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3. 騎士
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リアンの父親は王都で働く騎士だった。怪我をした際に除隊し、今は田舎でのんびりとした生活を送っている。彼は息子であるリアンに、立派な騎士になれと口癖のように言い、物心つくとときから彼に騎士としての心構えや教えを説いている。
そんな父親の熱意に対し、息子のリアンはむしろ自分よりもオーウェンの方が相応しいのではないかと最近は思っている。
オーウェンの単純明快で、人懐っこい性格はリアンの父親にも気に入られた。常に金に困っている孤児の彼を不憫に思って下働きとして雇うようになり、まるで本当の息子のように可愛がった。
自分の若かりし頃の栄光を長々と語るリアンの父親にも、オーウェンは嫌がることなく、むしろ目を輝かせ、もっと話してくれと強請るのだ。これにリアンの父親はますます気をよくし、息子のリアンと同じように、あるいはそれ以上に剣の稽古や読み書きをオーウェンに教えた。
「俺、旦那様のような騎士になりたい」
臆面もなく自分の夢を語るオーウェンの姿が、リアンにはただ眩しく映った。彼は親友ほど騎士に憧れは抱いていない。このままオーウェンが自分の代わりに父の願いを果たしてくれないだろうかと密かに思ったほどだ。そしてそれは半分叶うこととなった。
「え、本当ですか? 俺も騎士の試験を受けることができるんですか?」
「ああ、リアンと一緒にな」
熱心に稽古に励むオーウェンに秘めたる才能を見出したのか、それとも情がわいたのか、リアンの父親はかつての上司である騎士団長にオーウェンの試験許可を申し出たそうだ。確かな実績を残した父の言葉ならば、と上も認めたらしい。
代々騎士の家系でも、貴族でもない平民が騎士になるには王都で行われる選抜試験に合格しなければならない。それに突破すると、訓練を受け、先輩騎士の小姓として数年の修業を積み、戦に出ることでようやく、一人前の騎士として認められる流れだ。
もちろんその中で脱落して故郷へ帰っていく者も、実戦で命を落とす者もいた。決して簡単になれるわけではない。厳しい道のりだ。
「リアンもオーウェンに負けぬ結果を出すように」
けれどそれを乗り越えろというようにリアンの父は言った。
「……はい、父上」
それから選抜試験のため、毎日剣の稽古、教養、礼儀作法について叩き込まれることとなった。オーウェンは剣の稽古に関しては実に熱心に取り組み、腕も悪くなったが、勉学の方になるとだいぶ遅れをとっていた。リアンの父親は専属の家庭教師を雇い、空いた時間で自ら教えるなどして対策を講じた。
どちらも満遍なくこなしていたリアンは気軽にオーウェンに声をかけることができず、何より彼と自分の父親の空気に耐えきれず、逃げるようにして家から離れることが多くなった。
(これじゃあ、どっちが親子かわからないな)
よくやったとオーウェンを褒める父の満面の笑顔を思い出す。今まで自分はあそこまで父に褒められたことがあっただろうか。できて当然、という態度が常に息子の自分にはあった気がする。
(父上も、オーウェンも、なんであんなにも騎士に憧れるんだろうな……)
リアンが憂鬱な気持ちを持て余していると、見知った姿を見つけた。いつの間にか彼の足は孤児院へと出向いており、一人の少女の姿を探し出していた。
「ナタリー」
リアンの声を聞くと、ナタリーがぱっと顔を上げた。子猫が反応したみたいで可愛かった。リアンは目を細め、今までの鬱屈とした気分が少しだけ和らぐ気がした。彼女は読んでいた本を閉じると、さっとリアンに近寄ってくる。
「リアン。こんにちは」
「……うん。こんにちは」
