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1、裏切りの初夜*

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 ※ヒロイン以外とやっている描写があります。


 人は簡単に信用してはならない。常に裏切る生き物である。

 初夜となる夫婦の寝室に一向に現れない夫を待っていたマティルダは改めてそう思うのだった。

(やっぱりわたしとの結婚なんて嫌なんでしょうね……)

 夫となるオズワルドは先代のブラックウェル侯爵の弟である。端正な容姿で大勢の貴婦人を虜にしていたが、誰とも添い遂げることはしなかった。

 だが兄の病死により、独身主義を貫くこともできなくなった。兄夫婦には子どもがおらず、後継者がいなかったからだ。

 オズワルドは別にそれでもいいと考えていた。自分の死後、爵位を王家に返上して、一族が断絶しても。

 しかし国王は許さず、彼と新興貴族である男爵の娘――マティルダとの結婚を命じた。何か弱味でも握られていたのか、オズワルドが逆らうことはしなかった。

(昼間接してくれた時は親切だったけれど……)

 オズワルドはマティルダより十歳年が上だ。十八の彼女にとってはとても落ち着いた大人の男性に見えた。

「慣れないことばかりでしばらくは苦労するかもしれませんが、必要なものがあれば遠慮なく使用人に言いつけてください」

 そう言ってマティルダのことを気遣ってくれた。年下であり、貴族としても格下である自分にも丁寧な物言いを崩さない。

 しかしこれから一緒に暮らす花嫁への態度にしてはいささか他人行儀すぎる気もした。

(顔はともかく、ドレスのことも、何も言われなかった)

 父が金に飽かしてうんと豪華に仕立てたのに、オズワルドは一言も感想を述べなかった。男性はあまり気にしないのだろうか。それとも彼だからか。

 気になったことはもう一つある。

(お義姉様と、どこかよそよそしかった)

 シェイラは亡き侯爵の妻であり、未亡人としてオズワルドと一緒に暮らしていた。マティルダにとっては兄嫁にあたる。

「初めまして、マティルダ。今日からよろしくね」

 彼女はオズワルドと同じ歳だそうだが、とてもそうは見えなかった。夫を亡くした悲しみがそう見せるのか、今にも手折られそうな儚げな雰囲気を身に纏っていた。

 ふわふわと波打った、赤みがかかった金色の髪に、見る角度によって青にも緑にも見える不思議な瞳をした義姉と夫とのやり取りを思い出し、マティルダの胸は妙に騒めき、不快感と混ざり合った不安を覚えた。それは若い娘の、女の直観ともいえた。

(疲れたのならば、先に寝ていていいと言われたけれど……)

 マティルダは一人で寝るには広すぎる寝台を下りて、寝室をそっと抜け出した。どうしてこんなことを思いついたのか、どちらかといえば引っ込み思案な性格の自分には似つかわしくない行動を起こしてしまったのは、後になって振り返っても、わからない。

 ――だが、この時から始まっていた。運命だったのだ。

「ぁっ……だめっ……オズワルドっ……」

 導かれるまま長い廊下を歩き、オズワルドの書斎の扉が開いているのが目に留まり、そこから子猫のような甘い鳴き声が聴こえてきて、部屋が近づいてくるたび、中の光景がはっきりと目に映し出された時、マティルダの頭は真っ白になった。

 その声の正体がシェイラで、夫の名を切なそうに呼んだことも、服が乱れて胸元を大胆に肌蹴させていたことも、オズワルドがシェイラの折れそうなほど細い腰を掴んで、息を乱しながら大きく下から突き上げていた姿も、すべて――何をしているのか、何が起きているか、どんな意味があるのわからなくて、でも、自分は取り返しのつかない光景を見てしまったのだと、強制的に理解させられた。

「はぁ、シェイラ……」
「いけないわ、こんな、こと、あなたには……ぁっ、あぁっ――」

 マティルダはひどく動揺してしまい、また自分が何か罪を犯したような、焦りと居たたまれなさを覚え、逃げるようにその場を後にした。慌てるあまり、途中何かにぶつかってしまった気がする。でも、そんなこと気にしている余裕もなくて、何も考えられないまま寝室へと戻って行き、身を護るように毛布で自分の身体を包み込んだ。

 急いできたせいか、はぁはぁと息が乱れていた。心臓が痛いほど早鐘を打っている。

(あれは、なに――?)

『だめ、もう、オズワルド、わたしっ……』
『あぁ、シェイラ、俺も……!』

 マティルダはその夜、一睡もできなかった。傷つくことも、涙を流すこともなく、ただ自分の置かれた状況が理解できなかった。

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