上 下
22 / 74

21.王女殿下の提案

しおりを挟む
 残されたのはアリシアとリアンのみ。リアンは呆然としたまま、事態を飲み込めずにいる。アリシアもまた、腹の虫が収まらなかった。彼は自分だけの騎士なのに、のこのこと他の女のもとへ会いに行った。リアンをどう罰しようが、彼はまたナタリーに会いに行くだろうという予感があった。

(どうしてリアンは、あんな女のために必死になるの?)

 地味で、平凡で、どこにでもいる女。ただ人を癒す力があるだけ。アリシアからすれば、聖女という有り難い地位に就けたのだから、多少無理をしてでも働くのは当然のことだった。ナタリーもまた、自分に仕える臣民の一人なのだから。

(それなのにどうして……)

 そこでふっと、アリシアは思いついた。リアンを、そしてあのナタリーとかいう田舎娘との仲を切り裂く方法を。それはとても王女の心を満たす名案に思えた。

「いいでしょう。リアン。あなたの要求を呑んでも構いませんよ」
「本当ですか」

 絶望していたリアンの顔がぱっと嬉しそうに輝く。それを腹の中で嘲笑し、アリシアは慈悲深い笑みを作った。

「ええ、リアン。もしあなたが、わたくしに絶対の忠義を誓ってくれるというならば、わたくしはあなたの願いを聞き入れてあげましょう」

 リアンは王女が何を言いたいのかわからず、戸惑った表情を浮かべた。鈍いわね、と思いながらも、寛大なアリシアは優しく言い換えてあげた。

「わたくしのただ一人の騎士として、そして一人の男性として、その愛を捧げて欲しいのです」

 その代わりに、と王女はいつもと変わらぬ美しい笑みで答える。

「ナタリーの身柄は必ず保証しますわ」

 これならば、とアリシアはリアンを見つめた。彼が断るはずがない。彼にとってナタリーは守るべき存在だから。父と自分に対して、図々しく願い出るほど大切な存在だから。その事実は酷く気に入らないけれど、リアンが自分だけのものになるならば、アリシアは良しとした。

(わたくしのものにさえなれば、後はどうにでもなるわ)

 だからどうか――

「王女殿下。私はあなたを見た時、なんて美しい人なのだろうと思いました」

 アリシアは当然だとばかりに思った。自分の姿に、今まで心を奪われなかった者はいない。

「ですが、あなたがこんな提案をするなんて、私は今の今まであなたを誤解していたようです」

 アリシアは、リアンが喜んで承諾すると思っていた。泣いて感謝すらしてくれると思っていた。
 
 けれど立ち上がってこちらを見るリアンの目は冷たく、軽蔑の色がはっきりと浮かんでいた。

「私が愛を捧げる人物は、ナタリー以外にはおりません」

 アリシアはかあっと頬が熱くなった。そしてすぐに自分を辱めたこの男が憎らしくなった。せっかくこちらが譲歩してやったというのに、この男は自分を辱しめた。王女である自分を。

(許せない)

「……そう。でしたら、彼女は一生この国の民を救い続けるでしょう」

 たとえナタリー自身が命を落とす羽目になっても構わない。むしろそうなってしまえ、と美しい王女は思うのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

処理中です...