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乱される感情
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それから、少しずつユーグはアニエスに心を開いてくれたように思う。壁を感じた時は、アニエスの方から遠慮なく壊してやった。
「王女殿下って堅苦しいから、名前か姫様って呼んで」
「でも……いいのですか」
「わたくしがいいと言っているのだからいいのよ」
「わかりました。では姫様も、私のことはユーグとお呼びください」
本当のところ、彼が自分をどう思っていたかはわからないけれど、それでも以前はアニエスから話しかけてばかりだったのが、彼の方から話を振ってくれることが多くなった。
「以前姫様にいただいたクローバーを押し花にしたのですが、あまり保ちませんでした」
「あなた、そんなことしたの?」
「はい」
アニエスはもらった花を長く保たせようなど考えたことがなかった。花はいつか枯れるものだ。色褪せて、萎びていけば、もうそれは見る価値はない。
「見るたびに姫様が私にくれた時のことを思い出しますから……大切にしたいんです」
別に大輪の薔薇をあげたわけでもないのに大切にするユーグがおかしかった。でも、きっと彼の目にはどんな野草でも美しく、価値あるものとして映るのだろう。そのへんに生えている雑草でも、生きている証を見出せる。
「あなたって……」
「はい」
「ううん……何でもない」
ユーグの考えていることを、もっと知りたかった。彼といると、自分もまた知らない世界に行けそうだったから。
「……世界には、もっといろんな花があるらしいわ」
「そうなんですか」
「ええ。だからわたくし、いつか自分の目で確かめたいの」
何を伝えたいのか自分でもよくわからなかった。でもユーグはそんなアニエスの気持ちを理解するように頷いた。
「私も、見てみたいです」
「……うん」
ユーグに、いろんな世界を見てほしい。その時彼が何を思ってどう感じたのか知りたい。
アニエスが純粋にそう思えたのは、まだ自分と彼の二人だけの世界で完結していたからだ。
「ユーグ様って、素敵なお方よねぇ」
「ええ。本当に見るたびに美しくなられて」
ユーグの人外じみた美しさは成長と共に磨きがかかり、またアニエス以外の人間にも知られることとなった。それはユーグの行動範囲が広がったからでもあった。
(今までずっと教会に閉じ籠っていたくせに)
困っている人の力になりたいと、いつからか王都の孤児院や救貧院などに積極的に足を運び、奉仕活動に勤しむようになった。さすがに王国中へ出向くことはしていないが、あの容姿である。一度訪れれば、大変な騒ぎとなり、庶民の間でもあっという間にユーグの存在は知れ渡った。
「外見だけでなく、お心も素晴らしい」
「あの低く穏やかな声で教えを聴くと、本当に身も心も生まれ変わった気がするのよね」
(なによそれ。ただ外見に惑わされているだけじゃない)
「わたし、ユーグ様に悩みを聞いてもらいたいわ。きっと、彼なら解決してくれると思うの」
(ただ近づきたいでしょう。邪な理由だわ)
「はっ。あんなやつ。ただ外面がいいだけだろう」
「気に入らない」
しかし彼が馬鹿にされるのも、我慢ならなかった。自分がまさに思っていたことを口にされても、そうじゃないと反論したくなる。実に矛盾した感情に振り回され、ますます彼に対しての苛立ちが募る。
「ユーグ様なら、どんな人にでも優しく接してくれるはずだ」
「ああ。あの方は決して見捨てない」
(まるであの男が神みたいに言うのね)
アニエスは違うと言いたかった。知ったような口調で彼のことを語らないで。あなたたちは知らないでしょう。彼が人形みたいな顔をしていたこと。ただ人から言われたことを何も考えず従っていたこと。本当は空っぽだったこと。わたくしは知っている。わたくしだけは――
「大丈夫です。神はあなたのことを、きちんと見ておられます」
