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目覚め*
しおりを挟むアニエスは器に泉の水を汲んでまた神樹のある場所まで戻って来ると、さっそくユーグに水を飲ませようとして、はたと気づいた。
両手を拘束され、意識のない彼にどうやって水を飲ませるか……。自分が口移しするしかないのだが、やはり乙女心としては本当にいいのだろうかと迷ってしまう。
(昨日もうすでにしているのだけれど……いえ、あれはもう二度と会えないと思ったから感極まってつい、その場の雰囲気に呑まれたようなものだから……)
今は言うなれば素面なのだ。理性ある冷静な自分が、ダルトワ王国の誇りある姫君として育てられてきた王女が、自らの意思で殿方に口づけして許されるのか……昨日のことはおいといて、あれこれと考えてしまうのだった。
しかしユーグの「う……」と苦悶の声に、我に返る。
(わたくしったら何をくだらないことで迷っているの)
彼が助かるのならば、ほんの少しの苦痛を取り除くことができるならば、自分がすべきことは決まっている。
アニエスは口に水を含むと、ユーグの頬に触れ、唇を押し当てた。だが彼の口に水は運ばれていかない。
(あ、そうだわ。わたくしが開いて、中へ入れてあげないと……)
恥ずかしさを覚えながらも下唇をそっと優しく食み、薄く開いた唇の隙間から舌を差し込んでこじ開けようとする。綺麗に並んだ歯列が舌の先端に当たり、その奥へと、身体を押しつけながら捩じ込んだ。
半ば被りつくようにしてアニエスはユーグの咥内へ水を流し込んだ。それは上手くできず、口の端から零れ落ちたが、確かにごくりと彼は飲んでくれたので、アニエスはほっとして離れようとした。しかし――
「んっ」
引っ込めようとしたアニエスに舌をユーグの舌が搦め、捕えた。
「んっ、んんっ」
もしかしてまだ水を欲しているのかと思い、一度離れようとするが、ユーグは逃がさないというように執拗に絡めとってくる。
初めてのことでどうしていいかわからず、アニエスは翻弄されるままユーグに舌を吸われ、歯茎や頬の内側を舐められ、このままでは酸欠になってしまうと思い胸を押し返すと、ようやく解放してくれて、息を吸うことができた。
(なに、今のはなに……!?)
というか本当は起きているんじゃ、と思って彼の顔を凝視するも、眠ったままである。頬を軽く叩いても、引っ張っても起きない。
ではやはり水が欲しくてあんなことを? と半信半疑のままアニエスは念のためもう一度水を口にすると、再度ユーグに口づけした。今度は彼の方から口を開けて、舌を招き入れてくれる。早く、というように舌を積極的に絡ませ、もっとというようにアニエスの舌を吸ってくる。
その感覚に、次第にアニエスは感じたことのない奇妙な高揚に襲われる。
(なんだかわたくし、変な気持ちに……)
ぞくぞくして、けれど決して嫌ではない、お腹の奥底から熱が灯ってくるような……こんな状況とはいえ、好きな人と口づけしているのだと思えば、自然なことかもしれないとも思った。
「ん、ふぅ……」
鼻から息をするのが、やけに恥ずかしい。それでもやめられない。やめたくない。
アニエスはそう思いながら、ユーグの口づけに応え、ふっと顔を離すと、また水を口にして、彼に冷たい感覚を与えた。それはすぐに熱へと変えられ、すぐに飲み干してしまっても、長く、彼はアニエスの舌を味わい続けた。まるで本当に欲しいのは、水ではなく彼女だというように。
「はぁ、はぁ……」
とうとう器の水がすべてなくなった時、アニエスは口づけをやめた。頬が火照って、目が潤んでいた彼女は、濡れた口を拭うと、ユーグをじっと見つめた。
今、自分はどんな表情をしているだろう。怒ったような、恨めしげな顔をしているだろうか。でも涙目だから、迫力はきっとない。彼のあの優しい金色の瞳で確かめてもらいたかった。
「ユーグ……起きなさいよ……」
彼の首筋に顔を埋め、いつまで寝ているのだと詰るように呟く。
「わたくしは絶対に諦めないわ。おまえが目覚めるまで、しぶとくここに居座ってやるんだから」
