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48.誰にも渡さない
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「リアン。リアンってば」
アリシアがやや怒ったように呼びかけると、リアンはハッと我に返ったようだった。
「もう。先ほどからぼうっとして。わたくしのお話、きちんと聞いていらした?」
「申し訳ありません。少々考え事をしていまして……」
もう一度よろしいですか、と言われアリシアはため息をつく。先ほどからずっとこの調子だ。せっかく帰国したリアンのために茶会を開き、彼との時間を楽しもうと思っていたのに。
(やっとあなたと再会できたのに……)
アリシアにとってリアンがいない毎日はとても退屈で、父にリアンが早く帰還できるよう頼んだり、ジョナスに愚痴を聞いてもらったり……彼が戻って来るまでの時間が永遠にも思えた。
だからこうして無事に戻って来てくれたのが本当に嬉しい。初めて神に感謝したくらいだ。
(それにますます素敵になった……)
厳しい環境がそうさせたのか、ただ美しいだけでなく陰りのようなものも見せ、それがますますリアンの魅力を際立たせていた。
ただ……
「王女殿下?」
「王女殿下ではなく、アリシアと呼ぶようお願いしたはずよ?」
「失礼しました。アリシア様」
相変わらず自分への接し方には距離があった。主と臣下という立場なので仕方がないのかもしれないがアリシアにはとてももどかしく感じる。
(もっと積極的になってもいいのに……)
「ね、リアン。考え事というのは何かしら?」
わたくしのこと? とアリシアは甘い声でたずねてみる。
「それは、」
「王女殿下。リアン殿はまだ旅の疲れが完全に癒えていないのですよ」
横から口を挟んだのはジョナスであった。彼には今日、一言も口を利くなと命じていた。他の護衛や侍女たちも同様だ。アリシアとリアン。あくまで二人きりでいる雰囲気を作りたかったから。
それを台無しにされて、アリシアは眉を顰める。だが王女として声を荒立てて叱るのは品のないことだ。それにジョナスの言葉にも気にかかった。
「リアン。疲れているの?」
「えっと、」
「彼は王女殿下の手前、そんな言い訳はできないのであえて考え事をしていたとおっしゃったのですよ」
そうですよね、とジョナスがリアンに同意を求めれば、彼はばつが悪そうな顔ではいと頷いた。
「まぁ、そうなの。でもそれならそうと素直に言えばいいのに」
「申し訳ありません。せっかく王女殿下に誘っていただきましたので、断るのは失礼かと思いまして」
「王女殿下に早くお会いしたかったのですよ」
リアンのあとに、すかさずジョナスが付け加える。何だか上手く誤魔化された気もするが、ジョナスの言葉をアリシアは都合よく信じて微笑んだ。
「わたくしもリアンに会いたかったわ」
「もったいなきお言葉です」
「もう。堅苦しいのは無しにして」
どこか余所余所しい態度をとるのも本調子ではないからだろう。アリシアは納得すると、ふとある考えが頭に思い浮かんだ。
「そんなに疲れたのならば、聖女に治してもらったらどうかしら?」
何気なく言った一言。アリシアにとって、深い意味はなかった。それなのにリアンは目を見開き、呼吸が止まったように大きく息を呑んだ。
「王女殿下は……それでもよろしいのでしょうか」
何が? というように首をかしげる。質問の意図がよくわからなかった。
「リアンはわたくしの騎士でしょう? 自分の騎士の体調を気にかけるのはそんなにおかしいこと?」
「そうではなく、」
「彼女、すごいらしいわよ? わざわざ遠くから会いにきて病を治して欲しいって頼む人もいるくらいなの。疲労くらい、簡単に治してくれるはずよ」
そうだわ、とアリシアは以前父が言っていたことを思い出す。
「聖女を国中の教会に派遣したらどうかっていう意見も出てるんですって」
「何ですって?」
「王女殿下。それは、」
ジョナスの咎める声を無視して、アリシアは無邪気に話を続ける。リアンをもっと驚かせたかった。
「そうすれば治療費としてたくさんのお金が集められるだろうし、民衆から税を徴収するよりお互い利益があっていいんじゃないかしら。聖女を養ってあげているわたくしたち王家の人気も、もっと盤石なものになって、いいこと尽くめよ。ね、リアンもそう思う、」
ガシャンッ、とテーブルに並べられた食器が乱暴に重なり合う。
「どうしたの、リアン。突然立ち上がったりして」
びっくりするでしょう? とアリシアが優しく諫めても、彼はぶるぶると肩を震わせて何も答えない。顔は真っ青で、それでいて激しい感情を瞳の奥に滾らせている。リアン、とジョナスが声をかけても、彼はアリシアを見つめていた。
(ああ。その顔も素敵)
リアンを知れば知るほど、もっといろんな表情を見たくなる。こんなに誰かに執着するのは、生まれて初めてかもしれない。
「聖女は神から王に捧げられたもの。司教様はそうわたくしに教えて下さいました。だからあの子は生涯このラシアのために身を尽くさなければならないの」
