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告白
しおりを挟む聞きそびれてしまった。彼を狙っている人。たぶん、彼の知り合いだろう。わたしと違って彼は何かと頼られ、人を指示する側にいる。その過程できっと彼を狙う女性が現れた。だから彼に直接尋ねれば、もしかしたら心当たりの一人や二人、出てくるかもしれない。
でも何と言って切り出せばいいんだろうか。あなたはわたしの婚約者なんだから余所見しないでよ、とか? すごく傲慢で、彼を信用していない感じがして嫌な感じである。
「あの、すみません」
ある国の歴史についてまとめてきなさいというレポートを片付けるため図書室で本を読んでいたわたしは(実際はちっとも頭に入ってきていなかったのだが)囁くような少女の声に顔を上げた。
「ヴァイオレット・ハーシェルさんですか?」
ぱっちりした二重の目がわたしを真っすぐと見つめていた。
――ああ、この子だ。
わたしは直感した。女の勘というべきなのか、同性から見ても十分目を惹く容姿だからなのか、とにかくわたしは目の前にいる彼女がヒューバートを狙っている張本人なのだと悟った。
「ええ。そうです」
「ああ、やっぱり。ヒューバート様の婚約者ですよね?」
ヒューバート。名前で呼び合うほど彼女と彼は親しい仲なのか。わたしはひりつくような胸の痛みを感じた。
「私、リーナ・エヴァンスと申しますわ。ヒューバート様とは同じクラスで、調べものでグループが一緒になった時、親切にしてもらって……」
初対面なのに彼女は饒舌に話した。いかに自分がヒューバートによくしてもらったか、どんなに嬉しかったか、わたしという聞き手の反応はどうでもよく、ただ彼と関わったという事実を伝えたいように聞こえてきた。
「その時にヒューバート様が――」
「それで、あなたはわたしに何の御用なのでしょうか」
淑女なら絶対にやってはいけないやり方でわたしは彼女の話を遮った。大きな緑の瞳がゆっくりと瞬きをする。
「用は……特にありませんわ。ただ、ヒューバート様の婚約者がいらっしゃると思って……挨拶をしただけです」
「そうですか。それはご丁寧にどうも」
冷たい言い方だな、と我ながら思う。相手にもそれが伝わったようだ。柳眉をわずかにひそめた。
「あの……私、何か不快になることを言いましたか?」
「いいえ」
彼女はただヒューバートのことを話しただけだ。それをわたしがただ聞きたくなかっただけ。
「知らない人の口から婚約者のことを聞きたくなかっただけなんです」
わたしの物言いに今度こそ彼女は頬を引き攣らせた。これで完全にわたしたちの関係は修復不可能となったことだろう。だけど別にいいかとわたしは帰り支度を始めた。
「……他の方がおっしゃる通りだわ」
立ち去るかと思いきや、彼女はまだその場にとどまった。そして怖いくらいの無表情で周囲がわたしをどう評価しているのか暴露し始めたのだった。
「付き合いが悪い。話しかけても楽しくない。末っ子で、甘やかされて、傲慢。たいして美人でもない。そんな人がヒューバートの婚約者だなんて、おかしいって、みんな言っているわ」
明日も図書室に行かなければならない。とても面倒だ。課題の締め切りはいつまでだと言っていただろうか。
「あなたにヒューバートはもったいないです」
「そう」
それで? とわたしが見上げると、彼女はどうしてそんなことを言うのかと信じられない様子であった。
「そう、って。そんな言い方……」
「そんなこと、わたしに言われても困ります。この婚約は親同士が決めたことです。文句があるならわたしと彼の両親に言って下さい」
それでは、とわたしは読みかけていた本を鞄にしまい、立ち上がった。結局課題は少しも進まなかった。
「待って」
図書室を出て行くわたしに彼女はわりと大きな声で呼び止めた。自然と足が止まる。
「私、彼のことが好きなんです」
泣きそうで、それでいて凛とした少女の声に振り返ることもせず、わたしは図書室から出て行った。
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