51 / 51
ハッピーエンド
しおりを挟む
ドニ・ルフェーブルの件が片付き、ようやく平穏を取り戻した頃。
ミランダはもう一度ディオンに歌劇を観たいとねだった。ディオンが意外だったのか、不安そうな顔をした。
「怖くないか?」
「まったく、と言ったら嘘になりますけれど、大丈夫ですわ。警備もしっかりしているでしょうし……今度こそ彼らの演じるハッピーエンドを観たいんです」
国王夫妻が命を落としかけたこともあり、歌劇場の評判も下がってしまった。劇場で働いていた人間も深い傷を負っており、しばらく閉鎖されていたのだ。
しかし彼らはいつまでも悲嘆に暮れていてはいけないと少しずつ立ち直り、足繁く通っていた観客も再開を待ち望んでいる。
ミランダは自分たちが再び足を運ぶことで、劇場のイメージを払拭できるのではないか、力になりたいという思いがあった。
ミランダがそう伝えれば、ディオンは困ったような表情で微笑んだ。
「まったく。あなたは思いやりに溢れているな」
「あら。わたしのためでもあるんですよ?」
ミランダは微笑む。
「あなたとデートができるんですもの。今度こそ、ボックス席でね」
「ミラ……」
やっぱりあなたには敵わない、とディオンが言い、すぐに予約をするよう側近に命じるのだった。
やり直しのデート当日。
今度は誰にも邪魔されず……と言っても、護衛は以前より増やし、個室の外に待機しているのだが、一階席よりもより親密な距離間があった。
気づけば二時間少しの公演はあっという間で、終わった後は深い余韻に包まれた。
「よかったな」
ディオンも酔いしれたような口調でそう感想を述べた。
「ええ。王女が自分の想いを告げて、国王もそれに応えるシーンは特によかったですわ」
「そうだな。俺は最初……まるであなたと俺の話のようだと思った」
「え、わたしですか?」
ジュスティーヌではなく? と思ったが、考えてみると、実際に嫁いだのは自分であった。
「でも、わたしはあんなふうにいじめられていませんし、王女のように健気で可憐でもありませんわ」
わりと図太い性格をしているし、いじめられたら何倍にしてもやり返す。
「そんなことない。俺のそっけない態度であなたを傷つけて寂しい思いをさせてしまった」
(そこまで傷ついてはいないけれど……)
「ええっと、その、物語の王様とディオン様も違いますわ」
物語の王は最後までどこか高圧的で偉そうな感じであるが、ディオンは違う。
確かに雰囲気など少し怖い印象はある。でも実際話してみるとすごく話の分かる優しい人だ。
(それに最近、雰囲気も柔らかくなったとクレソン卿やヤニックも言っていたもの)
王妃殿下のおかげです、と彼らは言っていたが、やはりディオン本来の性格なのだとミランダは思う。
「とにかく、いろいろ違いはありますから。あ、でも、最後は両想いになって幸せになるという点は同じですね」
「そうだな。今度こそ、ハッピーエンドで幕が閉じた」
「はい!」
ディオンはにこにこ微笑んでいたミランダをそっと抱き寄せる。
「ディオン様、誰かに見られたら……」
彼は赤いカーテンを引き、客席の目を隠す。
「人が引くまで、少し待っていよう」
カーテンを引いたことで逆に注目を浴びるのではないかと思ったが、今開けてしまえばやはりそれも人目を引いてしまう気がして、結局ミランダはディオンの体温を大人しく間近に感じた。
「ミラ」
「な、なんでしょうか」
「いや……何でもないよ」
からかうようにディオンが微かに笑って、ミランダの髪に口づけを落とす。
こめかみや頬にも触れて、唇にもしようとしたので、ミランダは反対の方を向いて阻止しようとする。だがやや強引に頤に手をかけて、振り向かされた。
金色の瞳は焦がれるように自分を見つめており、抑えきれない欲望が渦巻いている。
いつものミランダならば、ダメだと――せめて王宮へ帰り、部屋で二人きりになるまで待ってほしいとお願いしただろう。
でも、幸せに満ちた劇を観た余韻のせいか、何も言わず、むしろ自分から顔を寄せて、ディオンの口づけを受け入れた。
「ん……」
唇が離れ、目をゆっくり開けて、互いの瞳を見つめ合う。
「愛している、ミラ。あなたが俺のもとへ嫁いできてくれて、俺は一生分の運を使い果たしたと思っている」
「ふふ。大げさですわ。それにわたしこそ、あなたと結婚できて幸せを手に入れた身ですわ。あなたの隣にいる幸せは誰にも渡すつもりはありません」
ジュスティーヌにもだ。もっとも、姉も最愛の人と幸せになれたのだから、譲られても困るだけだろうが。
(今ならお姉様の気持ちがわかる)
互いに好きな人のことで話してみたい。まだ当分の間はディオンのそばを離れる気はないので、だいぶ先になってしまうだろうが、いつか、必ず……。
「わたしも、愛しています。ディオン様」
ミランダが微笑んで同じ想いを返せば、ディオンはもう一度ミランダに深く口づけする。
身代わりに姉を差し出そうとした悪い妹は、異国で王様に愛されて、末永く幸せに暮らした。
そんな物語がグランディエ国で大人気になるのは、もうしばらく後のことである。
