ誘い込む……。
(でも……)
「司教たちが生きていたのはどうして?」
「あの泉の水のおかげだと思います」
「泉?」
「はい。身を清めるためだと言って全身を浸からせて神樹の場所まで来ていましたから」
ユーグは当時の状況を思い出すように黙り込み、壁に這うように生えている蔓をじっと見つめた。
「あの時、蔓や枝は私だけに巻きついてきて、幹へと縛り付けていた」
「……あなたは水を浴びなかった。だから植物たちが反応したってこと?」
「ええ、おそらく。私はすでに神子として認められているから必要はないと司教たちはおっしゃいましたが……ですが今思えば、きっと生贄にされるから浴びてはいけなかったのでしょう」
泉の水は邪悪な魔物を振り払う聖なる水、ということか。
「じゃあ、あなたに水を飲ませたのもよかったのかもしれないわね」
「水?」
「そうよ。すごく苦しそうに魘されていたから、泉から水を汲んできて飲ませていたの」
「なるほど……。確かにそれはとても大きな抵抗力になったと思います。事実意識も長く保ち続けることができましたし、神樹の力が弱くなったことも、私が主導権を握る要因になったのでしょう」
すべて合点がいったというようにうんうん頷いていたユーグは、ふとあることに気づいたようにアニエスに問いかける。
「どうやって私に水を飲ませていたのですか」
「えっ……」
どきりとする。
「ど、どうだっていいじゃない」
「いえ、気になります。意識のない私に水を飲ませるのはさぞ大変だったでしょう。どうやってやったか、ぜひ教えてください」
ぐいぐい迫ってくるユーグにアニエスは壁際へと追いつめられる。
「だから別に、こう手で掬って……」
「本当に?」
違うだろうという金色の目に、アニエスは観念して白状した。
「ああ、もう! 口移しで飲ませたのよ!」
文句あるか! と恥ずかしさから怒ったように言えば、なぜかユーグは「あぁ……」とその場にがっくりと膝をついたので、アニエスはぎょっとする。
「ちょ、ちょっとどうしたの。そんなにショックだったの? 悪かったわよ。でも仕方がないでしょう。緊急事態だったんだから」
「……でしょう」
「え?」
「私は何と勿体ないことをしてしまったのでしょう。姫様自らが口移しで水を飲ませてくれていたというのに全く覚えていないなんて……!」
「……」
心配して損したと、アニエスは黙って立ち上がった。
「はっ。もしや姫様があんな淫らな口づけを覚えたのは、意識がない間私が貴女に教えて、あだっ」
「いい加減にしなさい。戻るわよ」
ここから出られないとわかれば、別の方法を探すしかない。さっさともと来た道を戻っていくアニエスの後ろを、慌ててユーグが追いかけるのだった。
「大丈夫ですよ」
「そんなこと言ったって、大事な養分が逃げてしまったのよ? なりふり構わず攻撃してくる可能性があるわ」
空腹は人を凶暴に、いや、人だけではなくすべての動物が敵意を露わにしてくる。なにせ自分の命がかかっているのだ。
「人間は水があればとりあえず二、三週間は生き延びられますから」
「あなたみたいに、断食に耐えられる者はほんの僅かなのよ? ってほらぁ!」
アニエスとユーグの存在を嗅ぎ取ったのか、神樹が大きく揺れ出して、大小様々な枝が一斉に襲いかかってくる。
「本当ですね」
「何でそんな呑気に言っているのよ! 泉の所まで逃げ、ってちょっと!」
ユーグは逃げるどころか、自らを差し出すように歩いていく。馬鹿じゃないの!? と思ったアニエスが慌てて止めようとした時、ユーグは右手を枝の方へ向けて、「止まれ」と命じた。
そんなので止まるはずない、と思ったアニエスは息を呑んだ。なんと本当に枝はユーグの目の前でぴたりと動きを止めたのだ。
彼は唖然とするアニエスの方をくるりと振り返ると、こちらへ来るよう手招きする。困惑しながらも近寄れば、彼は腰をぐいっと引き寄せ、「上へ運べ」と樹に命じた。するとどうしたことか。
人が乗っても折れなさそうな太くてがっしりとした枝が目の前まできて、それにユーグに腰を抱かれた状態で乗って、落ちないようにまた別の枝が、ベルトのように腰に巻きついて、そのまま宙へと浮いていくではないか。
二人はアニエスが最初神樹を見渡した場所まで運ばれ、何ら苦労することなく、地面へ降り立つことができた。
「さぁ。行きましょう」
「ちょっと待って。今のは何!?」
ようやく我に返った彼女が説明を求めると、ユーグは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「神樹に命じて運んでもらったのですが」
「それは見ればわかるわよ! そうじゃなくて……命令とか、どういうこと?」
「神樹に私たちを運べと、私が命じて、それに従うようになったんです」
あまりにも淡々と説明されるので、なんだかアニエスは余計に混乱するばかりであった。