でも、アニエスの目の前でユーグは大勢の人間に――うっとりとした眼差しで見てくる若い令嬢にも未亡人にも既婚者にも、でっぷりと太った紳士にも、脂ぎった肌の商売人にも、腰の曲がった老人にも、みな等しく、平等に微笑んでいた。
アニエスはそんな彼を遠くから見ていた。近づきたくなかったから。あんな薄っぺらい笑みを浮かべて、心にもないことを伝えて、気味が悪くて、気持ち悪かったから……違う。もう近づくことはできなかったから。
ユーグが外の世界を知ればいいと思った。彼は何も知らなかったから。人形みたいな顔をしていると思ったから。だからいろんな表情を浮かべてほしいと……。
でも、実際にそうなってみて、彼は遠い存在になった。大勢の人間に囲まれている。アニエスだけが見ていた表情を、惜しみなく周りに振り撒いて、その中には自分が見たことのないものもあって……苛立ちよりも、寂しさを感じて、胸が苦しくてたまらなくなった。
アニエスはこのままユーグのことを考え続ければ自分がおかしくなってしまうと恐れにも似た気持ちを抱いた。ダルトワ王国の誇り高き王女として、取り返しのつかない過ちを犯してしまう。そんなの絶対だめだ。自分の矜持が許さない。
そう思い、アニエスは庭へ行くのをやめた。ユーグの待っている、今までなんだかんだ欠かすことなく足を運んでいた場所へはもう二度と行かないことに決めた。
「アニエス。おまえ、最近庭園の方へは行かないんだな」
「ええ。だって他にすべきことがたくさんあるんですもの」
ルドヴィクが珍しいとばかりに声をかけてきても、彼女はそっけなく答えた。
王女だからといって――いや、王女だからこそ覚えるべきは山のようにある。年頃の令嬢だけでなく、年配の夫人を招いて情報収集する仕事だってあるのだ。
「お兄様も外で遊んでばかりいないで、そろそろ真剣に将来を考えなさったら?」
亡くなった母親とも約束したのだ。お父様とあの子は抜けているところがおありだから、気弱な姿を見せたり、間違ったことをしていると思ったら、あなたが背中を思いきり叩いて正してやりなさいと……。ユーグに構っている暇などないのだ。
「アニエス。隣国の王太子との婚約を考えているんだが……」
だから父から婚約を勧められた時はいい機会だと思った。
他人だけではなく、自分の幸せも考えなくてはならない。彼のことを考える時間なんて、やっぱりない。
「――姫様。お久しぶりです」
それなのに、どうしてこの男は自分の前に現れるのだろう。
「最近は、あまりお見かけしませんでしたが、いかがお過ごしでしたか」
廊下ですれ違っても、黙って頭だけ下げておけばいいのに。どうして声なんかかけてくるのだ。
「大変よろしくてよ。孤児院に行ったりして、忙しかったの」
「そうだったんですね。それにしても……姫様は彼らに対してとてもお優しいのに、国王陛下は助けを必要としている人々に存外冷たいのですね」
どうして放っておいてくれないのだろう。
「私も教会の方で寄付を募り、少しでもお役に立てるよう尽力したいと思います」
どうして一々こちらの感情を刺激するのだろう。
「いいえ。その必要はないわ」
ユーグのわざとらしい挑発に乗るようにして、アニエスは父に貧困者を救う政策を打ち出すよう進言した。教会側の勢力を削ぐためにも、必要なことだと。彼らに任せておけば、ますますユーグは人々の尊敬と威信の念を集め、面倒なことになるからと説得して。
(あんなやつに、譲ったりしない)
ダルトワ王国の権威はアニエスの大事な父のもの。そしていずれは兄が引き継ぐものだ。神子だなんだろうが、王権より上でいいはずがない。
(わたくしが、しっかりしなくては)
しかしアニエスが決意を新たにする一方で、ユーグはますます品行方正さを極めていった。まるでアニエスの神経を逆撫でするようにどこまでも正しく、善であり続けようとした。そんな彼を、人々はますます称賛し続け、次期国王となるはずのルドヴィクよりも王に相応しいのではないかと囁く始末であった。
