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43、手渡す

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 体調が良くなり、日記がどこにあるか尋ねれば、あっさりとメイドはマティルダに渡してくれた。オズワルドのことだから処分したかと思ったが、きちんと保管されていたことに安堵する。ただ彼が言ったとおり、ページは黒く煤けて、所々読めなくなっていた。

 誰かが堪えきれず破り捨ててしまったと思われるページもあった。

 いずれにせよすべてデイヴィッドとシェイラの閨事に関するページであり、彼の妻に対する想いはきちんと残っていたのでかえって好都合だと思った。

(さて、)

「――お久しぶりです。お義姉様」

 シェイラは怯えた表情で自分を出迎えた。本館である屋敷が燃えてしまったので同じ離れに住んでいたが、マティルダがシェイラと顔を合わせることはなかった。シェイラも、自分と会いたくはなかっただろう。

「体調はいかがですか」
「ええ……大丈夫よ」
「そうですか。それはよかったです。お義姉様にもしものことがあったら、主人もたいそう嘆き悲しんだことでしょうから」
「……」

 一見以前と変わらぬ様子だが、シェイラの目にはこれまで決して見せることのなかった感情が宿っていた。目の前の女が疎ましくて、憎らしくてたまらないという醜い感情が。

 それをマティルダは実に人間らしいと思った。

 神に救われるべき、愚かな信徒の姿に相応しいと。

「なにか、ご用かしら……」
「突然お見舞いに来てしまってごめんなさい。今日はどうしても、お義姉様にお渡ししたいものがあって」

 そう言ってマティルダは未だ寝台に横になっているシェイラに日記を手渡した。彼女は怪訝に思いながらも起き上がり、ページをめくっていく。

 その手は次第に震えていき、けれどページを捲る手は止まらず、目は忙しなく文字を追いかけていき、顔から血の気が引いていく。そしてとうとう堪えきれなくなった様子で顔を覆い、「旦那様……!」と懺悔するように名前を呼んで嗚咽した。

 マティルダはその姿を確認すると、周りの慌てるメイドたちを放って離れを出た。

 門の外まで行くと、ちょうど、一台の自動車が止まっていた。マティルダはまるで事前に約束していたように、自然と助手席に乗り込んだ。

 そして何事もなく、車は走り出す。

「――お義姉さまを焚きつけたのはあなたの仕業?」

 前を見ながら尋ねる。運転手であるキースがちらりとこちらを見た。

「たしかに以前、屋敷に閉じ込められているきみの様子が少しでも知りたくて、教会からの帰りに声をかけたことがあるよ。ひどく思いつめた表情をしていたのも、気になったしね。でもそれだけだよ」
「そう……」

 きっとキースの言葉でシェイラはオズワルドを奪われると思った。気のせいだ、大丈夫だと信じ続けた気持ちがすべて壊され、違和感と不安が一気に膨れ上がった。だから一か八かの賭けに出た。

「きみが屋敷に飛び込んだと聞いた時は頭が真っ白になったよ。……オズワルドを助けに行ったのかい?」

 最後の方はどこか緊張して、恐れている声に聴こえた。

「いいえ。大切なものを残してきてしまったから……気が動転していたんでしょうね」
「大切なもの?」
「ええ……本来手にするべき人のもとへ渡ったから、もう、手元にはないのだけれど……」
「よくわからないけれど、あの男ではないんだね?」

 ええ、と言ったきり、マティルダは黙り込んだ。

 キースはまだいろいろと聞きたそうであったが、とりあえずオズワルドのために戻ったのではないと知り、安堵した様子でこれから案内する屋敷についていろいろと話し始めた。そこにはポーリーもおり、ニックが度々訪れて散歩やら何やら面倒を見てくれているらしい。

「最初からホテルではなくて、屋敷を用意すればよかったね」

 マティルダは答えなかった。
 ただ次々と変わっていく景色を眺めていた。


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