「私と神樹で意思を争って、私がこの神殿での主になった、という感じでしょうか」
「なによその主って……」
「この神殿では、神樹が一番偉いんです。他の植物たちも、みな彼らの意思に従って動いています」
さらりと驚愕の事実を伝えられる。
「じゃあ、何……? わたくしがここへやってきた時、気持ち悪い植物にあの樹の所まで連れて行かれたのも、あなたに水を飲ませようとして悉く邪魔してきたのも、全部神樹が植物たちに命じていた、ってこと?」
「はい。侵入者や自分を傷つける者は排除せよ、という命令を下しているんだと思います」
「でも、あなたが途中で目覚めると、いつも引っ込んでいったわよね? というか、邪魔していなかったかしら?」
「あれは、一時的にですが、私の自我の方が強くなって、神樹の意識を強奪して、植物たちにやめろと命じていたんです」
何やらこんがらがってきそうな説明だが、とりあえずユーグが意識を取り戻してくれたおかげで、自分は助けられていたということらしい。
「改めて思うけれど、わたくしったらとんでもない場所に足を踏み入れてしまったのね……」
出口まで歩きながらアニエスはしみじみと呟く。ユーグはちらりとこちらを見て、困ったように返した。
「私が言える立場ではありませんが、本当に……今頃国王陛下も他の者たちも大騒ぎしていることでしょう」
それを言われるとアニエスも耳が痛かった。勢い余って飛び出してきてしまったが、父たちからすればいきなり娘がいなくなったのだ。しかも一国の王女である。
(マルセルなら、わたくしが恐らくユーグを探しに神殿へ行ったと思い当たるでしょうけれど、それを正直にお父様たちに伝えるかはわからないわね……)
教会の罪を告発するようなものだ。彼の立場を思えば、それはとても勇気がいることだろう。仮に言ったところで、子どもの言葉だと上手く誤魔化される可能性もある。
何にせよ、やはり一度王宮へ戻るべきだろう。
そう思って入り口までたどり着いたアニエスだったが……
「開かないわ」
扉はうんとすんともしない。ユーグが押しても、二人でやっても、同じだった。
「もう! どうして開かないの!?」
「……この神殿は恐らく、外からは入ることができても、中からは出ることができないようになっているのでしょう」
「餌を逃がさないようにってこと? でも、あなたがきちんと生贄にされる光景を、司教たちも見届けたのではないの?」
「ええ。ですがその時は神樹も蔓たちもまだ大人しくて……ああ、もしかしたら」
「なに?」
早く教えて、とアニエスは急いた。
「いえ……姫様はここから中へと入ってきたんですね?」
「そうよ。長い階段を上って……最初はびくともしなかったんだけれど、やけくそになって腕を打ち付けていたら、開いたの」
「打ちつけてとはまた乱暴な……怪我などなさいませんでしたか?」
「擦り傷程度はしたかもしれなかったけれど……でも、痛みなんてどうでもよかったわ。だってあなたに二度と会えないと思ったら、苦しくて、どうして想いを伝えなかったんだろうってすごく後悔したもの」
「姫様……」
アニエスは言ってしまってから何だか恥ずかしくなった。
「ええっと、だから、なに? まったく痛くなったから大丈夫、ってちょっと!」
なぜかユーグにひしと抱きしめられ、アニエスはたじろぐ。慌てて押し戻そうとすれば、ますますきつく抱きしめられ、小声で「愛おしい……」という呟きが聴こえた。
「どうしてこんなにも華奢な身体で貴女はそんなに情熱的なんでしょう……」
「わたくし、そこまで弱々しい身体つきではないと思うけれど」
いちおう体力はつけておくべきだと思って好き嫌いせず、野菜、肉料理バランスよく、きちんと口にしていた。痩せすぎということはないだろう。
しかしユーグからすればアニエスはか弱い乙女に見えるらしく、敵から守るようにぎゅうっと抱きしめてくる。
「その時の姫様に寄り添うことができず、本当に申し訳ありません」
「もう、いいから」
いい加減苦しいと胸を叩けば、ようやく解放してくれる。自分を見下ろす目はひどく甘ったるく、逃げるように視線を逸らしながら、話を元に戻す。
「それで、わたくしはここから入ったのだけれど、もしかしてあなたたちは違うの?」
「はい。私たちはこことは反対方向から……あの泉の先の部屋から入ったのです」
「え? でもあそこに入り口なんて見当たらなかったわよ?」
それともここと同じように隠し扉として仕掛けが施してあるのだろうか。
「この神殿へ入る条件は、おそらく血です」
「血?」
怪訝な顔をするアニエスに、ユーグは頷く。
「私たちが入る時、動物の血を壁に撒いておりました。姫様も怪我をなさったのならば、その時の血に扉が反応したと思われます」
「……まるで悪魔を喚ぶ儀式みたいね」
