ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

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42.ディアナの意思

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「だれかいるのですか……?」

 教会の牢屋に監禁されていたディアナは微かな足音を聞き、けれどどこか躊躇いのようなものを感じ取って、思わず暗闇にそう問いかけた。ディアナの呼びかけに、一歩一歩足音が近づいてくる。ぼうっとした蝋燭の灯に照らされて――

「あなたは、どちら様でしょうか」

 見たこともない青年が、ディアナの目の前にいた。見張りの兵かとも思ったが身なりからして上のようであり、アレクシスやカルロスと対等に渡り合っていける高貴さを身に纏っていた。

「私はリアンと申します」

 いまや罪人である自分にも、彼は敬語を使った。とするとディアナと同じ仲間だったのだろうか……。

(でも、彼らのほとんどは死んでしまった……)

 わずかに残った者もすぐに処刑されるだろう。自分以外を王にしようとした者をアレクシスが生かしておく理由はない。

(カルロス殿下はどうなったのだろうか……)

 限られた味方と追いつめられたゆえに高まった士気を踏まえ、あくまでも攻勢を貫くべきだと主張したディアナと違い、カルロスはラシアからの援軍が見込めるまで籠城することを望んだ。

 平行する話し合いに敵は待ってくれず、半数の味方を引き連れてディアナは王都へ向かい、敵に敗れた。それから王宮へ連れてこられ、本当に聖女であるかどうか調べられ……カルロスの現在いまを知ることは叶わなかった。

「リアン。私はあなたがどなたか詳しくは存じません。けれどどうか一つだけ教えて下さい。殿下は……カルロス様はご無事なのでしょうか」

 青年の顔が一瞬であったが、辛そうに歪んだ。それでディアナは悟った。彼はもうすでにこの世にはいないのだと。

(ああ、なんてこと……)

 全身の力が抜け、膝から崩れ落ちた。自分の名を焦ったように青年は呼んだけれど、彼女にはもはや聞こえていなかった。

(カルロス様……)

 守りたいと思った人はもういない。錆びた鉄格子を握る己の手が、ひどく冷たく感じられた。

「カルロス殿下は……どのような最期を……何か、言っておられましたか……」
「殿下の最期は……とても安らかで、あなたのことも気にかけておられました」

 リアンが温度のないディアナの手を握り、答えた。彼の目は潤んでいた。自分を憐れみ、心を痛めている優しい顔をしていた。

「そうですか。殿下は、安らかに天へ召されたのですね」

 だからディアナもその嘘を信じることにした。

 カルロスは恐らく、悲惨な最期を遂げたのだろう。肉親であるアレクシスは決して身内に甘い男ではなかった。だからこそカルロスはいつも何かに怯え、劣等感に苛まれていた。

『なぁ、ディアナ。僕は兄上のように秀でたものが何もないんだ』
『いいえ、カルロス。そんなことないわ。あなたにはあなたにしかない良い所がたくさんあるわ』
『例えばどこさ』

 不貞腐れたようにたずねたカルロスに、ディアナは微笑む。

『たとえば以前、身体が弱い子が王宮に遊びに来た時、あなたはその子の目線になって気遣う言葉をかけてあげていたでしょう? あなたのお兄様は自分にも他人にも厳しい方だから、どこか冷たい態度をとっていらっしゃったけれど、あなたはその子と対等に話そうとしていた。そういう所、とても素敵だと思うわ』

 まだ自分たちの立場を気にしなかった頃、ディアナはカルロスに自分の思うことを素直にありのまま伝えることができた。少し気が弱いけれど、優しくて、些細なことにもすぐ気がつく彼の繊細さを、彼女は愛していた。

 だから神がカルロスこそ王になるべきだと告げた時も、彼女は疑うこともせず、すんなりと信じることができた。だってその通りだと思ったから。

(……ああ、そうか。わたしは、)

「リアン。もしあなたがアレクシス殿下にお会いする機会がありましたら、伝えて欲しいことがあるのです」
「何でしょうか」

 ディアナは微笑んだ。

「私は神の意思に従い、カルロス様を助けました。けれど……今思えば、私は私の意思で、彼に王になって欲しかったのだと思います」

 優しい彼ならば、良き王になれると信じた。そんな彼を、自分は臣下として支えてあげたかった。だからディアナは騎士になり、戦場を駆け抜けた。

 決して流されてあの道を選んだのではない。

「私は自分の選んだ道に後悔はありません。私の主君はカルロス殿下のみです」

 どうか伝えて欲しい。自分の選んだ道は間違いではなかったと。

 たとえ最後には魔女として殺される運命であったとしても、自分は迷わずに受け入れた。その人生に後悔はないと。

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