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初夜
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ゆっくり過ごしてくれ、とは言われたものの、荷解きや王宮内の案内などであっという間に結婚式当日となった。グランディエ国の王家が代々式を挙げる大聖堂でミランダはディオンに愛を誓った。
(ドレス、なんとかなってよかったわ)
ジュスティーヌのために用意していた花嫁衣装を着用するわけにもいかなかったので、急遽母のおさがりを譲ってもらったのだ。
母は新たに作ることを希望したが、「式に出席できないお母様と同じドレスを着たら、見守ってもらっている気持ちになりますから」と切なげに言えば、涙ぐんで了承してくれた。
やや古いデザインだが、大切に保管されており、また手間暇とお金を贅沢に費やしただけあって、目立って傷んでいるところはなく、侍女や貴族たちもみな褒めてくれたから問題ない。
(お世辞なのかもしれないけれど)
花婿であるディオンはミランダを見て、一瞬眉をひそめていたから似合っていなかったのかもしれない。しかし口では「綺麗だ」と言ってくれたので、気にする必要もない。
大聖堂での儀式が終わると、長い長い宴が夜まで続き、そこから湯浴みをして、初日に宛てがわれた部屋とは違う、夫婦の寝室で待つよう告げられた。
これから花嫁と花婿にとって、一番大事な義務があるのだが――
(どうしましょう……すでにもう、体力の限界だわ……)
世の中の夫婦は本当にここから初夜を成し遂げたというのか。すごすぎる。体力には自信のある方だったが、思い上がっていたようだ。
(少しだけ……たぶん部屋に訪れたら、起こしてくれるはずだから……)
それまで目を閉じて疲れを癒していようと、ミランダはふかふかの寝台に身を沈めてしまった。
◇
一方ディオンは湯浴みを済ませ、王妃の待つ寝室へ向かおうとしていた――のだが、「行かないでください! 陛下!」とクレソン公爵に引き留められていた。
「今夜一緒に過ごしてしまえば、陛下はあの方の夫となってしまいます!」
「大聖堂で夫婦の誓いをしたのだから、俺はすでに彼女の夫だ」
「いいえ! まだ肉体は清いままでございます! 何かあっても、取り返しがつきます! 貞操を守り抜くのです!」
「俺は男だぞ……」
「では童貞を守り通してください!」
はぁ……とディオンは一度抵抗を止め、クレソンと向き合った。
「クレソン。おまえが俺を心配する気持ちはわかる。だがこの二週間ばかり彼女の様子を観察して、特におかしなところはなかったではないか」
「いいえ陛下! 悪女の本性というのは閨の中で発揮されるものでございます! 陛下が喰われるのはこれからでございます!」
鼻息荒く捲し立てるクレソンはふとそこで眉をしょんぼりと下げ、目を潤ませた。
「陛下。私は何も意地悪でこんなことを申し上げているのではありません。亡き国王陛下――あなた様の大伯父さまも、寝所で魔女に甘言を囁かれ、気づかぬうちに中毒性のある媚薬を盛られて、ゆっくりと操り人形にされていったのです」
王は魔女の言いなりになり、治世を乱し、とうとう王弟――ディオンの祖父に討たれた。
魔女さえいなければ実の弟に命を奪われることもなく、賢王として歴史に名を残していたかもしれない。当時の状況を間近で見てきたクレソンはそう思えてならないのだろう。
ディオンもそうした彼の気持ちがわからくもないが……。
「彼女には、そうした野望はないんじゃないか?」
ディオンはここ二週間あまりミランダの言動を注視していたが、彼女は普通のご令嬢と変わらなかった。侍女にも尋ねたが、特に我儘も述べず、与えられているもので満足しているという。
(むしろどこかおざなりに見える……)
ディオンがそう思ったのは、結婚式で着ていた彼女の花嫁衣装だ。
上等な生地であったが、少し古いデザインのようで……そのことに少し違和感があり、ミランダにはもっと別のものが似合う、と思ったのだ。
(急遽嫁ぐことになって衣装を準備できなかったのか?)
ジュスティーヌはともかく、ミランダは両親に溺愛されていたという。だから多少無理をしてでも娘に似合ったドレスを用意するものではないか……?