「血の臭いを餌として認識しているのでしょうね。ですから外で人を待機させ、出る時に外側から血を撒いて扉を開けさせたのではないでしょうか」
アニエスはなんだかこの神殿があの神樹の胃袋のように思えてきた。餌のにおいを嗅ぎ取れば、口を開いて胃の中へ誘い込む……。
(でも……)
「司教たちが生きていたのはどうして?」
「あの泉の水のおかげだと思います」
「泉?」
「はい。身を清めるためだと言って全身を浸からせて神樹の場所まで来ていましたから」
ユーグは当時の状況を思い出すように黙り込み、壁に這うように生えている蔓をじっと見つめた。
「あの時、蔓や枝は私だけに巻きついてきて、幹へと縛り付けていた」
「……あなたは水を浴びなかった。だから植物たちが反応したってこと?」
「ええ、おそらく。私はすでに神子として認められているから必要はないと司教たちはおっしゃいましたが……ですが今思えば、きっと生贄にされるから浴びてはいけなかったのでしょう」
泉の水は邪悪な魔物を振り払う聖なる水、ということか。
「じゃあ、あなたに水を飲ませたのもよかったのかもしれないわね」
「水?」
「そうよ。すごく苦しそうに魘されていたから、泉から水を汲んできて飲ませていたの」
「なるほど……。確かにそれはとても大きな抵抗力になったと思います。事実意識も長く保ち続けることができましたし、神樹の力が弱くなったことも、私が主導権を握る要因になったのでしょう」
すべて合点がいったというようにうんうん頷いていたユーグは、ふとあることに気づいたようにアニエスに問いかける。
「どうやって私に水を飲ませていたのですか」
「えっ……」
どきりとする。
「ど、どうだっていいじゃない」
「いえ、気になります。意識のない私に水を飲ませるのはさぞ大変だったでしょう。どうやってやったか、ぜひ教えてください」
ぐいぐい迫ってくるユーグにアニエスは壁際へと追いつめられる。
「だから別に、こう手で掬って……」
「本当に?」
違うだろうという金色の目に、アニエスは観念して白状した。
「ああ、もう! 口移しで飲ませたのよ!」
文句あるか! と恥ずかしさから怒ったように言えば、なぜかユーグは「あぁ……」とその場にがっくりと膝をついたので、アニエスはぎょっとする。
「ちょ、ちょっとどうしたの。そんなにショックだったの? 悪かったわよ。でも仕方がないでしょう。緊急事態だったんだから」
「……でしょう」
「え?」
「私は何と勿体ないことをしてしまったのでしょう。姫様自らが口移しで水を飲ませてくれていたというのに全く覚えていないなんて……!」
「……」
心配して損したと、アニエスは黙って立ち上がった。
「はっ。もしや姫様があんな淫らな口づけを覚えたのは、意識がない間私が貴女に教えて、あだっ」
「いい加減にしなさい。戻るわよ」
ここから出られないとわかれば、別の方法を探すしかない。さっさともと来た道を戻っていくアニエスの後ろを、慌ててユーグが追いかけるのだった。
130
お気に入りに追加
593
あなたにおすすめの小説
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった
春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。
本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。
「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」
なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!?
本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。
【2023.11.28追記】
その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました!
※他サイトにも投稿しております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
寡黙な彼は欲望を我慢している
山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。
夜の触れ合いも淡白になった。
彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。
「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」
すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる