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63.切り捨てられる
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アリシアにユグリット国へ嫁ぐ話をしてから三日経った。最初は嫌がっていた彼女も国王に諭されて覚悟が決まったのか落ち着いた表情で国王の隣にいる。
「おお、聖女。よく来てくれたな」
国王はナタリーをみなの前で呼び出し、まずは自身の体調を治してくれた礼を簡単に述べた。
「そなたのおかげで助かった。本当に感謝しておるぞ」
「いいえ。当然のことをしたまでです」
(ナタリー……)
リアンは彼女の顔を遠くからじっと見つめた。王女への訴えが一蹴され、おまえは王家の都合のよい駒なのだと断言された。きっと深く傷ついたはずだ。それなのに自分は慰めの言葉をかけることすら許されなかった。
(これ以上彼女を傷つけるのはやめてくれ……)
「今日、そなたを呼び出したのは……」
国王はちらりとアリシアを見た。彼女は父にこくりと頷く。
「我が娘、アリシアとユグリット国のアレクシス陛下の婚姻について頼みたいことがあるからだ」
「わたしに、でしょうか……?」
困惑の表情を浮かべ、ナタリーは国王を見つめる。
「そなたにしかできぬことだ」
(頼みだと? 一体なんだ?)
「そなたにアリシアの代わりに婚姻を結んで欲しいのだ」
「は」
ナタリーの目が大きく見開かれ、信じられないように国王を見つめた。リアンも同じ思いであった。
(何を言っているんだ!?)
「陛下。それは一体どういうことでしょうか」
家臣たちも寝耳に水だったようで騒めいている。けれどもよく見れば国王の側近、彼を支持している貴族たちは特に驚いた様子はない。ジョナスに目を見れば、彼は冷めた眼差しで状況を静観していた。
「……わたしが、アリシア様の代わりにユグリット国へ嫁ぐというのですか?」
「そうだ」
「わたしが、アレクシス陛下の妻に?」
「その通りだ」
「無理です!」
何を言っているのだと、ナタリーが悲鳴じみた声をあげる。
「わたしは王族の血を引いていない、ただの平民です。そんな人間がユグリットの国王と結婚していいはずがありません!」
「そうだ。そなたは平民である。しかし聖女でもある」
「っ」
国王はそこで最愛の娘に語りかけるように優しげな表情を浮かべた。
「なぁ、ナタリー。聖女とは神に選ばれた奇跡の娘であろう? ならば神と等しい存在とされる王の伴侶となっても、何らおかしくはないとは思わぬか?」
「それは、」
(そんなの詭弁だ!)
リアンの心の叫びに応じるようにナタリーが弱々しく首を振った。
「陛下。理屈ではそうかもしれません。しかしやはりお受けすることはできません。わたしは王女殿下と違い、王族としての矜持や覚悟も、王妃に相応しい教養も持ち合わせていないのですから。それに、」
「それに?」
「わたしはラシア国の聖女でございます。ラシアの国民のために力を使い、骨を埋める定めなのです」
だからユグリット国へ行くことはできない。
「どうか、どうかもう一度お考え下さい」
「ラシア国の民を救いたいと申すならば、その都度帰って来ればよいではないか」
「な、」
無茶苦茶だった。けれど王はちっともおかしいと思っていない。
「陛下。それは少々難しいのではありませんか」
見かねたジョナスが口を挟む。
「なぜだ」
「ユグリットとラシアを行き来するのは道中危険が伴いますし、頻繁に行き来できる距離でもありません。負担する費用も馬鹿になりません。それに一度ユグリット国へ嫁いでしまえばアレクシス陛下は彼女をユグリットの聖女として扱うでしょう。ラシアの民を救う義理はないと思われます」
そもそもアレクシスはアリシアを王妃に、と望んだのである。ナタリーでは意味がない。
「そうか。ならばその件は諦めよう」
あっさりと承諾した王の態度にあたりが騒めく。
「陛下、わたしは」
「聖女よ。正直に申す。私はアリシアをユグリットへ嫁にやりたくない。アレクシス陛下はたしかに素晴らしい王かもしれぬが……アリシアも同じくらい優秀なのだ。王位を継がせるのは、娘であってほしいと望んでいる」
そう言うと王は王女へ視線を移した。父の期待に応えるようにアリシアがすっと立ち上がる。
「陛下。わたくしも同じ思いです。このラシアのために身を尽くしたい。そのために、ユグリットではなく、ラシアに留まろうと思います。そして……」
彼女はそこでリアンの方を見た。
「リアンを伴侶として、共にラシアを支えていきたいと思います」
「なっ、」
待ってくれ、とリアンは堪らず声を上げようとしたが、それをかき消すように周りの家臣たち――王が特に尊重する貴族たちが立ち上がって、歓声を上げた。
「おお、アリシア殿下! 見事な決断です!」
「聖女様を手放すご英断も立派でございます!」
「我々もアリシア殿下を支持します!」
「ラシア国に幸あれ!」
反論は一切出ず、賛成の声がその場を支配した。事態を飲み込めていないのはリアンも含めてほんのわずかである。
(なんてことだ……)
リアンは王女殿下を見上げた。彼女は遠くから見下ろす形でリアンに微笑む。
――おまえは一生、わたくしのものよ。
「ナタリー。今までどうもありがとう。あなたが居てくれて、本当に感謝しています」
王女は用済みとなった聖女を切り捨てるつもりなのだ。自分の幸せと引き換えにして。
「おお、聖女。よく来てくれたな」
国王はナタリーをみなの前で呼び出し、まずは自身の体調を治してくれた礼を簡単に述べた。
「そなたのおかげで助かった。本当に感謝しておるぞ」
「いいえ。当然のことをしたまでです」
(ナタリー……)
リアンは彼女の顔を遠くからじっと見つめた。王女への訴えが一蹴され、おまえは王家の都合のよい駒なのだと断言された。きっと深く傷ついたはずだ。それなのに自分は慰めの言葉をかけることすら許されなかった。
(これ以上彼女を傷つけるのはやめてくれ……)
「今日、そなたを呼び出したのは……」
国王はちらりとアリシアを見た。彼女は父にこくりと頷く。
「我が娘、アリシアとユグリット国のアレクシス陛下の婚姻について頼みたいことがあるからだ」
「わたしに、でしょうか……?」
困惑の表情を浮かべ、ナタリーは国王を見つめる。
「そなたにしかできぬことだ」
(頼みだと? 一体なんだ?)
「そなたにアリシアの代わりに婚姻を結んで欲しいのだ」
「は」
ナタリーの目が大きく見開かれ、信じられないように国王を見つめた。リアンも同じ思いであった。
(何を言っているんだ!?)
「陛下。それは一体どういうことでしょうか」
家臣たちも寝耳に水だったようで騒めいている。けれどもよく見れば国王の側近、彼を支持している貴族たちは特に驚いた様子はない。ジョナスに目を見れば、彼は冷めた眼差しで状況を静観していた。
「……わたしが、アリシア様の代わりにユグリット国へ嫁ぐというのですか?」
「そうだ」
「わたしが、アレクシス陛下の妻に?」
「その通りだ」
「無理です!」
何を言っているのだと、ナタリーが悲鳴じみた声をあげる。
「わたしは王族の血を引いていない、ただの平民です。そんな人間がユグリットの国王と結婚していいはずがありません!」
「そうだ。そなたは平民である。しかし聖女でもある」
「っ」
国王はそこで最愛の娘に語りかけるように優しげな表情を浮かべた。
「なぁ、ナタリー。聖女とは神に選ばれた奇跡の娘であろう? ならば神と等しい存在とされる王の伴侶となっても、何らおかしくはないとは思わぬか?」
「それは、」
(そんなの詭弁だ!)
リアンの心の叫びに応じるようにナタリーが弱々しく首を振った。
「陛下。理屈ではそうかもしれません。しかしやはりお受けすることはできません。わたしは王女殿下と違い、王族としての矜持や覚悟も、王妃に相応しい教養も持ち合わせていないのですから。それに、」
「それに?」
「わたしはラシア国の聖女でございます。ラシアの国民のために力を使い、骨を埋める定めなのです」
だからユグリット国へ行くことはできない。
「どうか、どうかもう一度お考え下さい」
「ラシア国の民を救いたいと申すならば、その都度帰って来ればよいではないか」
「な、」
無茶苦茶だった。けれど王はちっともおかしいと思っていない。
「陛下。それは少々難しいのではありませんか」
見かねたジョナスが口を挟む。
「なぜだ」
「ユグリットとラシアを行き来するのは道中危険が伴いますし、頻繁に行き来できる距離でもありません。負担する費用も馬鹿になりません。それに一度ユグリット国へ嫁いでしまえばアレクシス陛下は彼女をユグリットの聖女として扱うでしょう。ラシアの民を救う義理はないと思われます」
そもそもアレクシスはアリシアを王妃に、と望んだのである。ナタリーでは意味がない。
「そうか。ならばその件は諦めよう」
あっさりと承諾した王の態度にあたりが騒めく。
「陛下、わたしは」
「聖女よ。正直に申す。私はアリシアをユグリットへ嫁にやりたくない。アレクシス陛下はたしかに素晴らしい王かもしれぬが……アリシアも同じくらい優秀なのだ。王位を継がせるのは、娘であってほしいと望んでいる」
そう言うと王は王女へ視線を移した。父の期待に応えるようにアリシアがすっと立ち上がる。
「陛下。わたくしも同じ思いです。このラシアのために身を尽くしたい。そのために、ユグリットではなく、ラシアに留まろうと思います。そして……」
彼女はそこでリアンの方を見た。
「リアンを伴侶として、共にラシアを支えていきたいと思います」
「なっ、」
待ってくれ、とリアンは堪らず声を上げようとしたが、それをかき消すように周りの家臣たち――王が特に尊重する貴族たちが立ち上がって、歓声を上げた。
「おお、アリシア殿下! 見事な決断です!」
「聖女様を手放すご英断も立派でございます!」
「我々もアリシア殿下を支持します!」
「ラシア国に幸あれ!」
反論は一切出ず、賛成の声がその場を支配した。事態を飲み込めていないのはリアンも含めてほんのわずかである。
(なんてことだ……)
リアンは王女殿下を見上げた。彼女は遠くから見下ろす形でリアンに微笑む。
――おまえは一生、わたくしのものよ。
「ナタリー。今までどうもありがとう。あなたが居てくれて、本当に感謝しています」
王女は用済みとなった聖女を切り捨てるつもりなのだ。自分の幸せと引き換えにして。
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