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17.婚約破棄
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アリシアの進言と、ジョナスの説得により、ナタリーは聖女として国に保護されることとなった。保護、というのは簡単に言えば、監視下に置かれるということだった。その力を使うのも、すべて国王が指示し、それにナタリーは従う義務がある。
リアンは当然認めることができなかった。ナタリーの扱いにも、彼女と別れなければならないという命令にも。ずっと好きだった相手と結婚することができない。婚約も一方的に、それも国によって破棄されたのだ。
「王女殿下。なぜ私がナタリーと別れなくてはならないのですか」
リアンは部屋につくなり、口を開いた。
「一体なぜなんですか!」
いつにないリアンの強気な物言いに王女は苛立ち、無視したまま椅子へと腰を下ろす。彼女の言葉をいつもは何だかんだ聞き入れてくれるリアンがこの時ばかりは強く反対したのが許せなかった。それがナタリーのことならば、なおさらだ。
いいや、思えば彼はナタリーのこととなると、いつも自分の意思に逆らう。
「王女殿下。どうか答えて下さい」
「彼女がこの国の聖女となる存在だからです」
「聖女?」
思わずリアンは聞き返した。聖女――ジョナスが初めに告げた敬称は、いつの間にか当たり前のように使われていた。ナタリー、と呼ぶ者は、リアンやほんのわずかなものだけだ。国王や王女まで、本気でそれを信じるのか、とリアンは眉を顰めたが、アリシアはひどく真面目だった。
「はい。彼女は一生その力をこのラシア国のために捧げなければなりません。結婚して家庭を持つなど、許されない身なのです」
わからなかった。国に身を捧げる存在が、どうして愛する者と一緒になってはいけないのか。リアンは理解を拒むように首を振った。
「別に仕事を疎かにするわけではありません。彼女は決してそんな無責任な人間ではありません」
「その力が歪められたら、多くの者が犠牲になるのです」
つまり結婚してその身が穢れることで、力が消失するのではないかと考えているらしい。
「そんなの司教たちの都合のいい迷信に決まっています。王女殿下はそんな話を信じるというのですか?」
「聖女に目覚めた今は、どうなるかわかりませんもの」
馬鹿馬鹿しい。リアンは心の中で嘲笑した。そうした彼の気持ちを見抜いたのか、王女が諭すように微笑む。
「では、もしもの時、あなたはその責任を負えますか?」
「それは……」
救える命があって、それを救うことができなくなった。ナタリーがリアンと一緒になったばかりに。その責任を、自分は背負えるのか。
アリシアの指摘にリアンはすぐに答えられなかった。彼の戸惑いを王女はさらに鋭く突く。
「たとえあなたが責任を負ったところで、ナタリーを責める人がいないとも限りませんよ」
リアンはその言葉にどきりとした。自分が不利を被るのはいいが、ナタリーが苦しむのは嫌だった。
「では……では、せめて私をナタリーの護衛騎士に任じて下さい」
結婚できないのならば、彼女のすぐそばで、彼女を支えたい。
「なりません」
けれど王女は、今度ははっきりと、苛立った様子を隠そうともせずリアンの要求をはねのけた。
「なぜですか」
リアンは心底わからないという顔をしている。それにどうしようもなくアリシアには腹が立った。
(あなたはわたくしの騎士ではありませんか)
それを捨て去るような提案に、アリシアはひどく自分が侮辱されたような気がしたのだ。リアンはナタリーではなく、王女である自分の隣に立つべきであり、それを彼も望むべきなのに。アリシアはどうしてそれがわからないのかとリアンを責める気持ちでいっぱいだった。
「お願いします。王女殿下」
「なりません」
納得しきれない様子で唇を噛むリアンに、王女はそこまであの娘が大切なのかと奥歯をぎりっと鳴らせた。
「とにかく、この話はこれでお終いです。もう下がりなさい」
「殿下!」
リアンは食い下がろうとしたが、王女は聞く耳を持たなかった。
王にも、再度頼みこんだが、結果は同じであった。
こうしてリアンは無理矢理ナタリーとの婚約を解消させられ、近づくことさえ禁じられた。
(冗談じゃない!)
