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13.予感

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「まあ、そんな粗末な場所でお生まれになったの」

 ナタリーの出生を聞くと、アリシアは憐れんだ目で彼女を見つめた。ナタリーは内心居心地の悪さを感じながらも、ええ、と微笑んだ。

 あの後リアンはジョナスに何かを言いつけられ、ナタリーをひどく気にしながらも、仕事の話なので断ることもできず、結局部屋を出て行ってしまった。

 それから一人、ナタリーはアリシアの話に付き合うこととなった。大勢の方が楽しいだろうと、途中からは数名の侍女を呼びよせ、王女は席に着かせた。見たこともない顔。みなアリシアほどではないがきれいな顔立ちで、化粧をほどこし、ナタリーに向けて微笑みかけた。

 ――はやく、ここを去りたい。

 けれどナタリーは話すたびになぜか窒息しそうな息苦しさを覚えた。

 単に会話が苦痛というだけでなく、もっと、別の意味でナタリーはこの場を立ち去りたかった。だがそんなことをすれば、アリシアの怒りを買い、リアンの立場も危うくするだろう。そう思い、テーブルの下できつく手を握りしめ、彼女は必死に耐えていた。

「可哀そうに、さぞ辛かったでしょう」
「そうですね。でも、リアンやオーウェンが居てくれましたから」

 リアン、という言葉にぴくりと王女が反応する。

「リアンは、どういう子どもでしたか」
「優しくて、困っている子を放っておけない子どもでしたわ」

 ナタリーは彼が騎士になったのも道理だと思った。彼はいつも優しかった。ナタリーだけにではない。他の子が泣いていれば駆け寄り、そのわけを聞いた。木に登って落っこちそうな子どもがいれば、自分が下敷きになって受けとめた。

「ええ、リアンはとても優しい方ですわ」

 ナタリーは顔を上げて、王女を見た。王女はそうでしょう、と赤い唇を吊り上げている。

「あなたのことも、長い間忘れず、こうして婚約までしましたもの」

 まるでリアンが憐れみから自分と婚約したように聞こえ、どう返事をすればいいか、ナタリーは一瞬言葉に詰まってしまった。

 だが、王女はナタリーの返答などどうでもよいらしい。ねえ、と周囲の人間と共に笑いをこぼした。アリシアが微笑めば、自然と周囲もそれにつられる。賑やかな笑い声の中、ナタリーはただ孤独を感じていた。

***

「そろそろ、行きましょうか」

 どれくらいの時間が経ったのか、アリシアはそう言ってナタリーを王宮内の教会へと案内した。護衛を任されている騎士と、ジョナスも付き添うこととなったが、そこにリアンは含まれていなかった。

「彼はまだ手が離せないようなので、後から来るそうです」
「そうですか……」

 そう言われてしまえば仕方がない。けれどどうか早く来てほしいとナタリーは切に願った。

「あなたは初めて訪れるでしょうから、きっと驚くと思いますわ」

 街にある教会や、故郷で毎日のように通った小さな教会とは格が違う。天まで届くかと思われるほど高く、立派な造りをした建物は、遠目から見ても圧倒的な存在を放っていた。

「祈りの前にね、歌が歌われるの」
「歌?」
「ええ。愚かな過ちを犯した人間を許してくれるよう神に頼み、人々がみな幸せになりますように、という願いを込めた歌です」

 愚かな過ち、というのは戦争をしたことを指すのだろうか。それとも、もっと別の、人間の生まれ持った欲深さのことを指すのだろうか。

 どちらにせよ、自分たちが愚かな存在であることを自覚しておきながら、人は永遠の幸せを神へと願う。いいや、本当の意味で彼らは自身が愚かであることを知らないのかもしれない。傲慢とも言える望みを、図々しくも神へ願うくらいなのだから。

「どうかなさいました?」
「いえ。少し、眩暈がして……」
「まぁ。大丈夫ですの?」

 そう言いながらも、アリシアはナタリーに休むよう勧めることはなかった。

 鐘の音が鳴り響く。アーチ形の大きな扉が開かれ、多くの人が中へと入ってゆく光景がもうすぐそこにあった。ナタリーは嫌な予感がした。それはもうずっと前からしていた。ここへ足を踏み入れてはならない。幸せになりたいなら、知らない振りをしろという声が――

「わたし、ここに居てはだめでしょうか」

 アリシアの申し出を断ろうとするナタリーに、その場にいた何人かが怪訝そうに顔を見合わせた。

「どこか具合でも悪いのですか」

 ジョナスが代表して尋ねる。その冷たい表情には、今さら駄々をこねるなという煩わしさが示されていた。

「いえ、そういうわけではないのですが……」
「ならば、せっかくですから入って下さい」

 ジョナスの言葉に今度こそナタリーはうなずくしかなかった。

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