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27、無邪気に
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それからマティルダはパメラの目に留まると、そばへ呼ばれるようになった。マティルダは踊り続けようとするキースや、オズワルドとシェイラの物言いたげな視線も無視して、飼い主に遊んでもらえるのを喜ぶ犬のようにパメラのもとへ駆け寄った。
パメラは王族の血も流れている家の血筋で、今は伯爵夫人となっている。マティルダより五歳年が上の、冷たい美貌の見かけとは裏腹にざっくばらんとした姉御肌の性格であった。
「わたしにお姉様はいないけれど、もしいるんだったら、あなたのような方がいいわ」
そんなことを恥じらいもせず言うマティルダを、パメラもまた妹のように可愛がるようになった。二人は姉妹のように、そして親友として距離を近づけていく。
今の社交界は、数人の女性を中心に回っている。その一人がパメラだから、自然とマティルダも注目されるようになった。彼女のことを悪く言う者は、パメラの反感を買うこととなる。だから大抵の者がマティルダを受け入れ、歓迎する素振りを見せる。
マティルダは見せかけの笑顔でも、素直に嬉しいと受け止め、もっと相手のことが知りたいと無邪気に距離を詰めていった。
「わたしね、ずっとあなたと話してみたいと思っていたの」
「今日のドレス、あなたにとっても似合っているわ」
「わたしもね、あまり大勢の輪の中で話すのは得意ではないの。だからあなたの気持ちはよくわかるわ」
「香水を変えたのよね? 前つけていらっしゃったのも素敵だったけれど、今のはもっと好き」
「このワイン。あなたの土地で醸造したのよね? 父がずっと買っていますの」
相手の知りたいこと、言ってほしいこと、それらをマティルダは観察して的確に見抜いた。別に心にもないことを言っているつもりはなかった。本心から彼女はそう思っていたし、事実を混ぜていた。
他人はどうか知らないが、マティルダは嘘はつけない性質だ。
だから彼らも実際に彼女と話していくにつれて、この人は本当のことを言ってくれていると思い、その人柄に惹かれることとなった。
「あなたのこと、ずっと誤解していたわ」
「きみと話していると、すごく楽しいよ」
「けっこう愉快な方なのね」
もう以前のように、誰もマティルダを引きこもりの、不遇な侯爵夫人だとは思わなかった。
「これがあなたの策略?」
マティルダはまるで恋人のようにパメラの腕にしな垂れかかれながら、くすりと笑った。
「わたしにそんな器用なことはできないわ」
「じゃあ天然ってこと? なおさら怖いわ」
ガラスの皿に載せられた色とりどりのフルーツから葡萄を一粒もぎ取ると、パメラはマティルダの唇に押しつけてきた。彼女はお礼を言って柔らかな果肉を歯で噛んだ。少し酸っぱくて、でも甘い。乾いた喉が潤っていく。
「わたしね、本当は知りたかったの」
「何を?」
マティルダはパメラの耳元に唇を寄せ、自分だけの秘密を教えた。彼女は目を丸くさせて、でもやっぱり面白そうに笑ってくれた。
「何のお話をなさっているの。私にも教えて」
「いいや、僕に教えてくれ」
今まで自分には縁のないと思っていた人間が周りを囲んでいて、マティルダは不思議な感じがした。
(誰かとおしゃべりするのって、けっこう楽しいのね)
パメラのおかげだとお礼を言えば、彼女はどうかしらねと返した。
「きっかけはわたくしだったかもしれないけれど、あなたにも抗えない魅力があるんじゃないかしら」
自分からさほど遠くない位置にキースがいて、マティルダに向かって手を挙げている。そのさらに向こうにはオズワルドが見える。隣にはシェイラがいたけれど、彼の顔はこちらを向いていた。
どんな表情をしているかまではわからなかったが、たぶん、不機嫌そうな顔をしている気がした。