当然ルドヴィクは機嫌を損ね、アニエスも教会とユーグ本人を嫌った。それは王太子である兄よりずっと激しい感情であった。
「身の程を弁えるべきではなくて?」
いつしかアニエスはユーグに会うたびに、嫌味混じりの苦言を呈するようになった。しかしユーグはそんな彼女の言葉を実に憎たらしいほど爽やかな微笑で受けとめてみせた。
「もちろんでございます。ダルトワ王国を継ぐのはルドヴィク殿下の他にございません」
昔は人形のような顔をしていたくせに今では嫌な相手でも構わず笑顔を浮かべることができている。身の程を弁えろと言ったアニエスの言葉に従うように「王女殿下」と呼ぶようになり、常に一歩引いた態度を心がける。
こちらから望んでいたことなのに、いざそうされると壁を作られているようで、アニエスは許せなかった。だから無視しようと思っても、顔を見かけるたび、つい棘のある口調で小言をぶつけてしまう。
そしていつしか、決して行かないと決めていたあの庭園にも、足を運んでしまっていた。心なしか、自分が来たことを知るユーグの表情がほっとしたように見えて……そう、思いたいだけかもしれなかったが、アニエスもまた心のどこかで安堵していた。
(でも、今度こそ本当に終わり)
ユーグはアニエスのいる世界に別れを告げて、神に身を捧げるのだ。彼が言っていたように、これは以前から決まっていたこと。王女であるアニエスにも、国王である父にも、その決定は覆すことはできない。
どうあっても、自分たちの道は交わらない。
(神殿へ入っても、少しくらい、わたくしのことを思い出してくれるかしら)
なにせ出会った当初から今にいたるまで、散々無礼な振る舞いで接してきたのだ。忘れたくても、忘れられないのではないか。
(それとも、せいせいするかしら)
清廉な人は、煩わしいことを厭うように思えた。嫉妬や憎しみなど、心をかき乱す感情は最も嫌うことだろう。それらを与え続けた自分ともう会う必要もなくなるのだから、いっそ喜んでいるかもしれない。
(だったら最後まで、うんと嫌味を言ってやろう)
せめてそれくらい……と思ったところでアニエスはまた首を横に振るのだった。
「王女殿下って堅苦しいから、名前か姫様って呼んで」
「でも……いいのですか」
「わたくしがいいと言っているのだからいいのよ」
「わかりました。では姫様も、私のことはユーグとお呼びください」
本当のところ、彼が自分をどう思っていたかはわからないけれど、それでも以前はアニエスから話しかけてばかりだったのが、彼の方から話を振ってくれることが多くなった。
「以前姫様にいただいたクローバーを押し花にしたのですが、あまり保ちませんでした」
「あなた、そんなことしたの?」
「はい」
アニエスはもらった花を長く保たせようなど考えたことがなかった。花はいつか枯れるものだ。色褪せて、萎びていけば、もうそれは見る価値はない。
「見るたびに姫様が私にくれた時のことを思い出しますから……大切にしたいんです」
別に大輪の薔薇をあげたわけでもないのに大切にするユーグがおかしかった。でも、きっと彼の目にはどんな野草でも美しく、価値あるものとして映るのだろう。そのへんに生えている雑草でも、生きている証を見出せる。
「あなたって……」
「はい」
「ううん……何でもない」
ユーグの考えていることを、もっと知りたかった。彼といると、自分もまた知らない世界に行けそうだったから。
「……世界には、もっといろんな花があるらしいわ」
「そうなんですか」
「ええ。だからわたくし、いつか自分の目で確かめたいの」
何を伝えたいのか自分でもよくわからなかった。でもユーグはそんなアニエスの気持ちを理解するように頷いた。
「私も、見てみたいです」
「……うん」
ユーグに、いろんな世界を見てほしい。その時彼が何を思ってどう感じたのか知りたい。
アニエスが純粋にそう思えたのは、まだ自分と彼の二人だけの世界で完結していたからだ。
「ユーグ様って、素敵なお方よねぇ」
「ええ。本当に見るたびに美しくなられて」