決してあなたのものにはならないのよ、とアリシアは恋する乙女の顔で告げたのだった。
アリシアがやや怒ったように呼びかけると、リアンはハッと我に返ったようだった。
「もう。先ほどからぼうっとして。わたくしのお話、きちんと聞いていらした?」
「申し訳ありません。少々考え事をしていまして……」
もう一度よろしいですか、と言われアリシアはため息をつく。先ほどからずっとこの調子だ。せっかく帰国したリアンのために茶会を開き、彼との時間を楽しもうと思っていたのに。
(やっとあなたと再会できたのに……)
アリシアにとってリアンがいない毎日はとても退屈で、父にリアンが早く帰還できるよう頼んだり、ジョナスに愚痴を聞いてもらったり……彼が戻って来るまでの時間が永遠にも思えた。
だからこうして無事に戻って来てくれたのが本当に嬉しい。初めて神に感謝したくらいだ。
(それにますます素敵になった……)
厳しい環境がそうさせたのか、ただ美しいだけでなく陰りのようなものも見せ、それがますますリアンの魅力を際立たせていた。
ただ……
「王女殿下?」
「王女殿下ではなく、アリシアと呼ぶようお願いしたはずよ?」
「失礼しました。アリシア様」
相変わらず自分への接し方には距離があった。主と臣下という立場なので仕方がないのかもしれないがアリシアにはとてももどかしく感じる。
(もっと積極的になってもいいのに……)
「ね、リアン。考え事というのは何かしら?」
わたくしのこと? とアリシアは甘い声でたずねてみる。
「それは、」
「王女殿下。リアン殿はまだ旅の疲れが完全に癒えていないのですよ」
横から口を挟んだのはジョナスであった。彼には今日、一言も口を利くなと命じていた。他の護衛や侍女たちも同様だ。アリシアとリアン。あくまで二人きりでいる雰囲気を作りたかったから。
それを台無しにされて、アリシアは眉を顰める。だが王女として声を荒立てて叱るのは品のないことだ。それにジョナスの言葉にも気にかかった。
「リアン。疲れているの?」
「えっと、」
「彼は王女殿下の手前、そんな言い訳はできないのであえて考え事をしていたとおっしゃったのですよ」
そうですよね、とジョナスがリアンに同意を求めれば、彼はばつが悪そうな顔ではいと頷いた。
「まぁ、そうなの。でもそれならそうと素直に言えばいいのに」
「申し訳ありません。せっかく王女殿下に誘っていただきましたので、断るのは失礼かと思いまして」
「王女殿下に早くお会いしたかったのですよ」
リアンのあとに、すかさずジョナスが付け加える。何だか上手く誤魔化された気もするが、ジョナスの言葉をアリシアは都合よく信じて微笑んだ。
「わたくしもリアンに会いたかったわ」
「もったいなきお言葉です」
「もう。堅苦しいのは無しにして」
どこか余所余所しい態度をとるのも本調子ではないからだろう。アリシアは納得すると、ふとある考えが頭に思い浮かんだ。
「そんなに疲れたのならば、聖女に治してもらったらどうかしら?」
何気なく言った一言。アリシアにとって、深い意味はなかった。それなのにリアンは目を見開き、呼吸が止まったように大きく息を呑んだ。
「王女殿下は……それでもよろしいのでしょうか」
何が? というように首をかしげる。質問の意図がよくわからなかった。
「リアンはわたくしの騎士でしょう? 自分の騎士の体調を気にかけるのはそんなにおかしいこと?」
「そうではなく、」
「彼女、すごいらしいわよ? わざわざ遠くから会いにきて病を治して欲しいって頼む人もいるくらいなの。疲労くらい、簡単に治してくれるはずよ」
そうだわ、とアリシアは以前父が言っていたことを思い出す。
「聖女を国中の教会に派遣したらどうかっていう意見も出てるんですって」
「何ですって?」
「王女殿下。それは、」
ジョナスの咎める声を無視して、アリシアは無邪気に話を続ける。リアンをもっと驚かせたかった。
「そうすれば治療費としてたくさんのお金が集められるだろうし、民衆から税を徴収するよりお互い利益があっていいんじゃないかしら。聖女を養ってあげているわたくしたち王家の人気も、もっと盤石なものになって、いいこと尽くめよ。ね、リアンもそう思う、」
ガシャンッ、とテーブルに並べられた食器が乱暴に重なり合う。
「どうしたの、リアン。突然立ち上がったりして」
びっくりするでしょう? とアリシアが優しく諫めても、彼はぶるぶると肩を震わせて何も答えない。顔は真っ青で、それでいて激しい感情を瞳の奥に滾らせている。リアン、とジョナスが声をかけても、彼はアリシアを見つめていた。
(ああ。その顔も素敵)
リアンを知れば知るほど、もっといろんな表情を見たくなる。こんなに誰かに執着するのは、生まれて初めてかもしれない。
「聖女は神から王に捧げられたもの。司教様はそうわたくしに教えて下さいました。だからあの子は生涯このラシアのために身を尽くさなければならないの」
決してあなたのものにはならないのよ、とアリシアは恋する乙女の顔で告げたのだった。
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