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52.ジョナスへの頼み
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「お祈りは済みましたか」
扉を開けて出てきたナタリーに、待っていたジョナスがそう問いかけた。
「はい。ありがとうございます。ジョナス様」
「大切なことですから」
あくまでも祈りが、という体で話しかけるジョナスにナタリーも素直に頷いた。彼の協力があったからこそ、リアンに会えた。けれどどうしてジョナスはリアンに協力したのだろう。ナタリーが知らないだけで、実は仲が良いのだろうか。
「彼は決して諦める人ではありません」
歩きながら話しかけるジョナス。彼、というのはリアンのことだろう。
『ナタリー。必ず無事に戻って来てくれ』
最後にかけられた言葉。真剣な表情は何か強い決意のようなものを感じられたが、同時に不安にもさせられた。あちらで何か考えさせられる出来事があったのか。ナタリーにはそれを聞いてあげるだけの時間は許されていなかった。
(あったとしても、リアンはわたしが不安になるようことは話さないだろう……)
「ナタリー様?」
急に立ち止まった聖女にジョナスは訝しげに振り返る。この酷薄そうな青年のことをどこまで信用していいかナタリーにはわからない。
(でも……)
「ジョナス様。わたしが頼むのはおこがましいことかもしれませんが、どうか彼のことをよろしくお願いします」
今日こうして二人で会わせてもらったこと。決して悪い人ではないと思いたかった。
「……あなたも、彼と同じことを頼むのですね」
少し呆れたような声。顔を上げて下さいと言われて従えば、朝日に照らされたジョナスが自分をじっと見つめていた。
「お願いします、というのは具体的にどういうことをすればよろしいのでしょうか」
「えっと、そうですね……無理をしようとしている時はとめて下さったり、愚痴を聞いてあげたり、でしょうか……」
「なるほど。体調管理を怠っていないか定期的に確かめろということですね」
はい、と頷く。
「けれど彼はあなたのためならば無理は厭わないと思いますよ」
「……ええ、だからこそ不安なのです。自身が傷つくことはどうでもいいという態度が、いつしか取り返しのつかないことになりそうで……」
口にすると本当にそうなってしまいそうで、ナタリーぎゅっと己の手を握りしめた。きっとそうなったらリアン自身が一番苦しむ。
「聖女として多くの人々の安寧を願わなければならないことはわかっています。けれどわたしは……わたし個人としては、彼に幸せでいて欲しいと思っています」
「彼にとっては、あなたが幸せでいることが一番の幸せだと思うんですがね……」
難しい問題です、と悩ましげに目を瞑った。ナタリーとてわかっている。お互い相手が大切だからこそ、少し無理するくらい当然だと思っている。
「わかりました。できるだけ、気にかけるよういたします」
「ありがとうございます!」
ぱぁっと顔を輝かせてお礼を述べたナタリーにジョナスが大きく目を見開く。あ、というようにナタリーは口に手を当てた。つい子どものようにはしゃいでしまった。
「本当に、よく似ていらっしゃる」
目を微かに細め、薄い唇の端を上げたジョナスに今度はナタリーが目を丸くさせられる。
(この方も笑うんだ……)
何だかとても珍しいものを見てしまった気がする。そう思ってもう一度じっくり見ようとしたけれど、次の瞬間にはいつもの何を考えているかわからない表情に戻っていた。
「ナタリー様。私からも今回のお役目、無事に果たされることを祈っております」
膝をつき、首を垂れる姿は神に誰よりも忠実に仕える信徒に思えたのだった。
扉を開けて出てきたナタリーに、待っていたジョナスがそう問いかけた。
「はい。ありがとうございます。ジョナス様」
「大切なことですから」
あくまでも祈りが、という体で話しかけるジョナスにナタリーも素直に頷いた。彼の協力があったからこそ、リアンに会えた。けれどどうしてジョナスはリアンに協力したのだろう。ナタリーが知らないだけで、実は仲が良いのだろうか。
「彼は決して諦める人ではありません」
歩きながら話しかけるジョナス。彼、というのはリアンのことだろう。
『ナタリー。必ず無事に戻って来てくれ』
最後にかけられた言葉。真剣な表情は何か強い決意のようなものを感じられたが、同時に不安にもさせられた。あちらで何か考えさせられる出来事があったのか。ナタリーにはそれを聞いてあげるだけの時間は許されていなかった。
(あったとしても、リアンはわたしが不安になるようことは話さないだろう……)
「ナタリー様?」
急に立ち止まった聖女にジョナスは訝しげに振り返る。この酷薄そうな青年のことをどこまで信用していいかナタリーにはわからない。
(でも……)
「ジョナス様。わたしが頼むのはおこがましいことかもしれませんが、どうか彼のことをよろしくお願いします」
今日こうして二人で会わせてもらったこと。決して悪い人ではないと思いたかった。
「……あなたも、彼と同じことを頼むのですね」
少し呆れたような声。顔を上げて下さいと言われて従えば、朝日に照らされたジョナスが自分をじっと見つめていた。
「お願いします、というのは具体的にどういうことをすればよろしいのでしょうか」
「えっと、そうですね……無理をしようとしている時はとめて下さったり、愚痴を聞いてあげたり、でしょうか……」
「なるほど。体調管理を怠っていないか定期的に確かめろということですね」
はい、と頷く。
「けれど彼はあなたのためならば無理は厭わないと思いますよ」
「……ええ、だからこそ不安なのです。自身が傷つくことはどうでもいいという態度が、いつしか取り返しのつかないことになりそうで……」
口にすると本当にそうなってしまいそうで、ナタリーぎゅっと己の手を握りしめた。きっとそうなったらリアン自身が一番苦しむ。
「聖女として多くの人々の安寧を願わなければならないことはわかっています。けれどわたしは……わたし個人としては、彼に幸せでいて欲しいと思っています」
「彼にとっては、あなたが幸せでいることが一番の幸せだと思うんですがね……」
難しい問題です、と悩ましげに目を瞑った。ナタリーとてわかっている。お互い相手が大切だからこそ、少し無理するくらい当然だと思っている。
「わかりました。できるだけ、気にかけるよういたします」
「ありがとうございます!」
ぱぁっと顔を輝かせてお礼を述べたナタリーにジョナスが大きく目を見開く。あ、というようにナタリーは口に手を当てた。つい子どものようにはしゃいでしまった。
「本当に、よく似ていらっしゃる」
目を微かに細め、薄い唇の端を上げたジョナスに今度はナタリーが目を丸くさせられる。
(この方も笑うんだ……)
何だかとても珍しいものを見てしまった気がする。そう思ってもう一度じっくり見ようとしたけれど、次の瞬間にはいつもの何を考えているかわからない表情に戻っていた。
「ナタリー様。私からも今回のお役目、無事に果たされることを祈っております」
膝をつき、首を垂れる姿は神に誰よりも忠実に仕える信徒に思えたのだった。
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