ユーグの人外じみた美しさは成長と共に磨きがかかり、またアニエス以外の人間にも知られることとなった。それはユーグの行動範囲が広がったからでもあった。
(今までずっと教会に閉じ籠っていたくせに)
困っている人の力になりたいと、いつからか王都の孤児院や救貧院などに積極的に足を運び、奉仕活動に勤しむようになった。さすがに王国中へ出向くことはしていないが、あの容姿である。一度訪れれば、大変な騒ぎとなり、庶民の間でもあっという間にユーグの存在は知れ渡った。
「外見だけでなく、お心も素晴らしい」
「あの低く穏やかな声で教えを聴くと、本当に身も心も生まれ変わった気がするのよね」
(なによそれ。ただ外見に惑わされているだけじゃない)
「わたし、ユーグ様に悩みを聞いてもらいたいわ。きっと、彼なら解決してくれると思うの」
(ただ近づきたいでしょう。邪な理由だわ)
「はっ。あんなやつ。ただ外面がいいだけだろう」
「気に入らない」
しかし彼が馬鹿にされるのも、我慢ならなかった。自分がまさに思っていたことを口にされても、そうじゃないと反論したくなる。実に矛盾した感情に振り回され、ますます彼に対しての苛立ちが募る。
「ユーグ様なら、どんな人にでも優しく接してくれるはずだ」
「ああ。あの方は決して見捨てない」
(まるであの男が神みたいに言うのね)
アニエスは違うと言いたかった。知ったような口調で彼のことを語らないで。あなたたちは知らないでしょう。彼が人形みたいな顔をしていたこと。ただ人から言われたことを何も考えず従っていたこと。本当は空っぽだったこと。わたくしは知っている。わたくしだけは――
「大丈夫です。神はあなたのことを、きちんと見ておられます」
でも、アニエスの目の前でユーグは大勢の人間に――うっとりとした眼差しで見てくる若い令嬢にも未亡人にも既婚者にも、でっぷりと太った紳士にも、脂ぎった肌の商売人にも、腰の曲がった老人にも、みな等しく、平等に微笑んでいた。
アニエスはそんな彼を遠くから見ていた。近づきたくなかったから。あんな薄っぺらい笑みを浮かべて、心にもないことを伝えて、気味が悪くて、気持ち悪かったから……違う。もう近づくことはできなかったから。
ユーグが外の世界を知ればいいと思った。彼は何も知らなかったから。人形みたいな顔をしていると思ったから。だからいろんな表情を浮かべてほしいと……。
でも、実際にそうなってみて、彼は遠い存在になった。大勢の人間に囲まれている。アニエスだけが見ていた表情を、惜しみなく周りに振り撒いて、その中には自分が見たことのないものもあって……苛立ちよりも、寂しさを感じて、胸が苦しくてたまらなくなった。
アニエスはこのままユーグのことを考え続ければ自分がおかしくなってしまうと恐れにも似た気持ちを抱いた。ダルトワ王国の誇り高き王女として、取り返しのつかない過ちを犯してしまう。そんなの絶対だめだ。自分の矜持が許さない。
そう思い、アニエスは庭へ行くのをやめた。ユーグの待っている、今までなんだかんだ欠かすことなく足を運んでいた場所へはもう二度と行かないことに決めた。
「アニエス。おまえ、最近庭園の方へは行かないんだな」
「ええ。だって他にすべきことがたくさんあるんですもの」
ルドヴィクが珍しいとばかりに声をかけてきても、彼女はそっけなく答えた。
王女だからといって――いや、王女だからこそ覚えるべきは山のようにある。年頃の令嬢だけでなく、年配の夫人を招いて情報収集する仕事だってあるのだ。
「お兄様も外で遊んでばかりいないで、そろそろ真剣に将来を考えなさったら?」
亡くなった母親とも約束したのだ。お父様とあの子は抜けているところがおありだから、気弱な姿を見せたり、間違ったことをしていると思ったら、あなたが背中を思いきり叩いて正してやりなさいと……。ユーグに構っている暇などないのだ。
「アニエス。隣国の王太子との婚約を考えているんだが……」
だから父から婚約を勧められた時はいい機会だと思った。
