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8. 許可
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「いけません」
今すぐにでも結婚したい。そう思ってさっそくリアンは王女殿下に許可を願い出たが、彼女はにべもなく断った。もちろん彼は納得できない。
「なぜですか」
「おまえはわたくしの騎士ではありませんか」
「仕事を疎かにするつもりは微塵もありません」
今まで通り、いやそれ以上にリアンは働くつもりだった。仕事をこなすことは働いて生活を維持していくことであり、ナタリーを養っていくことだった。これまで貧しい生活を強いられてきた彼女にはうんと楽をさせたい。国一番の贅沢をさせたいとリアンは真剣に考えていた。
「仕事を辞めるつもりもありません」
「そんなことは当たり前です」
「ではどうすれば認めていただけますか」
リアンは何でもするつもりだった。けれどそんな彼の態度になぜかアリシアはますます機嫌を悪くしていった。
「とにかく認めることはできません」
王女の頑なな態度に普段は従順なリアンも納得がいかなかった。王妃の忘れ形見である彼女は国王に溺愛され、自分のしたいことを何でも叶えられてきた。臣下もそれに振り回されながら、可愛いらしい王女に逆らうことができなかった。
アリシアが否と拒む限り、自分とナタリーとの結婚は認められないのではないか――
(一度、時間を置くか……)
いきなり言われて王女も混乱しているのだろう。そう思いリアンはいったんその話はそこで終わりにすることにした。
***
「――ずいぶんとご立腹のようですね」
ジョナスの言葉に、アリシアは当たり前だと思った。
「リアンはわたくしの騎士ですわ」
自分の知らない人間と結婚するなんて絶対に許せない。それが許されると申し出たリアンの態度も信じられなかった。
「では殿下が指名した女性ならばよいのですか?」
「それは……」
それも嫌だ、とアリシアは思った。
「ねぇ、ジョナス。わたくしが彼と一緒になることはできないの?」
「王女殿下。それは……」
そればかりは無理だとジョナスの顔には書いてあった。
「殿下にはラシア国の平和のため、他国へ嫁いでもらう可能性もありますので……」
「でも……わたくしが余所へ嫁いでしまったら、この国は誰が治めるの?」
「陛下には再婚の話が持ち上がっております」
新たな妃が子を産めば、その子がこの国の王となる。ジョナスの指摘にむっとアリシアは眉を寄せた。
「お父様はお母様のことだけを愛していらっしゃるわ。それなのに他の方と再婚だなんて……そんな酷いことするはずがありません」
何より自分が嫌だと思った。アリシアにとって王妃は亡くなった母一人だけ。空いた席を他の女が埋めるのは母への侮辱だった。
「お父様もきっとそのつもりよ」
今までも新たな王妃を、という話は何度か持ち上がっていたのだが、その度にアリシアが駄々をこねて拒否し、父もそれを受け入れてきた。
「ならば国王陛下の弟君が後継者となりますね」
「でも……叔父様はお父様とさほど変わらぬ年齢よ」
「でしたらその方の子どもが王となるでしょう」
アリシアが心配することは何もないとジョナスは言った。
「とにかく王女殿下とリアン殿が一緒になれる可能性はたいへん低いでしょう」
「……そんなの、わからないわ」
無理だ、駄目だと言われるとよけいに欲しくなるのがアリシアの性質だ。ジョナスもそれを理解しているのだろう。はぁと困ったようにため息をついた。
「ではひとまず、婚約期間を設けてはいかがでしょうか」
「婚約期間?」
「はい。すぐに結婚を許可するのではなく、しばらく……一年ほど婚約者の関係であるよう二人に約束させるのです」
「でも……結局は結婚するのでしょう?」
同じじゃないの、と拗ねるアリシアに、王女殿下、とジョナスが微笑んだ。
「年頃の男女、特に男性というのは移ろいやすいものです。リアン殿も今は長年の初恋を拗らせすぎて冷静さを欠いているのでしょう。一年間一緒に過ごせば、本当にお慕いしているのが誰か、自ずと目が覚めるはずです」
本当だろうか、とアリシアは思った。でもジョナスはいつも頼りになる。リアンを護衛騎士にしたいとアリシアが無理を言った時も、父である陛下に口添えしてくれた。だから今回も……
「その相手の女性は綺麗な方?」
「顔はよく知りませんが、田舎生まれの娘ですので、きっと野暮ったい、地味な子でしょう」
王女殿下と違って。
ジョナスの言葉は、いつもアリシアの不安を払拭してくれる。
「わかったわ。とりあえず、その子を王都へ呼んでみましょう」