リアンが話かけてもナタリーは以前のように目を逸らすことはなくなった。それがひどく彼には嬉しかった。ただ真っ直ぐとこちらを見つめてくるナタリーの目に多少くすぐったくもあり、リアンはふいと顔を逸らした。
「何をしていたんだ?」
「洗濯が終わったから、本を読んでいたの」
ナタリーは暇を見つけては教会の人間に読み書きを教えてもらい、熱心に本を読んでいた。読んだら他の子どもたちにも聞かせてあげるのだと語っている彼女は、小さな子どもたちからは母親代わりのように慕われていた。
「リアンは?」
「俺は……サボりだ」
ナタリーは目を丸くした。そしてすぐに心配した様子でリアンの顔を覗き込む。
「騎士になるための稽古、辛いの?」
リアンが理由もなくサボるなど、ナタリーには考えられないようだった。彼はいつだって真面目で、真剣だ。だからきっと何か事情があるのだろうとナタリーは思ったのだ。
彼女の心配する眼差しに、ついリアンは本音を吐いてしまう。
「オーウェンは絶対騎士になりたいって言ってるけど、俺は別になりたくない」
「そうなの?」
「ああ」
オーウェンには今まで言ったことがない。言えなかった。彼は騎士という職業に憧れを抱いているし、共感されないだろうと思ったから。自分も騎士になって欲しいと期待する両親にも、すでに将来を見据えている他の友達にも。
でも、ナタリーにはなんとなく聞いてほしいと思った。初めて誰かに話す内容だった。
「俺の父上が騎士で、城に仕えていたんだ。それがたいそう自慢らしくてな、俺にも絶対騎士になれって、小さい頃から剣の稽古や戦での心構えを叩きつけられたんだ」
母の話によると、物心つく前からリアンは剣を握らされていたそうだ。
(そりゃ、嫌でも上手くなるはずだ)
泣いてやりたくないと訴えても、決して許してくれなかった苦い記憶が断片的に蘇る。あんなに辛い思いをしてまで騎士になる必要があるのか。リアンには今もわからなかった。
「俺は父上が叶えられなかった夢を、代わりに息子に押しつけているだけだと思った。俺を通して自分の欲求を満たしているだけなんだ」
それに、とリアンは向こうから聞こえてくる子どもたちの声に耳を傾けた。
彼らの衣服はつぎはぎだらけで、どの子もみんな痩せている。食べ盛りなのに、圧倒的に足りていない食事。お金が足りなくて、ナタリーや上の子たちは縫物をして稼いでいる状況だ。
――いいか、リアン。騎士は弱い者を守る、強くて優しい存在なんだ。
弱い者を守る。それならばこの孤児院の子どもたちのことも守っているというのか。
悪い人間から引き離したというなら、それは確かに身の安全を確保したと言えるかもしれない。でも、その後は? 環境が変わっただけで、彼らが貧しいというのは依然として同じままだ。それで本当に救えたと言えるのだろうか。一人一人が幸せになったと言えるのだろうか。
オーウェンは騎士を崇高な存在だと捉えているようだが、暴力で他者を屈服させるという点では、どちらもたいした違いはないようにリアンには思えた。
(暴力ではなく、もっと崇高な理想や考えで人を救いたい)
だがそれが許されることはないだろうな、とリアンは父の顔を思い出しながらため息をついた。そして隣に座り込むナタリーが黙り込んでいることに気づき、リアンはやってしまったと後悔した。つらつらと自分の弱音を吐いたことで、ナタリーが呆れたのだ。
「あのな、ナタリー、今のは……」
「自分がやりたくない役目を押しつけられるのって辛いよね」
ナタリーは神妙な顔つきで言った。どこか感情のこもった響きにリアンは不思議と反発心は起こらなかった。
「ナタリーはそういう時どうする?」
ナタリーはまたじっと考え込むように目を伏せた。
「わたしは……大切な人のためだって思うようにしている。誰かのため、じゃなくて、この人ためだって明確に思うと、結局自分の幸せにも繋がるし、我慢できる気がするの」
「なるほど」
リアンはそういうふうにやり過ごすこともできるのかと新たな発見をした気持ちになった。