挫けそうな心に喝を入れるためにそう悪態をついた時、不意に神樹が騒めくのを感じた。顔を上げて確かめると、やはり枝が揺れている。
「なに……?」
天井に空いた穴から風が吹いたのだろうか。それともただの気のせいか。しかし次第に突風が吹いたかのように轟轟とした音を立て始めるので、アニエスは怖くなった。花びらが雨のように降ってきて、目も開けていられない。ぎゅっと瞑って顔を腕で防いでいると、不意にしゅるりと、足首に何か触れてきた。
「ひっ……」
それは神樹に巻きついていたつる性の植物だった。なぜか自分の方へと伸びてきている。
幸い棘はなく、緑色のつるんとした細長い茎は小さな蛇のように見え、昨日アニエスの手足を縛り付けてきた植物よりはまだましであったが、気持ち悪いことには変わらなかった。
彼女はすぐに払い落そうとしたが、邪魔をするように突風が吹き上がり、花びらで視界が覆われる。
「もう、なによ。きゃっ」
彼女は足元ばかりに気を取られて、背後から別の植物が忍び寄っていることに気がつかなかった。丸太のように太くて頑丈な蔓がアニエスの腰に絡みつく。
そしてふわりと身体が浮いたと思えば、あっという間に手足を拘束されて宙へと吊り上げられたのだった。
「くっ、離しなさいよっ……!」
植物に文句を述べたところで無駄かもしれないが、そう言わずにはいられなかった。それに昨日のユーグの言葉に反応したことからも、普通の植物とは違うかもしれない。
(なんて力なのっ……)
硬いロープで縛られているかのようでびくともしない。それでも彼女は身体を揺らして抜け出そうとした。
「離れなさいっ、わたくしを誰だと、きゃあっ」
激しく抵抗するアニエスに業を煮やしたのか、別の蔓が夜着を捲り、直接肌へと触れてきた。ローブは脱いでいて、もう寝るだけ、という服装だったので、ストッキングもコルセットもつけていない、まさに無防備な姿は、侵入者にとってこれ以上ないほど散策し放題だ。
「ちょ、ちょっと、どこをっ、ひっ……」
今までは服の上からだからわからなかったが、触れてくる蔓は湿り気があって、柔らかく、人間の手で触られているような気持ちにさせた。そんなアニエスを嘲笑うように蔓の先端はあちこち厭らしく撫でて、身体中を這いずり回ってくる。
「ふ、ちょっ、ふふっ、くすぐった、んっ」
変な声が出そうになって、口をぎゅっと閉ざした。気持ち悪い。でも次第にそれだけじゃなくなってくる。我慢すればするほど、感覚は研ぎ澄まされ、変な気持ちになってくる。
決して蔓の触り方だけではなく、ひらひらと舞い落ちてくる花びらの甘い香りもまた、アニエスの頭をおかしくさせていった。
別に難しいことにこだわる必要はない。王女とか、慎みとか忘れて、このまま気持ちよくなってしまえばいい。
そう思って理性を手放しそうになった時、ユーグの苦しむ姿が目に入り、ハッと我に返った。
(っ、わたくし、なんてことをっ……!)
アニエスは気持ち悪い植物に委ねそうになった自分に愕然として、何としてでもこの状況を打破しなくてはと再び身体を捩じって抜け出そうとする。
しかしそうすると蔓はアニエスの行動を懲らしめるようにぎゅっと捕縛を強め、彼女の豊かな胸元をくっきりと浮かび上がらせた。
そして両腕は頭上で脇を見せるように広げられた状態でそれぞれ動かぬよう固定して、両脚も大きく開かされたかと思うと、胸につくほど折り曲げられて、まるでカエルがひっくり返ったような格好にさせられてしまった。
「な、なによこの格好はっ……!」
あまりにも破廉恥な自分の姿にアニエスは絶句する。
「離しなさいよっ、このバカっ、最低だわっ、一体わたくしを誰だと心得て、ひゃあっ」
するりと秘められた部位をなぞられ、背中を弓なりに反らした。
「や、そこ……」
ドロワースだけは履いていた。でも股上は繋がっていないから、隙間を縫って、細長い蔓は容易く花園へと侵入できた。
「くっ、ぅ、いや、そこだけはやめて……」
嫌だというように慎ましやかに閉じられた花弁をさわさわとなぞってくる。離れてくれたかと思えば脚の付け根をなぞって、もどかしげに捩るとまた花びらを弄ってくる。
