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仲の良い夫婦を演じる
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「ど、どうしてここに?」
ディオンはミランダのことをよく思っておらず、今朝も避けるように朝食の席を立ったというのに。
「何かありましたの?」
もしや緊急の用事かと、真面目な顔をするミランダをディオンは何か言いたげな目で見つめていたが、不意に口元に笑みを浮かべたので、ミランダだけでなく他の夫人たちも驚く。
こちらに来て日が浅いミランダは知らなかったが、ディオンが笑うことはあまりなかったのだ。特に今のようにまるで愛おしい者を見つめるような甘い表情で微笑むことは決してなかった。
「へ、陛下?」
「用事がなくては我が妻に会いに来てはいけないのか?」
ディオンは悲しそうに言うと、膝の上に置かれたミランダの手をおもむろに取り、手の甲にそっと口づけを落とし、また上目遣いで見つめた。
「俺は何時間もあなたに会えなくて、寂しかったぞ」
「え……」
後ろで夫人たちが息を呑むのがわかった。きゃあ、という黄色い悲鳴も聞こえた気がする。
(ど、どういうこと!?)
なぜ甘さ全開の雰囲気で恋人にかけるような言葉を告げられているのか、ミランダは混乱した。
何時間も、と言うが、朝に別れてからの数時間程である。そんな悲嘆する時間には値しないはずであるが……。
「ミラ。なぜ何も言ってくれない」
「ミラ……」
フォンテーヌ夫人が手にしていた扇を壊してしまうのではないかと思うほど強く握りしめて呟く。
「あ、あの陛下。これは一体……」
「二人きりの時だけではなく、みながいる前でもぜひ名前で呼んでほしい」
甘く優しい口調でありながらどこか圧を感じ、ミランダはひょっとして……と思う。
(わたしたちの夫婦仲が悪いと思われるのはまずいから、わざとイチャイチャした態度を見せつけようとしている?)
ただの夫婦ならともかく、自分たちは国王夫妻である。国のトップに立つ者たちの不仲は、国民たちにも良くない印象を抱かせ、グランディエ国の将来に不安を抱かせると……。
(そう。そうよね……。当然だわ)
そういうことならば、とミランダはディオンの琥珀色の目を真っ直ぐに見つめ返した。
そうして、花が綻ぶように微笑んだ。
「はい、ディオン様」
瞬間、ディオンの目が見開かれ、目元や耳が見事に赤く染まった。
(陛下、すごい。肌まで赤くさせるなんて!)
さすが、ジュスティーヌの婿候補に選んだ男なだけある。
ミランダも負けじと彼の手をそっと両手で包み込むと、顔中の筋肉と目力を駆使し、全力で夫に恋する妻を演じようとする。
「ディオン様。先ほどは嘘をついてしまってごめんなさい。わたくしも、あなたと離れていて、本当はとてもお寂しゅうございました」
(わたし、こんな甘えるような声出せるのね)
我ながらすごいわ、と自画自賛しながら、慎ましく目を伏せて、悲しみに耐えうるような可憐な王妃を装うと、ディオンがいっそう力強く手を握りしめてきた。ちょっと、痛いと思うくらいに。
「ミラ。俺はあなたのことが――」
「陛下!!」
何やら思いつめた表情で告白しようとしたのを遮ったのは、信じられない様子で成り行きを見守っていたフォンテーヌ夫人である。彼女は我慢ならないと言った様子で立ち上がり、肩をわなわなと震わせている。
(これは相当キレているわね)
と、女の修羅場に慣れているミランダは冷静に対峙する。
ディオンの方も、先ほどまで自分を熱っぽく見つめていたが、今はどこか冷ややかとも言える眼差しをフォンテーヌ夫人に向けている。
その切り替えの早さに驚くも、やはりフォンテーヌ夫人を特別視していたのではないとわかり、どこかほっとした気持ちにもなる。
「夫人。あなたが俺とミラの仲をあれこれ詮索するのはけっこうだが、彼女を不安にさせ、傷つけるような言葉をかけるのはやめてほしい」
「なっ、だ、だって陛下は王妃殿下のことなんて何とも思っていないのでしょう? その証拠に夜も――」
「夫人」
鋭く咎める声に、フォンテーヌ夫人だけでなく、その他の夫人やミランダ自身も思わずびくりとしてしまう。
「あなたは今、俺たち夫婦のプライバシーを侵害することを口走ろうとしたな。それは到底許されるべきことではない」
「わ、私はただ……」
「あなたのような者は、ミラのそばにいてほしくない。しばらく登城しないでくれ」
止めの言葉を刺され、フォンテーヌ夫人は目をカッと見開いた。喘ぐように口を開き、もうやめておけばいいのに、知らなければならないというように問いかける。
「陛下は……ミランダ様を愛していますの?」
ディオンはミランダを見ると、淀みない口調で答えた。
「ああ。愛している」
フォンテーヌ夫人はそこで意識を失い、ぱたりと倒れてしまった。
ディオンはミランダのことをよく思っておらず、今朝も避けるように朝食の席を立ったというのに。
「何かありましたの?」
もしや緊急の用事かと、真面目な顔をするミランダをディオンは何か言いたげな目で見つめていたが、不意に口元に笑みを浮かべたので、ミランダだけでなく他の夫人たちも驚く。
こちらに来て日が浅いミランダは知らなかったが、ディオンが笑うことはあまりなかったのだ。特に今のようにまるで愛おしい者を見つめるような甘い表情で微笑むことは決してなかった。
「へ、陛下?」
「用事がなくては我が妻に会いに来てはいけないのか?」
ディオンは悲しそうに言うと、膝の上に置かれたミランダの手をおもむろに取り、手の甲にそっと口づけを落とし、また上目遣いで見つめた。
「俺は何時間もあなたに会えなくて、寂しかったぞ」
「え……」
後ろで夫人たちが息を呑むのがわかった。きゃあ、という黄色い悲鳴も聞こえた気がする。
(ど、どういうこと!?)