リアンは腹の中が煮え滾るような怒りでいっぱいだった。
リアンは当然認めることができなかった。ナタリーの扱いにも、彼女と別れなければならないという命令にも。ずっと好きだった相手と結婚することができない。婚約も一方的に、それも国によって破棄されたのだ。
「王女殿下。なぜ私がナタリーと別れなくてはならないのですか」
リアンは部屋につくなり、口を開いた。
「一体なぜなんですか!」
いつにないリアンの強気な物言いに王女は苛立ち、無視したまま椅子へと腰を下ろす。彼女の言葉をいつもは何だかんだ聞き入れてくれるリアンがこの時ばかりは強く反対したのが許せなかった。それがナタリーのことならば、なおさらだ。
いいや、思えば彼はナタリーのこととなると、いつも自分の意思に逆らう。
「王女殿下。どうか答えて下さい」
「彼女がこの国の聖女となる存在だからです」
「聖女?」
思わずリアンは聞き返した。聖女――ジョナスが初めに告げた敬称は、いつの間にか当たり前のように使われていた。ナタリー、と呼ぶ者は、リアンやほんのわずかなものだけだ。国王や王女まで、本気でそれを信じるのか、とリアンは眉を顰めたが、アリシアはひどく真面目だった。
「はい。彼女は一生その力をこのラシア国のために捧げなければなりません。結婚して家庭を持つなど、許されない身なのです」
わからなかった。国に身を捧げる存在が、どうして愛する者と一緒になってはいけないのか。リアンは理解を拒むように首を振った。
「別に仕事を疎かにするわけではありません。彼女は決してそんな無責任な人間ではありません」
「その力が歪められたら、多くの者が犠牲になるのです」
つまり結婚してその身が穢れることで、力が消失するのではないかと考えているらしい。
「そんなの司教たちの都合のいい迷信に決まっています。王女殿下はそんな話を信じるというのですか?」
「聖女に目覚めた今は、どうなるかわかりませんもの」
馬鹿馬鹿しい。リアンは心の中で嘲笑した。そうした彼の気持ちを見抜いたのか、王女が諭すように微笑む。
「では、もしもの時、あなたはその責任を負えますか?」
「それは……」
救える命があって、それを救うことができなくなった。ナタリーがリアンと一緒になったばかりに。その責任を、自分は背負えるのか。
アリシアの指摘にリアンはすぐに答えられなかった。彼の戸惑いを王女はさらに鋭く突く。
「たとえあなたが責任を負ったところで、ナタリーを責める人がいないとも限りませんよ」
リアンはその言葉にどきりとした。自分が不利を被るのはいいが、ナタリーが苦しむのは嫌だった。
「では……では、せめて私をナタリーの護衛騎士に任じて下さい」
結婚できないのならば、彼女のすぐそばで、彼女を支えたい。
「なりません」
けれど王女は、今度ははっきりと、苛立った様子を隠そうともせずリアンの要求をはねのけた。
「なぜですか」
リアンは心底わからないという顔をしている。それにどうしようもなくアリシアには腹が立った。
(あなたはわたくしの騎士ではありませんか)
それを捨て去るような提案に、アリシアはひどく自分が侮辱されたような気がしたのだ。リアンはナタリーではなく、王女である自分の隣に立つべきであり、それを彼も望むべきなのに。アリシアはどうしてそれがわからないのかとリアンを責める気持ちでいっぱいだった。
「お願いします。王女殿下」
「なりません」
納得しきれない様子で唇を噛むリアンに、王女はそこまであの娘が大切なのかと奥歯をぎりっと鳴らせた。
「とにかく、この話はこれでお終いです。もう下がりなさい」
「殿下!」
リアンは食い下がろうとしたが、王女は聞く耳を持たなかった。
王にも、再度頼みこんだが、結果は同じであった。
こうしてリアンは無理矢理ナタリーとの婚約を解消させられ、近づくことさえ禁じられた。
(冗談じゃない!)
リアンは腹の中が煮え滾るような怒りでいっぱいだった。
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