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59.聖女から王女への訴え

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 それからナタリーは死んだようにしばらく眠り続けた。彼女を連れて来た騎士に白状させたところ、彼女は出立前も村人に力を使ったそうである。もともと疲労困憊の身体でさらに長距離を移動させたのだから、とんだ無理をさせたわけだ。

(なぜそんな無茶を……)

 誰に何の相談もなく連れ戻すよう命じた王女殿下にも、実行した騎士にも、抑えきれぬ怒りがわいてくる。

「ナタリーにはこのまま城に居てもらいましょう」

 それなのにアリシアは相手の事情などちっとも知ったことではないと、また新たな命令を口にした。むろん今度はそう簡単に認めるわけにはいかなかった。

「王女殿下。聖女様はまたすぐに城を出ていくとおっしゃっています」
「そんなのやめればいいわ」
「ですが、」
「今回は運よくお父様に何もなかったけれど、次また何があるかわからないわ。その時のために聖女は王都ここに留まるべきよ」
「……しかし、王女殿下。これはすでに各地区の教会と取り決めた約束です。それ相応の対価もすでに頂いております。今さら聖女を寄こさないとなると、王家の信頼も損なわれてしまいます」

 ジョナスが懇々と説明しても、アリシアの理解は得られなかった。

「王家あっての国よ? 彼らもわかってくれるはずよ」

 優先するのは王族の尊い命。下に譲るべきではない。アリシアの言うことも一理ある。けれど弱者を労る心を微塵も見せない王女の態度は傲慢でもあった。


「――王女殿下。どうかもう一度お考え下さい」

 考えを改めるよう意見したのは意外にもナタリーであった。今まで周囲の命令に従順だった彼女が、不敬だと咎められることを恐れず、今回ははっきりと王女に物申した。

「王都から遠く離れた村では、病や怪我で満足に生活することができず、苦しむ民をわたしはこの目で大勢見ました」
「そうなの。それは大変ね」
「はい。苦しむのは本人ばかりではありません。病人の家族や友人、恋人もいつ治るかわからない病のせいで苦しみを分かち合わなければならないのです」

 父親が倒れ、彼一人のために王宮へ呼び戻したアリシアになら理解できるはずだ。

 ナタリーはそう信じて、語りかける。

「一人を救うということはそんな彼らもまた救うことになります。それはひいては村全体の活気にも繋がり、わたしを派遣して下さった王家へ深謝の気持ちを抱かせることにもなるはずです。そうすればラシア国はますます発展することでしょう。ですからどうか、」
「ナタリー」

 最後まで言わせず、アリシアは途中で遮ってしまった。

「何度も言わせないで。あなたはここにいればいいの」
「ですが!」
「あなたが今聖女として力を振るえているのは、王家の後ろ盾があるからと忘れてはなくて?」

 ナタリーが大きく目を見開いた。そんなことを指摘されるとは思いもよらなかったという表情だ。

「あなたは王家に従う存在でしかない。それをどうか忘れないで?」
「……王女殿下は、苦しむ民たちを見逃せとおっしゃるのですか」
「可哀想なことだとは思うわ。けれど、だからといってお父様たちやわたくしの命に代わるものではないはずよ」

 切り捨てたところで何の不都合も生じない。

 アリシアの言葉にナタリーはもう何も言えなかった。ただ呆然としたまま、美しい王女の顔を見つめていた。

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