平凡で何の取り柄もない少女を思い描き、アリシアは笑みを深めた。
今すぐにでも結婚したい。そう思ってさっそくリアンは王女殿下に許可を願い出たが、彼女はにべもなく断った。もちろん彼は納得できない。
「なぜですか」
「おまえはわたくしの騎士ではありませんか」
「仕事を疎かにするつもりは微塵もありません」
今まで通り、いやそれ以上にリアンは働くつもりだった。仕事をこなすことは働いて生活を維持していくことであり、ナタリーを養っていくことだった。これまで貧しい生活を強いられてきた彼女にはうんと楽をさせたい。国一番の贅沢をさせたいとリアンは真剣に考えていた。
「仕事を辞めるつもりもありません」
「そんなことは当たり前です」
「ではどうすれば認めていただけますか」
リアンは何でもするつもりだった。けれどそんな彼の態度になぜかアリシアはますます機嫌を悪くしていった。
「とにかく認めることはできません」
王女の頑なな態度に普段は従順なリアンも納得がいかなかった。王妃の忘れ形見である彼女は国王に溺愛され、自分のしたいことを何でも叶えられてきた。臣下もそれに振り回されながら、可愛いらしい王女に逆らうことができなかった。
アリシアが否と拒む限り、自分とナタリーとの結婚は認められないのではないか――
(一度、時間を置くか……)
いきなり言われて王女も混乱しているのだろう。そう思いリアンはいったんその話はそこで終わりにすることにした。
***
「――ずいぶんとご立腹のようですね」
ジョナスの言葉に、アリシアは当たり前だと思った。
「リアンはわたくしの騎士ですわ」
自分の知らない人間と結婚するなんて絶対に許せない。それが許されると申し出たリアンの態度も信じられなかった。
「では殿下が指名した女性ならばよいのですか?」
「それは……」
それも嫌だ、とアリシアは思った。
「ねぇ、ジョナス。わたくしが彼と一緒になることはできないの?」
「王女殿下。それは……」
そればかりは無理だとジョナスの顔には書いてあった。
「殿下にはラシア国の平和のため、他国へ嫁いでもらう可能性もありますので……」
「でも……わたくしが余所へ嫁いでしまったら、この国は誰が治めるの?」
「陛下には再婚の話が持ち上がっております」
新たな妃が子を産めば、その子がこの国の王となる。ジョナスの指摘にむっとアリシアは眉を寄せた。
「お父様はお母様のことだけを愛していらっしゃるわ。それなのに他の方と再婚だなんて……そんな酷いことするはずがありません」
何より自分が嫌だと思った。アリシアにとって王妃は亡くなった母一人だけ。空いた席を他の女が埋めるのは母への侮辱だった。
「お父様もきっとそのつもりよ」
今までも新たな王妃を、という話は何度か持ち上がっていたのだが、その度にアリシアが駄々をこねて拒否し、父もそれを受け入れてきた。
「ならば国王陛下の弟君が後継者となりますね」
「でも……叔父様はお父様とさほど変わらぬ年齢よ」
「でしたらその方の子どもが王となるでしょう」
アリシアが心配することは何もないとジョナスは言った。
「とにかく王女殿下とリアン殿が一緒になれる可能性はたいへん低いでしょう」
「……そんなの、わからないわ」
無理だ、駄目だと言われるとよけいに欲しくなるのがアリシアの性質だ。ジョナスもそれを理解しているのだろう。はぁと困ったようにため息をついた。
「ではひとまず、婚約期間を設けてはいかがでしょうか」
「婚約期間?」
「はい。すぐに結婚を許可するのではなく、しばらく……一年ほど婚約者の関係であるよう二人に約束させるのです」
「でも……結局は結婚するのでしょう?」
同じじゃないの、と拗ねるアリシアに、王女殿下、とジョナスが微笑んだ。
「年頃の男女、特に男性というのは移ろいやすいものです。リアン殿も今は長年の初恋を拗らせすぎて冷静さを欠いているのでしょう。一年間一緒に過ごせば、本当にお慕いしているのが誰か、自ずと目が覚めるはずです」
本当だろうか、とアリシアは思った。でもジョナスはいつも頼りになる。リアンを護衛騎士にしたいとアリシアが無理を言った時も、父である陛下に口添えしてくれた。だから今回も……
「その相手の女性は綺麗な方?」
「顔はよく知りませんが、田舎生まれの娘ですので、きっと野暮ったい、地味な子でしょう」
王女殿下と違って。
ジョナスの言葉は、いつもアリシアの不安を払拭してくれる。
「わかったわ。とりあえず、その子を王都へ呼んでみましょう」
平凡で何の取り柄もない少女を思い描き、アリシアは笑みを深めた。
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