ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

文字の大きさ
上 下
29 / 74

28.ジョナスの野望

しおりを挟む
(そういえば俺は、こいつのことを何も知らない)

 ただアリシアを妄信するだけの男だと思っていたが、先ほどの会話で違うとわかった。むしろ全く逆の顔が浮かび上がってくる。

「ジョナス。おまえはなぜそこまで……」
「王家に忠誠がないと?」

 歯に衣着せぬ言い方に、リアンの方が戸惑う。

「……少なくとも、王女殿下に対しては、みえない」
「忠誠を持ちたくても、持てないのですよ。リアン殿」

 そんなこともわからないのかと、少し馬鹿にするように彼は言った。怒っているのかもしれない。

「私は戦争で親を亡くしましてね。王都近くの孤児院で育ちました。そこに王女も一ヵ月に一度、慰問しに足を運ばなければならないのです。それが王女として生まれた彼女の責務だったから。もっとも、彼女が訪れたのは年に二、三度でしたが」

 ジョナスもナタリーと同じ孤児だった事実に、リアンは奇妙な縁を感じたが、黙って耳を傾けた。

「孤児院にいる子はみな栄養が足りていなかった。いつも飢えていた。かつて痩せて醜かった私を、初めて出会った彼女はまるでゴミを見るかのような眼差しで一瞥しました」

 それが、とジョナスは美しい自身の顔に指を這わせた。

「貧しさから抜け出すために、私は賭けで騎士の選抜試験を受けました。そして幸運にも合格した。それからも生きるために必死についていき……」

 騎士となったわけだ。

「叙任式で、王女殿下は打って変わって女神のような笑顔を私に向けました。私がかつて薄汚れたあの孤児院の子どもだとは気づかなかったのです。いいえ、彼女のことだからそんな子どもがいたことすら記憶にないのでしょう。だからこそ私に近衛騎士になるよう勧めたんです。綺麗なあなたには私の隣が相応しいと。あの王女はそういう価値観でしか物事を測れないのです」

(ジョナスに会った時、おそらくアリシア殿下はまだ幼かったはず……)

 ある程度は仕方ないのでは、とリアンは思ったが、ジョナスは王女のことを生まれつきそういう人間だと言いたいらしい。

「それから……殿下や陛下に意見するようになったのか」
「私はただ、お二人が心の中で望んでいることを、それとなく実現してはどうかと助言しただけです。ご自身の立場をよく弁えている人間ならば、愚かな願いなど、叶えたいとは思わない。抱いたりしない」
「……そんな主君を諫めるのも、臣下の務めではないのか」

 ええ、とジョナスはぞっとするほど冷ややかな目で答えた。

「だから私は、それがどれほど愚かな結末を迎えるか知らしめてやりたいのです。あの小娘に。いえ、彼女だけではありません。それを許したこの国の王や臣下たち全員に、」

 リアンはこの男が国をのっとるつもりなのか、と息が止まりそうになった。だがすぐにジョナスは安心して下さい、とまるで彼の考えを読み取るように笑った。

「私は王になるつもりはありません。ただ、もっと相応しいものと取り替えるだけです」

 西日が差し込んだ部屋は、ひどく明るかった。暖かいはずなのに、リアンは寒気がする。

「ジョナス……」
「乱暴な方法なんて考えていません。あくまでも淡々と、だがそうだと気づいた時には取り返しのつかない方法でやってみせます」

 男はどこまでも淡々とした口調でリアンに己の野望を打ち明けた。その淡白さが、現実味を帯びて聞こえて、リアンにはジョナスが恐ろしく思えた。

「リアン。あなたはナタリー殿だけの騎士でありたいようですが、それは王女殿下がお許しにはならないでしょう。いえ、彼女だけではなく、今の国のあり方では」
「そんなの、俺とてわかっている……」

 ならば、と彼は距離を詰めた。

「王女に忠誠を誓いなさい。特別な情を抱いていると、振る舞いなさい。それが、今のあなたにできる最低限のことです」
「っ……」
「愛する彼女を救いたいのならば、あなたは自分の心すら欺かなければなりません。それが、あなたの役目ではないのですか」

 リアンは顔を上げた。こちらを見るジョナスの顔をじっと見つめ、うめき声をあげそうになる。

(ナタリー……)

 今のジョナスの言葉が、本当かどうか確信はない。アリシアの頼みを叶える策として、すべてジョナスの作り上げた嘘かもしれない。

 でもこのままではいけない。今までやり方が通じないのならば、変えるしかない。たとえ、リアンが望むものではなくとも。

「……わかった。アリシア殿下だけの騎士になろう」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

処理中です...