ミランダはもう一度ディオンに歌劇を観たいとねだった。ディオンが意外だったのか、不安そうな顔をした。
「怖くないか?」
「まったく、と言ったら嘘になりますけれど、大丈夫ですわ。警備もしっかりしているでしょうし……今度こそ彼らの演じるハッピーエンドを観たいんです」
国王夫妻が命を落としかけたこともあり、歌劇場の評判も下がってしまった。劇場で働いていた人間も深い傷を負っており、しばらく閉鎖されていたのだ。
しかし彼らはいつまでも悲嘆に暮れていてはいけないと少しずつ立ち直り、足繁く通っていた観客も再開を待ち望んでいる。
ミランダは自分たちが再び足を運ぶことで、劇場のイメージを払拭できるのではないか、力になりたいという思いがあった。
ミランダがそう伝えれば、ディオンは困ったような表情で微笑んだ。
「まったく。あなたは思いやりに溢れているな」
「あら。わたしのためでもあるんですよ?」
ミランダは微笑む。
「あなたとデートができるんですもの。今度こそ、ボックス席でね」
「ミラ……」
やっぱりあなたには敵わない、とディオンが言い、すぐに予約をするよう側近に命じるのだった。
やり直しのデート当日。
今度は誰にも邪魔されず……と言っても、護衛は以前より増やし、個室の外に待機しているのだが、一階席よりもより親密な距離間があった。
気づけば二時間少しの公演はあっという間で、終わった後は深い余韻に包まれた。
「よかったな」
ディオンも酔いしれたような口調でそう感想を述べた。
「ええ。王女が自分の想いを告げて、国王もそれに応えるシーンは特によかったですわ」
「そうだな。俺は最初……まるであなたと俺の話のようだと思った」
「え、わたしですか?」
ジュスティーヌではなく? と思ったが、考えてみると、実際に嫁いだのは自分であった。
「でも、わたしはあんなふうにいじめられていませんし、王女のように健気で可憐でもありませんわ」
わりと図太い性格をしているし、いじめられたら何倍にしてもやり返す。
「そんなことない。俺のそっけない態度であなたを傷つけて寂しい思いをさせてしまった」
(そこまで傷ついてはいないけれど……)
「ええっと、その、物語の王様とディオン様も違いますわ」
物語の王は最後までどこか高圧的で偉そうな感じであるが、ディオンは違う。
確かに雰囲気など少し怖い印象はある。でも実際話してみるとすごく話の分かる優しい人だ。
(それに最近、雰囲気も柔らかくなったとクレソン卿やヤニックも言っていたもの)
王妃殿下のおかげです、と彼らは言っていたが、やはりディオン本来の性格なのだとミランダは思う。
「とにかく、いろいろ違いはありますから。あ、でも、最後は両想いになって幸せになるという点は同じですね」
「そうだな。今度こそ、ハッピーエンドで幕が閉じた」
「はい!」
ディオンはにこにこ微笑んでいたミランダをそっと抱き寄せる。
「ディオン様、誰かに見られたら……」
彼は赤いカーテンを引き、客席の目を隠す。
「人が引くまで、少し待っていよう」
カーテンを引いたことで逆に注目を浴びるのではないかと思ったが、今開けてしまえばやはりそれも人目を引いてしまう気がして、結局ミランダはディオンの体温を大人しく間近に感じた。
「ミラ」
「な、なんでしょうか」
「いや……何でもないよ」
からかうようにディオンが微かに笑って、ミランダの髪に口づけを落とす。
こめかみや頬にも触れて、唇にもしようとしたので、ミランダは反対の方を向いて阻止しようとする。だがやや強引に頤に手をかけて、振り向かされた。
金色の瞳は焦がれるように自分を見つめており、抑えきれない欲望が渦巻いている。
いつものミランダならば、ダメだと――せめて王宮へ帰り、部屋で二人きりになるまで待ってほしいとお願いしただろう。
でも、幸せに満ちた劇を観た余韻のせいか、何も言わず、むしろ自分から顔を寄せて、ディオンの口づけを受け入れた。
「ん……」
唇が離れ、目をゆっくり開けて、互いの瞳を見つめ合う。
「愛している、ミラ。あなたが俺のもとへ嫁いできてくれて、俺は一生分の運を使い果たしたと思っている」
「ふふ。大げさですわ。それにわたしこそ、あなたと結婚できて幸せを手に入れた身ですわ。あなたの隣にいる幸せは誰にも渡すつもりはありません」
ジュスティーヌにもだ。もっとも、姉も最愛の人と幸せになれたのだから、譲られても困るだけだろうが。
(今ならお姉様の気持ちがわかる)
互いに好きな人のことで話してみたい。まだ当分の間はディオンのそばを離れる気はないので、だいぶ先になってしまうだろうが、いつか、必ず……。
「わたしも、愛しています。ディオン様」
ミランダが微笑んで同じ想いを返せば、ディオンはもう一度ミランダに深く口づけする。
身代わりに姉を差し出そうとした悪い妹は、異国で王様に愛されて、末永く幸せに暮らした。
そんな物語がグランディエ国で大人気になるのは、もうしばらく後のことである。
337
お気に入りに追加
1,083
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる