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37.王太子の先見

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 無事に帰れるとは、必ずしも思っていたわけではない。だがやはりいざその時が来るかと思えば、緊張で顔が強張った。

「そう不安そうな顔をするな。別に殺したりなどはせぬ。客人として、きちんともてなそう」

 アレクシスの言葉には、どこか面白がるような響きが感じられた。

「……なぜこの国に留まるよう命じられたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「そうだな。理由はいくつかある。おまえの国のことをもっと聞きたいと思ったし、人質、になるかどうかはわからぬが約束を破った時の担保にもなる。ああ、そうだ。今さらだが、おまえたちの国は次の王に俺がなると思ったから、王宮ここへ使者を送ったのだろうな?」

 もちろんです、とリアンは即答した。

 実際はどちらがなるかわからぬからこんな事態になったのだし、国同士のやり取りとしては王宮へ出向くのが慣例であった。決してアレクシスがいたから出向いたのではない。

(ラシア国としては、早くどちらか一人に決めてくれというのが本音だろう)

 けれどアレクシスはそんな答えを望んでいるわけではないだろうし、わざわざ説明する必要もない。

「ユグリット国の新たな王はアレクシス殿下でございます」
「そうか。ならよい。俺もカルロスのような人間が王になるかと思えばゾッとするからな。そなたたちが賢明な判断をしてくれて安心した」

 やはり自分を差し置いて王となろうした弟のことを許せないでいるのか、兄であるアレクシスの目は冷たかった。

「リアン。安心せよ。そなたは想像するよりずっと早く、故国へ帰れるだろう」
「それは、」
「弟は砦に籠り、ラシアの援軍をもって王都を奪還する予定だったそうだが、その前に力尽きるだろうよ」

 弟のカルロスについた騎士や貴族の大半は、戦いの最中で命を落とすか怪我を負い、いまやほとんど使い物になっていない。

「代わりに傭兵を雇っているらしいが、その金も直に底をつく」

 改めて聞くと、勝敗はもうすでについているようなものであった。

(聖女がいるからもっと切羽詰まった状況なのかと思っていたら……)

 全くの逆である。余裕すら存在している。

(いや、考えてみればこれが普通なのかもしれない)

 いくら聖女がついているからといって、結局は人を束ねた者同士の争いである。数が揃わなければ、いつかは追いつめられるに決まっている。

「聖女であるディアナだけはこの機会を逃してはならないと攻撃することを望んだそうだが、腰抜けの弟は守りに入るばかりだ。焦れた聖女様は攻め入ることのできる者だけつれて、王都へ向かっているらしい」

 勇ましいことだな、とアレクシスは嘲笑する。

「どうなさるおつもりですか」
「結果は見えている。いくら聖女とはいえ、しょせんは小娘。ついてゆく仲間もろくにいなければ、いずれは自滅するだろうよ」

 未来の王は淡々と事実を述べた。そして、彼の言う通りに事は進んでいった。
 カルロスを城から逃し、奇跡といえる勝ちを貫いてきた聖女が、ついに捕えられたのだった。


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