「――マティルダ。悪いが次の夜会には行けなくなった」
「まぁ、どうして?」
「仕事が忙しくなったんです。それにシェイラが少し夏バテ気味で、休ませようと思いまして」
「そうですの。でしたらわたしだけで参加しますわ」
ポーリーと遊びながらそう言えば、オズワルドは気に入らなかったのか沈黙した。
「……最近、ずいぶんと楽しそうですね」
「ええ、お友達ができてとっても楽しいんです。だからわたしだけでも参加しますわ」
ポーリーが吠えた。主人が見知らぬ男に押し倒されたからだろう。端正な顔が迫ってきて、マティルダはふいと横を向いて避けた。彼が小さく息を呑んだのがわかったが、譲らなかった。
「あの子が見ている前ではいやです」
無言になったオズワルドはいったん寝台から下りると、吠えるポーリーを外へ連れ出し、また戻ってきた。そして今度こそマティルダを抱こうとして、覆い被さってくる。
「明かりを消して」
「だめだ。明るいままでやる」
そう言ってガウンを脱がしていく。胸の膨らみを掬われ、蕾を丹念にしゃぶられながら、マティルダはオズワルドの髪をポーリーにするように撫でてやった。
「ねぇ、旦那様、どうしてわたし一人では行ってはいけませんの」
愛撫の最中に話を振られ、やや興醒めした様子でオズワルドは顔を上げた。マティルダは気にせず、ねぇどうしてと微笑んで答えをせがむ。
「……あなた一人だけだと心配だからです」
「だったらお目付け役をつけてください。デビュー間もない令嬢が馬鹿な真似をしないように。そうすれば、あなたも安心できるでしょう?」
オズワルドは沈黙した。だめだというようにまた愛撫に徹しようとしたので、マティルダは彼の唇を手で塞いでやった。
「ね、だったら代わりのお願いを聞いてください」
「……何ですか」
警戒と期待の混じった目でじっと見つめられる。
彼はきっと、閨事の類だと思ったかもしれない。あるいは……
「ずっと招待される側でしたから、たまにはわたしの方からみなさんをお招きしたいわ」
ね、いいでしょう?
マティルダが甘えた声でオズワルドに頼めば、彼は怖い顔をしたが、反対はしなかった。だから許可されたというふうに彼女は受け取った。
パメラは王族の血も流れている家の血筋で、今は伯爵夫人となっている。マティルダより五歳年が上の、冷たい美貌の見かけとは裏腹にざっくばらんとした姉御肌の性格であった。
「わたしにお姉様はいないけれど、もしいるんだったら、あなたのような方がいいわ」
そんなことを恥じらいもせず言うマティルダを、パメラもまた妹のように可愛がるようになった。二人は姉妹のように、そして親友として距離を近づけていく。
今の社交界は、数人の女性を中心に回っている。その一人がパメラだから、自然とマティルダも注目されるようになった。彼女のことを悪く言う者は、パメラの反感を買うこととなる。だから大抵の者がマティルダを受け入れ、歓迎する素振りを見せる。
マティルダは見せかけの笑顔でも、素直に嬉しいと受け止め、もっと相手のことが知りたいと無邪気に距離を詰めていった。
「わたしね、ずっとあなたと話してみたいと思っていたの」
「今日のドレス、あなたにとっても似合っているわ」
「わたしもね、あまり大勢の輪の中で話すのは得意ではないの。だからあなたの気持ちはよくわかるわ」
「香水を変えたのよね? 前つけていらっしゃったのも素敵だったけれど、今のはもっと好き」
「このワイン。あなたの土地で醸造したのよね? 父がずっと買っていますの」
相手の知りたいこと、言ってほしいこと、それらをマティルダは観察して的確に見抜いた。別に心にもないことを言っているつもりはなかった。本心から彼女はそう思っていたし、事実を混ぜていた。
他人はどうか知らないが、マティルダは嘘はつけない性質だ。
だから彼らも実際に彼女と話していくにつれて、この人は本当のことを言ってくれていると思い、その人柄に惹かれることとなった。
「あなたのこと、ずっと誤解していたわ」