リアンはナタリーをじっと見つめ、よしと頷いた。
「ありがとな、ナタリー。おかげで少し楽になった」
「ううん。わたしは何もできていないよ」
そんなことないよ、とリアンは笑った。
そんな父親の熱意に対し、息子のリアンはむしろ自分よりもオーウェンの方が相応しいのではないかと最近は思っている。
オーウェンの単純明快で、人懐っこい性格はリアンの父親にも気に入られた。常に金に困っている孤児の彼を不憫に思って下働きとして雇うようになり、まるで本当の息子のように可愛がった。
自分の若かりし頃の栄光を長々と語るリアンの父親にも、オーウェンは嫌がることなく、むしろ目を輝かせ、もっと話してくれと強請るのだ。これにリアンの父親はますます気をよくし、息子のリアンと同じように、あるいはそれ以上に剣の稽古や読み書きをオーウェンに教えた。
「俺、旦那様のような騎士になりたい」
臆面もなく自分の夢を語るオーウェンの姿が、リアンにはただ眩しく映った。彼は親友ほど騎士に憧れは抱いていない。このままオーウェンが自分の代わりに父の願いを果たしてくれないだろうかと密かに思ったほどだ。そしてそれは半分叶うこととなった。
「え、本当ですか? 俺も騎士の試験を受けることができるんですか?」
「ああ、リアンと一緒にな」
熱心に稽古に励むオーウェンに秘めたる才能を見出したのか、それとも情がわいたのか、リアンの父親はかつての上司である騎士団長にオーウェンの試験許可を申し出たそうだ。確かな実績を残した父の言葉ならば、と上も認めたらしい。
代々騎士の家系でも、貴族でもない平民が騎士になるには王都で行われる選抜試験に合格しなければならない。それに突破すると、訓練を受け、先輩騎士の小姓として数年の修業を積み、戦に出ることでようやく、一人前の騎士として認められる流れだ。
もちろんその中で脱落して故郷へ帰っていく者も、実戦で命を落とす者もいた。決して簡単になれるわけではない。厳しい道のりだ。
「リアンもオーウェンに負けぬ結果を出すように」
けれどそれを乗り越えろというようにリアンの父は言った。
「……はい、父上」
それから選抜試験のため、毎日剣の稽古、教養、礼儀作法について叩き込まれることとなった。オーウェンは剣の稽古に関しては実に熱心に取り組み、腕も悪くなったが、勉学の方になるとだいぶ遅れをとっていた。リアンの父親は専属の家庭教師を雇い、空いた時間で自ら教えるなどして対策を講じた。
どちらも満遍なくこなしていたリアンは気軽にオーウェンに声をかけることができず、何より彼と自分の父親の空気に耐えきれず、逃げるようにして家から離れることが多くなった。
(これじゃあ、どっちが親子かわからないな)
よくやったとオーウェンを褒める父の満面の笑顔を思い出す。今まで自分はあそこまで父に褒められたことがあっただろうか。できて当然、という態度が常に息子の自分にはあった気がする。
(父上も、オーウェンも、なんであんなにも騎士に憧れるんだろうな……)
リアンが憂鬱な気持ちを持て余していると、見知った姿を見つけた。いつの間にか彼の足は孤児院へと出向いており、一人の少女の姿を探し出していた。
「ナタリー」
リアンの声を聞くと、ナタリーがぱっと顔を上げた。子猫が反応したみたいで可愛かった。リアンは目を細め、今までの鬱屈とした気分が少しだけ和らぐ気がした。彼女は読んでいた本を閉じると、さっとリアンに近寄ってくる。
「リアン。こんにちは」
「……うん。こんにちは」
リアンが話かけてもナタリーは以前のように目を逸らすことはなくなった。それがひどく彼には嬉しかった。ただ真っ直ぐとこちらを見つめてくるナタリーの目に多少くすぐったくもあり、リアンはふいと顔を逸らした。
「何をしていたんだ?」
「洗濯が終わったから、本を読んでいたの」