他人だけではなく、自分の幸せも考えなくてはならない。彼のことを考える時間なんて、やっぱりない。
「――姫様。お久しぶりです」
それなのに、どうしてこの男は自分の前に現れるのだろう。
「最近は、あまりお見かけしませんでしたが、いかがお過ごしでしたか」
廊下ですれ違っても、黙って頭だけ下げておけばいいのに。どうして声なんかかけてくるのだ。
「大変よろしくてよ。孤児院に行ったりして、忙しかったの」
「そうだったんですね。それにしても……姫様は彼らに対してとてもお優しいのに、国王陛下は助けを必要としている人々に存外冷たいのですね」
どうして放っておいてくれないのだろう。
「私も教会の方で寄付を募り、少しでもお役に立てるよう尽力したいと思います」
どうして一々こちらの感情を刺激するのだろう。
「いいえ。その必要はないわ」
ユーグのわざとらしい挑発に乗るようにして、アニエスは父に貧困者を救う政策を打ち出すよう進言した。教会側の勢力を削ぐためにも、必要なことだと。彼らに任せておけば、ますますユーグは人々の尊敬と威信の念を集め、面倒なことになるからと説得して。
(あんなやつに、譲ったりしない)
ダルトワ王国の権威はアニエスの大事な父のもの。そしていずれは兄が引き継ぐものだ。神子だなんだろうが、王権より上でいいはずがない。
(わたくしが、しっかりしなくては)
しかしアニエスが決意を新たにする一方で、ユーグはますます品行方正さを極めていった。まるでアニエスの神経を逆撫でするようにどこまでも正しく、善であり続けようとした。そんな彼を、人々はますます称賛し続け、次期国王となるはずのルドヴィクよりも王に相応しいのではないかと囁く始末であった。
当然ルドヴィクは機嫌を損ね、アニエスも教会とユーグ本人を嫌った。それは王太子である兄よりずっと激しい感情であった。
「身の程を弁えるべきではなくて?」
いつしかアニエスはユーグに会うたびに、嫌味混じりの苦言を呈するようになった。しかしユーグはそんな彼女の言葉を実に憎たらしいほど爽やかな微笑で受けとめてみせた。
「もちろんでございます。ダルトワ王国を継ぐのはルドヴィク殿下の他にございません」
昔は人形のような顔をしていたくせに今では嫌な相手でも構わず笑顔を浮かべることができている。身の程を弁えろと言ったアニエスの言葉に従うように「王女殿下」と呼ぶようになり、常に一歩引いた態度を心がける。
こちらから望んでいたことなのに、いざそうされると壁を作られているようで、アニエスは許せなかった。だから無視しようと思っても、顔を見かけるたび、つい棘のある口調で小言をぶつけてしまう。
そしていつしか、決して行かないと決めていたあの庭園にも、足を運んでしまっていた。心なしか、自分が来たことを知るユーグの表情がほっとしたように見えて……そう、思いたいだけかもしれなかったが、アニエスもまた心のどこかで安堵していた。
(でも、今度こそ本当に終わり)
ユーグはアニエスのいる世界に別れを告げて、神に身を捧げるのだ。彼が言っていたように、これは以前から決まっていたこと。王女であるアニエスにも、国王である父にも、その決定は覆すことはできない。
どうあっても、自分たちの道は交わらない。
(神殿へ入っても、少しくらい、わたくしのことを思い出してくれるかしら)
なにせ出会った当初から今にいたるまで、散々無礼な振る舞いで接してきたのだ。忘れたくても、忘れられないのではないか。
(それとも、せいせいするかしら)
清廉な人は、煩わしいことを厭うように思えた。嫉妬や憎しみなど、心をかき乱す感情は最も嫌うことだろう。それらを与え続けた自分ともう会う必要もなくなるのだから、いっそ喜んでいるかもしれない。
(だったら最後まで、うんと嫌味を言ってやろう)
せめてそれくらい……と思ったところでアニエスはまた首を横に振るのだった。
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