アニエスの前と後ろで紐を引っ張り合うように、太い蔓の表面を擦りつけてくるのだ。時に強く、またはゆっくりと焦らすように。何度も、何度も……。
「はぁ、ぅ、ん……ぁっ……」
悩ましげな吐息に甘さが混じる。お腹の奥がなんだかジンジンしてきて、熱くて、尿意に似た感覚をもたらしてくる。
(あ、やだ、なにか……)
くちゅりと水音が鳴ってアニエスはぎくりとした。本当に粗相をしてしまったかと思ったが、どうも違うようだ。ではどういうことかと冷静に考える間もなく、蔓がぬるぬると溢れてきた蜜を花弁に塗りたくってきたのでまたおかしくなっていく。
花唇だけではなく、なぜかその少し上の部分もしつこく触ってくる。あまりにも何度も触ってくるのでぷっくりと膨らんで尖ってくる。莢に包まれているのに剥かれそうになって……
「だめっ、そこ、触らないでっ……」
アニエスが悲鳴じみた声で懇願しても、蔓は弄るのをやめてくれない。逃げようともがき続ければ胸に絡みついていた蔓が乳房を絞るようにきつく締めあげてくる。先端の実は尖り、布地をいやらしく突き上げていた。
「く、うっ……はぁ、ん……」
控え目に鳴っていた水音が、くちゅくちゅとどんどん淫らに奏でられていく。お腹の奥にどんどん熱が溜まっていき、発散させるように腰を浮かせ、尻を揺らしても抑えらない。
(いや、わたくし、こんなところで……)
弾けてしまう。こんな屈辱的な格好で。人間ですらない植物相手に。好きな人の目の前で。
「いやぁっ、ユーグ……!」
とうとう涙目になって叫ぶと、突然ごおっと神樹が揺れた。
「やめ、ろ……彼女を……アニエスを……傷つけるなっ……」
眠っていたユーグが目を覚まして、苦しげな表情で途切れ途切れに言葉にする。すると以前と同じように神樹の枝が伸びてきてアニエスを拘束していた蔓を断ち切った。そして今度は彼女が落下しないよう枝が支え、そっと地面へ降ろしてくれた。
アニエスは足がつくなり、ふらつきそうになる身体を踏ん張り、ユーグのもとへ駆け寄った。
「ユーグ! ユーグ!」
馬鹿みたいに彼の名を呼んで、彼に抱き着いて、顔を見上げる。彼はアニエスの顔を、目を開けてきちんと見つめていた。
「ユーグ!」
「ひめ、さま……」
「よかった! 目が覚めたのね!」
彼は閉じそうな瞼を必死に開け、食い入るようにアニエスを見つめてくる。
「あぁ、姫様……私は、夢を見ているのでしょうか……それとも、もう、天国へ逝ってしまったのでしょうか……」
「馬鹿! まだ逝ってないわよ! これは現実よ! わたくしは生きているし、あなたも生きている!」
感情が乱れ、アニエスはぼろぼろ涙を零しながらユーグの胸を叩いた。
「馬鹿! あなたって本当に大馬鹿者よ! わたくしをこんな所まで連れてきて!」
「その辛辣な口調は、本当に、姫様ですね……天国だったら、きっともっと私に、優しく接してくださっている、でしょうから……」
「そうよ! 誰があなたに優しくするものですか!」
泣きながらアニエスはそう言って笑った。ユーグがそんな彼女の表情を眩しそうに見つめ、何かを小さく呟いた。
「なに? 聞こえないわ」
彼の口元へ耳を寄せる。
「貴女が好きです。ずっとずっと、お慕いしていました」
アニエスは目を瞠り、ユーグの顔を見た。彼は泣きそうな、後悔に満ちた表情をしていた。
「死ぬ前に、一度でも伝えていればよかったと、何度も思いました」
「……馬鹿ね」
額を合わせて、潤んだ目で怒りをぶつける。
「伝えるのが遅いのよ」
「はい。申し訳ありません」
「……わたくしも、あなたが好き」
「え?」
聴こえているくせに聞き返すユーグの口を塞いでやる。彼は驚いたように目を瞬く。身を引こうとしても無駄だ。彼は捕えられているのだから。
アニエスはそう思って、口づけを深くする。舌が入ってきたことで硬直していたユーグだが、すぐに心得たように自分のものと絡ませてきた。
二人はしばらくの間、夢中で互いの口を吸い合った。あの夜にできなかったことを今度こそ果たすように。今までの想いを伝え合うように。
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