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ため息
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「はぁ……」
「陛下。いかがなさいましたか」
側近の一人、茶髪にそばかすのあるヤニックが、物憂げな表情でため息をつく主君に問いかける。
「いや、何でもない」
(今朝もそっけない態度をとってしまった……)
考えるのはもちろんミランダのことである。逃げるように会話を切り上げてしまったことを悔いていた。彼女がまず仲良くすべきは自分ではないかという、子ども染みた嫉妬を隠すために。
(俺はガキか……)
肘をついて額に手を当てて再度ため息を吐く。
ヤニックはもう一人の同僚、さらさらとした金髪に細目のアルノーと顔を見合わせ、やはり王妃のことで悩んでいるのだろうかと推察する。
「そう言えば、王妃殿下の――」
「ミランダがどうした?」
ディオンがさっと顔を上げ、琥珀色の瞳を射貫くように光らせた。窓から差し込む光のせいか、光って金色に見える。
主君の眼光の鋭さに真面目な性格のアルノーはびくりとし、躊躇いがちに先を続ける。
「いえ、王妃殿下のおそばでぜひお仕えしたいと申し出た者がひどく美しく……その、もしかするとその美貌で近づいたのではないかと噂されておりまして……」
「なんだと? 面接官は何をしているんだ」
「素性は一応調べられて、侯爵夫人の推薦状もきちんと持参しておりましたので、怪しい者ではないようです。何でも母方の親戚が王女殿下の母国と同じ出身で、縁を感じたとかで……」
もちろんそれらはロジェが裏でいろいろと手を回した結果である。しかし事情を知らないディオンはその者が何か悪意を持ってミランダに近づいたのではないかと訝しんだ。
「その者はもうミランダに仕えているのか?」
「恐らく……。王妃殿下も、気に入られたとお聞きしましたが」
(今朝の寝室にもいたか……?)
ミランダのしどけない姿を見ないことに意識を割いていたので、他のことはあまり覚えていない。だが噂になるほど美しい侍女はいなかったように思う。いても、ミランダより美しいとは思わなかっただろうが……。
「気になるならば、王妃殿下に会いに行かれてはいかがですか。確か今日、茶会をするとかなんとかおっしゃっていましたから」
「なぜおまえがミランダの一日を把握している」
ディオンの鋭い睨みに、ヤニックは肩を竦めて誤解を解いた。
「俺の恋人はミランダ様の世話係です。恋人の一日を知っているのは、別におかしくないでしょう?」
「……もしかしてその例の侍女と付き合っているのか?」
ヤニックは今度こそはっきりと呆れた表情をする。
「そんなわけないでしょう」
「そうか、悪かった。……そうだな。恋人の一日を知っているのは、別におかしくないな」
恋人ではなく妻ならば、むしろ当然かもしれない。
そんなことをディオンは思い、椅子から立ち上がっていた。
「陛下。いかがなさいましたか」
側近の一人、茶髪にそばかすのあるヤニックが、物憂げな表情でため息をつく主君に問いかける。
「いや、何でもない」
(今朝もそっけない態度をとってしまった……)
考えるのはもちろんミランダのことである。逃げるように会話を切り上げてしまったことを悔いていた。彼女がまず仲良くすべきは自分ではないかという、子ども染みた嫉妬を隠すために。
(俺はガキか……)
肘をついて額に手を当てて再度ため息を吐く。
ヤニックはもう一人の同僚、さらさらとした金髪に細目のアルノーと顔を見合わせ、やはり王妃のことで悩んでいるのだろうかと推察する。
「そう言えば、王妃殿下の――」
「ミランダがどうした?」
ディオンがさっと顔を上げ、琥珀色の瞳を射貫くように光らせた。窓から差し込む光のせいか、光って金色に見える。
主君の眼光の鋭さに真面目な性格のアルノーはびくりとし、躊躇いがちに先を続ける。
「いえ、王妃殿下のおそばでぜひお仕えしたいと申し出た者がひどく美しく……その、もしかするとその美貌で近づいたのではないかと噂されておりまして……」
「なんだと? 面接官は何をしているんだ」
「素性は一応調べられて、侯爵夫人の推薦状もきちんと持参しておりましたので、怪しい者ではないようです。何でも母方の親戚が王女殿下の母国と同じ出身で、縁を感じたとかで……」
もちろんそれらはロジェが裏でいろいろと手を回した結果である。しかし事情を知らないディオンはその者が何か悪意を持ってミランダに近づいたのではないかと訝しんだ。
「その者はもうミランダに仕えているのか?」
「恐らく……。王妃殿下も、気に入られたとお聞きしましたが」
(今朝の寝室にもいたか……?)
ミランダのしどけない姿を見ないことに意識を割いていたので、他のことはあまり覚えていない。だが噂になるほど美しい侍女はいなかったように思う。いても、ミランダより美しいとは思わなかっただろうが……。
「気になるならば、王妃殿下に会いに行かれてはいかがですか。確か今日、茶会をするとかなんとかおっしゃっていましたから」
「なぜおまえがミランダの一日を把握している」
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「俺の恋人はミランダ様の世話係です。恋人の一日を知っているのは、別におかしくないでしょう?」
「……もしかしてその例の侍女と付き合っているのか?」
ヤニックは今度こそはっきりと呆れた表情をする。
「そんなわけないでしょう」
「そうか、悪かった。……そうだな。恋人の一日を知っているのは、別におかしくないな」
恋人ではなく妻ならば、むしろ当然かもしれない。
そんなことをディオンは思い、椅子から立ち上がっていた。
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