ディオンが沈黙して考えているのを迷っていると思ったのか、クレソンが再度訴えかける。
「陛下は女性を知らないから、女性の性根はみな優しいと考えてしまうのです!」
たしかに今まで政ばかり精を出して、女性との付き合いを遠ざけていた。クレソンという厄介なお目付け役がいたことが一番の理由かもしれないが……。
「ともかく、これ以上彼女を放っておくわけにはいかない」
「陛下! どうか行かないでください!」
まるで恋人を引き留めるようなしつこさにさすがにうんざりしてくる。
「せめて私にそばで見守らせてください!」
「いい加減にしろ! そんなもの見せられるわけないだろう!」
「しかし……!」
はぁ、とディオンは額に手を当てる。
「わかった。何かあったら呼び鈴を鳴らす。もし刃物や怪しげな薬を使っていたら、俺がその場で取り押さえる。それでいいだろう?」
「……かしこまりました」
渋々であったが納得してくれたクレソンに、やれやれとディオンは肩を竦めた。
(ドレス、なんとかなってよかったわ)
ジュスティーヌのために用意していた花嫁衣装を着用するわけにもいかなかったので、急遽母のおさがりを譲ってもらったのだ。
母は新たに作ることを希望したが、「式に出席できないお母様と同じドレスを着たら、見守ってもらっている気持ちになりますから」と切なげに言えば、涙ぐんで了承してくれた。
やや古いデザインだが、大切に保管されており、また手間暇とお金を贅沢に費やしただけあって、目立って傷んでいるところはなく、侍女や貴族たちもみな褒めてくれたから問題ない。
(お世辞なのかもしれないけれど)
花婿であるディオンはミランダを見て、一瞬眉をひそめていたから似合っていなかったのかもしれない。しかし口では「綺麗だ」と言ってくれたので、気にする必要もない。
大聖堂での儀式が終わると、長い長い宴が夜まで続き、そこから湯浴みをして、初日に宛てがわれた部屋とは違う、夫婦の寝室で待つよう告げられた。
これから花嫁と花婿にとって、一番大事な義務があるのだが――
(どうしましょう……すでにもう、体力の限界だわ……)
世の中の夫婦は本当にここから初夜を成し遂げたというのか。すごすぎる。体力には自信のある方だったが、思い上がっていたようだ。
(少しだけ……たぶん部屋に訪れたら、起こしてくれるはずだから……)
それまで目を閉じて疲れを癒していようと、ミランダはふかふかの寝台に身を沈めてしまった。
◇
一方ディオンは湯浴みを済ませ、王妃の待つ寝室へ向かおうとしていた――のだが、「行かないでください! 陛下!」とクレソン公爵に引き留められていた。
「今夜一緒に過ごしてしまえば、陛下はあの方の夫となってしまいます!」
「大聖堂で夫婦の誓いをしたのだから、俺はすでに彼女の夫だ」
「いいえ! まだ肉体は清いままでございます! 何かあっても、取り返しがつきます! 貞操を守り抜くのです!」
「俺は男だぞ……」
「では童貞を守り通してください!」
はぁ……とディオンは一度抵抗を止め、クレソンと向き合った。
「クレソン。おまえが俺を心配する気持ちはわかる。だがこの二週間ばかり彼女の様子を観察して、特におかしなところはなかったではないか」
「いいえ陛下! 悪女の本性というのは閨の中で発揮されるものでございます! 陛下が喰われるのはこれからでございます!」
鼻息荒く捲し立てるクレソンはふとそこで眉をしょんぼりと下げ、目を潤ませた。
「陛下。私は何も意地悪でこんなことを申し上げているのではありません。亡き国王陛下――あなた様の大伯父さまも、寝所で魔女に甘言を囁かれ、気づかぬうちに中毒性のある媚薬を盛られて、ゆっくりと操り人形にされていったのです」
王は魔女の言いなりになり、治世を乱し、とうとう王弟――ディオンの祖父に討たれた。
魔女さえいなければ実の弟に命を奪われることもなく、賢王として歴史に名を残していたかもしれない。当時の状況を間近で見てきたクレソンはそう思えてならないのだろう。
ディオンもそうした彼の気持ちがわからくもないが……。
「彼女には、そうした野望はないんじゃないか?」
ディオンはここ二週間あまりミランダの言動を注視していたが、彼女は普通のご令嬢と変わらなかった。侍女にも尋ねたが、特に我儘も述べず、与えられているもので満足しているという。
(むしろどこかおざなりに見える……)
ディオンがそう思ったのは、結婚式で着ていた彼女の花嫁衣装だ。
上等な生地であったが、少し古いデザインのようで……そのことに少し違和感があり、ミランダにはもっと別のものが似合う、と思ったのだ。
(急遽嫁ぐことになって衣装を準備できなかったのか?)
ジュスティーヌはともかく、ミランダは両親に溺愛されていたという。だから多少無理をしてでも娘に似合ったドレスを用意するものではないか……?
ディオンが沈黙して考えているのを迷っていると思ったのか、クレソンが再度訴えかける。
「陛下は女性を知らないから、女性の性根はみな優しいと考えてしまうのです!」
たしかに今まで政ばかり精を出して、女性との付き合いを遠ざけていた。クレソンという厄介なお目付け役がいたことが一番の理由かもしれないが……。
「ともかく、これ以上彼女を放っておくわけにはいかない」
「陛下! どうか行かないでください!」
まるで恋人を引き留めるようなしつこさにさすがにうんざりしてくる。
「せめて私にそばで見守らせてください!」
「いい加減にしろ! そんなもの見せられるわけないだろう!」
「しかし……!」
はぁ、とディオンは額に手を当てる。
「わかった。何かあったら呼び鈴を鳴らす。もし刃物や怪しげな薬を使っていたら、俺がその場で取り押さえる。それでいいだろう?」
「……かしこまりました」
渋々であったが納得してくれたクレソンに、やれやれとディオンは肩を竦めた。
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