悪女は愛する人を手放さない。

りつ

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35、最後の共寝

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 夕食が終わり、マティルダは部屋へ引き返す。オズワルドは帰るだろうと思っていたが――

「オズワルド様……」

 部屋へ入ると、後ろから抱きしめられる。縋るような感じであった。

「あなたは俺と離婚したら、キースと一緒になるんでしょう」

 吐息がうなじにかかり、くすぐったさと彼の言葉に身を捩って逃げ出そうとしたが、そうするとますます力が強まった。

(この人はわたしに何を望んでいるのかしら……)

 今まで通り、お飾りの妻として、性欲処理として望んでいるなら、先ほどのようなことをわざわざ言う必要はない。

「マティルダ。返事をしないということはそういうことなんでしょう」

 顔を振り向かされる。彼の目には嫉妬の炎が渦巻いていた。

「わたし……彼と一緒になるつもりはありませんわ」

 はっ、と彼は笑った。

「このところずっと会っているというのに?」

 きちんと知っていたらしい。たぶん使用人が報告したのだろう。

「たしかに一緒になりたいとは言われましたが、わたしにそのつもりはないと答えました」
「……なぜ」
「なぜって、わたしは旦那様を愛していますもの」

 はにかんで答えれば、オズワルドは無言になって、マティルダをその場に押し倒してくる。さすがに驚いて暴れてしまうが、抵抗するとかえって彼の感情を刺激してしまうと思って、途中からはされるがままになった。

 手首を痛いほど握りしめたまま、彼は真顔で自分を見下ろしてくる。

「あなたは俺を愛してなどいない」
「オズワルド様のことも、愛していますわ」

 ふと以前もこのようなことを言った気がする。いつかはもう、思い出せなかったけれど……。

「わたし、オズワルド様が今の関係を続けたいのならば、構いませんわ」
「それじゃあシェイラは俺の前から離れていく」
「じゃあ、わたしが出て行くしかありません」

 もしくはシェイラに今の状況を納得してもらうか。だが信心深い彼女はきっと許さない。――男二人に抱かれる状況は受け入れることはできても、自分と他の女二人で愛する男を共有する気にはなれない。

「あなたが選んでください」

 今の状況で導き出される答えは一つだけだ。

「俺は……」

 マティルダはオズワルドの首に手を回し、上半身を少しだけ浮かせた。

「オズワルド様。最初にあなたはわたしを愛せないと言ってくれました。だから、あなたは最後までそうするだけです。何も、咎める必要はありません」
「……きみがもっと、悪い人間だったらよかった……そうすれば、俺は何の躊躇いもなくきみを切り捨てることができたのに……きみのことを――」

 マティルダは唇を重ねてそれ以上の言葉を言わせなかった。

「オズワルド様。お願いです。最後に、朝まで一緒に過ごしてください。抱かないで、ただ抱きしめて……わたし、それで諦めますわ」

 身体だけの関係はかえって虚しく感じるから、せめて最後だけでも夫婦らしく寄り添って夜を明かしたい。

 妻の健気な願いに、オズワルドは逆らわなかった。

 彼にとっては、今まで過ごしてきた中で一番苦痛な時間であっただろうに。これまでマティルダを抱いてきたのはただの身体の関係であり、いわば性欲を発散させるためだけのものだと言い訳ができる。それがただ寄り添って眠るという心まで通わせるような、初めて夫婦らしい行為を頼まれたのだから平気なはずがない。

 オズワルドは一睡もしなかった。マティルダもまたそんな彼に気づきながらも、じっと目を閉じて、この先のことを考えていた。


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