なぜ甘さ全開の雰囲気で恋人にかけるような言葉を告げられているのか、ミランダは混乱した。
何時間も、と言うが、朝に別れてからの数時間程である。そんな悲嘆する時間には値しないはずであるが……。
「ミラ。なぜ何も言ってくれない」
「ミラ……」
フォンテーヌ夫人が手にしていた扇を壊してしまうのではないかと思うほど強く握りしめて呟く。
「あ、あの陛下。これは一体……」
「二人きりの時だけではなく、みながいる前でもぜひ名前で呼んでほしい」
甘く優しい口調でありながらどこか圧を感じ、ミランダはひょっとして……と思う。
(わたしたちの夫婦仲が悪いと思われるのはまずいから、わざとイチャイチャした態度を見せつけようとしている?)
ただの夫婦ならともかく、自分たちは国王夫妻である。国のトップに立つ者たちの不仲は、国民たちにも良くない印象を抱かせ、グランディエ国の将来に不安を抱かせると……。
(そう。そうよね……。当然だわ)
そういうことならば、とミランダはディオンの琥珀色の目を真っ直ぐに見つめ返した。
そうして、花が綻ぶように微笑んだ。
「はい、ディオン様」
瞬間、ディオンの目が見開かれ、目元や耳が見事に赤く染まった。
(陛下、すごい。肌まで赤くさせるなんて!)
さすが、ジュスティーヌの婿候補に選んだ男なだけある。
ミランダも負けじと彼の手をそっと両手で包み込むと、顔中の筋肉と目力を駆使し、全力で夫に恋する妻を演じようとする。
「ディオン様。先ほどは嘘をついてしまってごめんなさい。わたくしも、あなたと離れていて、本当はとてもお寂しゅうございました」
(わたし、こんな甘えるような声出せるのね)
我ながらすごいわ、と自画自賛しながら、慎ましく目を伏せて、悲しみに耐えうるような可憐な王妃を装うと、ディオンがいっそう力強く手を握りしめてきた。ちょっと、痛いと思うくらいに。
「ミラ。俺はあなたのことが――」
「陛下!!」
何やら思いつめた表情で告白しようとしたのを遮ったのは、信じられない様子で成り行きを見守っていたフォンテーヌ夫人である。彼女は我慢ならないと言った様子で立ち上がり、肩をわなわなと震わせている。
(これは相当キレているわね)
と、女の修羅場に慣れているミランダは冷静に対峙する。
ディオンの方も、先ほどまで自分を熱っぽく見つめていたが、今はどこか冷ややかとも言える眼差しをフォンテーヌ夫人に向けている。
その切り替えの早さに驚くも、やはりフォンテーヌ夫人を特別視していたのではないとわかり、どこかほっとした気持ちにもなる。
「夫人。あなたが俺とミラの仲をあれこれ詮索するのはけっこうだが、彼女を不安にさせ、傷つけるような言葉をかけるのはやめてほしい」
「なっ、だ、だって陛下は王妃殿下のことなんて何とも思っていないのでしょう? その証拠に夜も――」
「夫人」
鋭く咎める声に、フォンテーヌ夫人だけでなく、その他の夫人やミランダ自身も思わずびくりとしてしまう。
「あなたは今、俺たち夫婦のプライバシーを侵害することを口走ろうとしたな。それは到底許されるべきことではない」
「わ、私はただ……」
「あなたのような者は、ミラのそばにいてほしくない。しばらく登城しないでくれ」
止めの言葉を刺され、フォンテーヌ夫人は目をカッと見開いた。喘ぐように口を開き、もうやめておけばいいのに、知らなければならないというように問いかける。
「陛下は……ミランダ様を愛していますの?」
ディオンはミランダを見ると、淀みない口調で答えた。
「ああ。愛している」
フォンテーヌ夫人はそこで意識を失い、ぱたりと倒れてしまった。
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