「きみと話していると、すごく楽しいよ」
「けっこう愉快な方なのね」
もう以前のように、誰もマティルダを引きこもりの、不遇な侯爵夫人だとは思わなかった。
「これがあなたの策略?」
マティルダはまるで恋人のようにパメラの腕にしな垂れかかれながら、くすりと笑った。
「わたしにそんな器用なことはできないわ」
「じゃあ天然ってこと? なおさら怖いわ」
ガラスの皿に載せられた色とりどりのフルーツから葡萄を一粒もぎ取ると、パメラはマティルダの唇に押しつけてきた。彼女はお礼を言って柔らかな果肉を歯で噛んだ。少し酸っぱくて、でも甘い。乾いた喉が潤っていく。
「わたしね、本当は知りたかったの」
「何を?」
マティルダはパメラの耳元に唇を寄せ、自分だけの秘密を教えた。彼女は目を丸くさせて、でもやっぱり面白そうに笑ってくれた。
「何のお話をなさっているの。私にも教えて」
「いいや、僕に教えてくれ」
今まで自分には縁のないと思っていた人間が周りを囲んでいて、マティルダは不思議な感じがした。
(誰かとおしゃべりするのって、けっこう楽しいのね)
パメラのおかげだとお礼を言えば、彼女はどうかしらねと返した。
「きっかけはわたくしだったかもしれないけれど、あなたにも抗えない魅力があるんじゃないかしら」
自分からさほど遠くない位置にキースがいて、マティルダに向かって手を挙げている。そのさらに向こうにはオズワルドが見える。隣にはシェイラがいたけれど、彼の顔はこちらを向いていた。
どんな表情をしているかまではわからなかったが、たぶん、不機嫌そうな顔をしている気がした。
「――マティルダ。悪いが次の夜会には行けなくなった」
「まぁ、どうして?」
「仕事が忙しくなったんです。それにシェイラが少し夏バテ気味で、休ませようと思いまして」
「そうですの。でしたらわたしだけで参加しますわ」
ポーリーと遊びながらそう言えば、オズワルドは気に入らなかったのか沈黙した。
「……最近、ずいぶんと楽しそうですね」
「ええ、お友達ができてとっても楽しいんです。だからわたしだけでも参加しますわ」
ポーリーが吠えた。主人が見知らぬ男に押し倒されたからだろう。端正な顔が迫ってきて、マティルダはふいと横を向いて避けた。彼が小さく息を呑んだのがわかったが、譲らなかった。
「あの子が見ている前ではいやです」
無言になったオズワルドはいったん寝台から下りると、吠えるポーリーを外へ連れ出し、また戻ってきた。そして今度こそマティルダを抱こうとして、覆い被さってくる。
「明かりを消して」
「だめだ。明るいままでやる」
そう言ってガウンを脱がしていく。胸の膨らみを掬われ、蕾を丹念にしゃぶられながら、マティルダはオズワルドの髪をポーリーにするように撫でてやった。
「ねぇ、旦那様、どうしてわたし一人では行ってはいけませんの」
愛撫の最中に話を振られ、やや興醒めした様子でオズワルドは顔を上げた。マティルダは気にせず、ねぇどうしてと微笑んで答えをせがむ。
「……あなた一人だけだと心配だからです」
「だったらお目付け役をつけてください。デビュー間もない令嬢が馬鹿な真似をしないように。そうすれば、あなたも安心できるでしょう?」
オズワルドは沈黙した。だめだというようにまた愛撫に徹しようとしたので、マティルダは彼の唇を手で塞いでやった。
「ね、だったら代わりのお願いを聞いてください」
「……何ですか」
警戒と期待の混じった目でじっと見つめられる。
彼はきっと、閨事の類だと思ったかもしれない。あるいは……
「ずっと招待される側でしたから、たまにはわたしの方からみなさんをお招きしたいわ」
ね、いいでしょう?
マティルダが甘えた声でオズワルドに頼めば、彼は怖い顔をしたが、反対はしなかった。だから許可されたというふうに彼女は受け取った。
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