旦那様はとても一途です。

りつ

文字の大きさ
上 下
1 / 11

第1話

しおりを挟む

「リーゼロッテ、あなたは今日も花のように綺麗だ」
「まあ、ありがとう。アルベルト」

 私はアルベルトと彼の恋人であるリーゼロッテ嬢が仲良く連れ添って歩く様を見かけてうんざりした。どうしてこうも恋愛に精を出すことができるのか、まこと不思議でたまらなかった。

 アルベルトとリーゼロッテ嬢はお似合いの婚約者として、社交界の間では有名だった。だが、若者たちには何の問題がないからといっても、はい結婚というわけにはいかないのが貴族社会の常識というものである。

 彼らの両親は、お互いの爵位や跡継ぎや思想の違いやら、その他色々な違いによって、二人があまりお似合いだとは認めたくなかった。

 まあ、早い話が、そういう諸々の不幸な事情が重なり、このお似合いだと祝福された恋人たちは引き裂かれ、別々の婚約者を宛がわれることとなった。そのアルベルトの相手を引き受けることとなったのが、私、クラウディアだったということだ。

 これは大変なことになるぞ、と私が実感したのはアルベルトと初めて会った日。とりあえず顔合わせをすることになった時だった。

「初めまして。今日は、どうも……」
「私は、リーゼロッテを愛している」

 挨拶を最後まで言わせてもらえず、途中で私の言葉は遮られてしまった。微笑みを浮かべていた顔がひくりと引きつる。

 この人はまともに挨拶すらできないのだろうか。それほどまでに彼の頭の中は愛しのリーゼロッテ嬢のことでいっぱいなのだろうか。だとしたら、まことにおめでたい人である。

「まず、挨拶をきちんとさせて下さい。話はそれからです」

 ぴしゃりと言った私の言葉に、ようやく自分の態度が失礼だったかと、アルベルトは我に返ったように謝った。

 アッシュブラウンの髪がさらりとゆれ、吸い込まれそうな黒い目が伏せられる。切れ長の目に、凛々しい顔立ち、しっかりと鍛えられた身体つきは、さぞや世の女性たちを虜にしたのだろうと納得させるものがあった。

 だがいくら見目が良くても、中身が伴っていなければ何の意味もない。

「すまない。切羽詰まっていて、藪から棒に失礼なことを申し上げてしまった」
「わかって下さったなら、構いませんわ」

 非礼を詫びるだけの常識は持ち合わせているようで、私はそこだけは安心した。気にしないでくれと言ったが、彼の顔はまだ固いままだ。

 あくまでも見合いの場だというのに、部屋の空気はお葬式のように重苦しく感じた。

「クラウディア嬢。きみに言わなければならないことがある」

 アルベルトが悲痛な表情で、私を見た。

「私が生涯愛を捧げると決めた女性はたった一人だけだ。あなたにはすまないと思うが、この婚約は私の望むことではないし、結婚も考えていない」

「だから婚約を破棄するように、あなたと私の両親を説得して欲しいと?」

 にこやかにそう言ってやると、アルベルトは少しむっとした。そんなことを女性に頼むなんて彼のプライドが許さないのかもしれない。王子様はあくまでも自分一人の力でお姫様へプロポーズしたように見せかけたいのだから。

「いいや、そんなことは頼んでいない」

 予想通りの反応に、私はなんだか面白くなってきた。この真面目な青年を揶揄ってやりたいという誘惑に駆られる。

「でも、そうでしょう。あなたは私と結婚する気なんて本当はこれっぽっちもないのに、私の家をわざわざ訪ね、こうして聞きたいとも思わないご自身の心情を私に吐露した。それは結婚の見込みがないと、私に婚約の意志を挫けさせるため。こんな男とは結婚はごめんだと私が泣き喚けば、可哀そうに思った私の両親は、婚約破棄をあなたのご両親に申し出る。そうすればあなたは、リーゼロッテ嬢を堂々と口説くことができる」

 違いまして? と私が微笑んで見つめると、彼は少し動揺したように身を引いた。

 そんな態度をとっては、相手にはいそうですと言っているようなものなのに。黙り込んでしまったアルベルトに、私はなんだか急につまらなく感じた。やはりさっさと帰ってもらうことにしよう。

「あなたの望みを叶えてやりたいところですが、あいにく私の父は娘の涙で揺れ動かされるような甘い男ではありません。私もまた、あなたとの婚約を嫌だからと駄々をこねる性分でもありません。なんとかなさりたいなら、あなた自身の力で頑張りなさい」

「あなたは、それでいいのか」

 望まぬ男と一緒になっても、お前は幸せなのかと彼は言いたいようだ。お優しいこと。

「世の女性は、結婚に夢見るような可愛い女性ばかりではありませんもの」
「私の知っている女性は、そのような方ばかりだが」

 それはそうでしょうねと私は笑った。彼は私の態度に今度こそ腹を立てたようだ。急に立ち上がると、もう帰ると告げた。

「今度あなたが訪れる時は、婚約を破棄する話であることを願っておりますわ」

 私の優しい別れの言葉は、彼のきつい眼差しで返されてしまった。バタンと扉が閉まり、私はやれやれと思った。

 結婚は、親が決めるようなもので、まあ仕方ないかと思いつつ、さすがのこれには私も気が重くなった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

元カノが復縁したそうにこちらを見ているので、彼の幸せのために身を引こうとしたら意外と溺愛されていました

おりの まるる
恋愛
カーネリアは、大好きな魔法師団の副師団長であるリオンへ告白すること2回、元カノが忘れられないと振られること2回、玉砕覚悟で3回目の告白をした。 3回目の告白の返事は「友達としてなら付き合ってもいい」と言われ3年の月日を過ごした。 もう付き合うとかできないかもと諦めかけた時、ついに付き合うことがてきるように。 喜んだのもつかの間、初めてのデートで、彼を以前捨てた恋人アイオラが再びリオンの前に訪れて……。 大好きな彼の幸せを願って、身を引こうとするのだが。

元婚約者が愛おしい

碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

処理中です...