旦那様はとても一途です。

りつ

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フランツの思い出2

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 それからなんだかんだで十年以上の付き合い。クラウディアと一緒にいるのは本当に楽しかった。日に日に美しく成長していく彼女にますます心を奪われ、僕の予感は間違っていなかったというわけだ。

「フランツ! 聞いてちょうだい。おばあさまに女性も男性と同じように学問を究めるべきだと言ったら、怒られたの!」

 クラウディアとはいろんな話をした。僕は自分には持ちえない斬新な考え方をする彼女が珍しく、いつも熱心に耳を傾けていた。彼女の声や顔が好きで、ずっと見ていて飽きないという理由もあったけどね。

「殿方が優秀なのはわかるわ。でも、女性には女性にしかわからない物の見方や価値観で未来を切り開く可能性もあると思うの。その芽を摘み取ってしまうのは、あまりにも愚策だわ」

 男勝りの彼女は先進的な考えの持ち主で、一種合理的とも言える冷淡さもあった。けれど根っこは困っている人を放っておけない優しい女性だ。

 癖のない黒髪を後ろでまとめ、白いうなじを見せた彼女は他の女の子たちよりも大人びて見えた。僕が密かに気に入っている吸い込まれそうな大きな瞳も普段は知的な色合いなのに、たまに子どものように悪戯っぽく輝く。

 クラウディアは間違いなく魅力的な女性だ。彼女と結婚できたらいいなと思っていた。いや、きっとするんだろうなって根拠もない自信があった。

「――私、今度結婚するかもしれないの」
「えっ、本当?」

 本当よ、と彼女は少し憂鬱そうな表情で言った。結婚そのものが嫌なのではなく、結婚相手に不満があるらしい。

「どうも面倒なことになりそうなの」

 結婚すると聞かされた時も、どこか余裕があった。だって彼女の結婚相手は運命の恋人とやらがいる男。いくらクラウディアが辛抱強いからといって、そんな相手と上手くいきっこない。

 とは言っても彼女はとても合理的な人間だ。結婚したくないと思っても、そんな感情は理由として認められないと自ら割り切って結婚するだろう。だから下手に説得するより、様子を見た方がいい。

 どうしても上手くいかなくて、彼女が弱っている時、手を差し伸べてやればいい。どんな彼女でも、僕は受け入れる。それは他の誰かではなく、自分にしかできないこと。

 そんなふうにその時は思っていた。

「――ま。残念ながらそうはいかなかったんだけどね」

 本当。人生って思ったようにいかない。だからこそ楽しいんだけどね。

「今思えば、もっと本気で止めておけばよかったと後悔しているよ」

 わざとらしくため息をつけば、目の前の男はしかめっ面をさらに渋くさせた。

「なんだその言い方は。まるで私がクラウディアに値しない男のような言い草ではないか」
「ほんっと、まさか! よりにもよって! あなたのような男に大切なクラウディアを奪われるなんて!」
「無視するな!」

 アルベルトがそう言って立ち上がった。やれやれと僕はこれまた大げさに肩を竦めた。

「嫌だなあ。あなたはそうやってすぐ怒る。女性の短気はまだ可愛らしさがあるけど、男の短気は見苦しいだけだよ。直したまえ」
「くっ……きみが相変わらず私を彼女の夫として相応しくない言い方をするからだろう!」
「だってそうだろう?」

 絶対に上手くいくはずがない。そう思っていた彼らの夫婦関係は、誠不思議なことに続いている。リーゼロッテ嬢一筋だったアルベルトは、いまやクラウディアを溺愛してならない愛妻家となってしまった。変わりすぎて気持ち悪いくらいだ。

「あーあ。本当、クラウディアってばお人好しだよ。あなたみたいな人を受け入れてさ」

 何だかんだ言いながらアルベルトのこと好きになってさ。

「彼女なら他にいくらでもいい相手がいるのに……放っておけなくて母性本能でもくすぐられたのかな……」
「おい」

 そろそろ我慢ならないとアルベルトが立ち上がろうとした時、ガチャリと応接室の扉が開いた。入ってきた人物の顔を見て、僕は口元に笑みを浮かべた。

「やあ、クラウディア」

 クラウディアは僕と、立ち上がろうとしている自分の夫を見て呆れた表情をした。

「なあに。また喧嘩でもなさっているのですか?」
「アルベルトが僕ときみとの出会いを聞きたいというから話していただけだよ」
「私との?」

 アルベルトの隣に腰掛けながらクラウディアは目を丸くした。

「そ。きみと僕があまりにも仲睦まじいから、ぜひともその理由を知りたいんだってさ。嫉妬深いご主人だね」

 本当なの? というクラウディアの視線にアルベルトは慌てたように弁解を始める。

「ち、違う。私はただあなたがこの男に対しては普段見せない砕けた態度で話しているから気になって……」
「根掘り葉掘り詮索したってことさ」
「まぁ」
「おい!」

 彼のそういう姿を見るのは非常に面白い。クラウディアもこういうところに惹かれたのかな?

「だ、だいたいきみがいつまでたっても私とクラウディアの仲を認めようとしないからだろう!」

 矛先を変えようとするアルベルトに、僕はいつかのクラウディアのように清々しい笑みで答えてやった。

「当たり前じゃないか。クラウディアは僕の大切な親友だからね」
「またそれか! そう言えば何でも許されると思うなよ!」
「まあまあ、アルベルト。フランツが私との出会いをどう語ったのかは存じませんが、彼だってけっこう私に情けない所を見せましたのよ」

 あ、それを言われると辛い。たしかに彼女の言う通り、社交界であれこれと問題に引きずり込まれた時、クラウディアには幾度となく助けてもらった。

「もうクラウディア。それは内緒にしておいてよ」
「ふふ。まあ、誰にでも弱みはあるということです。フランツもあまりアルベルトに意地悪しないで下さいね」

 僕とクラウディアにしかわからない話をしているのが面白くなかったのか、むっすりと黙り込んでいたアルベルトに彼女が微笑みかけた。そうするだけで花が咲いたように顔を輝かせるのだから実に単純なもんだ。あーあ。本当に気に入らない。

 まあ、でも……

 照れるアルベルトを優しく見つめるクラウディア。

 彼女が幸せならいいか、と思うあたり僕も甘いなあと思う。彼女にそんな表情をさせた男のことは気に食わないけれど、今のところ想いは本物みたいだし、まあ認めてあげなくないこともない。

「それに、クラウディアに振り回されるあなたを見るのも、面白いしね」

 僕の言葉に眉尻を上げるアルベルト。ほら来たと笑う僕に、呆れるクラウディア。幸せで愉快な人生はまだまだ始まったばかり。これからどんなことが起こるのか、僕は楽しみで仕方がなかった。

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