ナタリーは暇を見つけては教会の人間に読み書きを教えてもらい、熱心に本を読んでいた。読んだら他の子どもたちにも聞かせてあげるのだと語っている彼女は、小さな子どもたちからは母親代わりのように慕われていた。
「リアンは?」
「俺は……サボりだ」
ナタリーは目を丸くした。そしてすぐに心配した様子でリアンの顔を覗き込む。
「騎士になるための稽古、辛いの?」
リアンが理由もなくサボるなど、ナタリーには考えられないようだった。彼はいつだって真面目で、真剣だ。だからきっと何か事情があるのだろうとナタリーは思ったのだ。
彼女の心配する眼差しに、ついリアンは本音を吐いてしまう。
「オーウェンは絶対騎士になりたいって言ってるけど、俺は別になりたくない」
「そうなの?」
「ああ」
オーウェンには今まで言ったことがない。言えなかった。彼は騎士という職業に憧れを抱いているし、共感されないだろうと思ったから。自分も騎士になって欲しいと期待する両親にも、すでに将来を見据えている他の友達にも。
でも、ナタリーにはなんとなく聞いてほしいと思った。初めて誰かに話す内容だった。
「俺の父上が騎士で、城に仕えていたんだ。それがたいそう自慢らしくてな、俺にも絶対騎士になれって、小さい頃から剣の稽古や戦での心構えを叩きつけられたんだ」
母の話によると、物心つく前からリアンは剣を握らされていたそうだ。
(そりゃ、嫌でも上手くなるはずだ)
泣いてやりたくないと訴えても、決して許してくれなかった苦い記憶が断片的に蘇る。あんなに辛い思いをしてまで騎士になる必要があるのか。リアンには今もわからなかった。
「俺は父上が叶えられなかった夢を、代わりに息子に押しつけているだけだと思った。俺を通して自分の欲求を満たしているだけなんだ」
それに、とリアンは向こうから聞こえてくる子どもたちの声に耳を傾けた。
彼らの衣服はつぎはぎだらけで、どの子もみんな痩せている。食べ盛りなのに、圧倒的に足りていない食事。お金が足りなくて、ナタリーや上の子たちは縫物をして稼いでいる状況だ。
――いいか、リアン。騎士は弱い者を守る、強くて優しい存在なんだ。
弱い者を守る。それならばこの孤児院の子どもたちのことも守っているというのか。
悪い人間から引き離したというなら、それは確かに身の安全を確保したと言えるかもしれない。でも、その後は? 環境が変わっただけで、彼らが貧しいというのは依然として同じままだ。それで本当に救えたと言えるのだろうか。一人一人が幸せになったと言えるのだろうか。
オーウェンは騎士を崇高な存在だと捉えているようだが、暴力で他者を屈服させるという点では、どちらもたいした違いはないようにリアンには思えた。
(暴力ではなく、もっと崇高な理想や考えで人を救いたい)
だがそれが許されることはないだろうな、とリアンは父の顔を思い出しながらため息をついた。そして隣に座り込むナタリーが黙り込んでいることに気づき、リアンはやってしまったと後悔した。つらつらと自分の弱音を吐いたことで、ナタリーが呆れたのだ。
「あのな、ナタリー、今のは……」
「自分がやりたくない役目を押しつけられるのって辛いよね」
ナタリーは神妙な顔つきで言った。どこか感情のこもった響きにリアンは不思議と反発心は起こらなかった。
「ナタリーはそういう時どうする?」
ナタリーはまたじっと考え込むように目を伏せた。
「わたしは……大切な人のためだって思うようにしている。誰かのため、じゃなくて、この人ためだって明確に思うと、結局自分の幸せにも繋がるし、我慢できる気がするの」
「なるほど」
リアンはそういうふうにやり過ごすこともできるのかと新たな発見をした気持ちになった。
リアンはナタリーをじっと見つめ、よしと頷いた。
「ありがとな、ナタリー。おかげで少し楽になった」
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