虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました

りつ

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 ともあれ、ジュスティーヌはグランディエ国へ輿入れすることが決まった。

(お姉様。どうか幸せになってください)

 王都を出発するまであと二週間。

 ミランダは散歩と称しては姉の暮らす離宮まで歩いていき、外から姉の旅立ちを悲しんだ。夜はバルコニーへ出て姉のいる方角を向きながら、無事幸せになれることを神に祈った。

(どうか。どうか。ジュスティーヌお姉様を幸せにしてください!)

 これだけ願えばきっと神も願いを聞き入れてくれるはず。そう信じて疑わなかったのだが――

「大変なことになりました。姫様」

 いつもは人目を忍んで最低限の業務報告をするロジェが、朝食の席に現れてミランダに耳打ちした。瞬間、ミランダの頬が思いきり引き攣る。

「お姉様が護衛騎士と一夜を過ごした、ですって?」

 姉の身の回りの世話をする侍女や護衛は、ほとんどミランダが手配した者たちだ。だが中にはジュスティーヌのことを心から敬愛し、仕えている者もいる。

 オラースという男も、その一人であった。

 護衛騎士として配置された彼は忠実に職務を全うしているうちにジュスティーヌの境遇を不憫に思い、いつしか忠誠心以上のものを抱いてしまったらしい。

「で? 理性に抗い切れず襲ったってわけ?」

 場所はジュスティーヌの離宮。胴体を縄で縛り上げられたオラースが床に転がされ、尋問――事情聴取を受けていた。

 一応何かの間違いかもしれないと、まだ表沙汰にしてはいない。だが侍女や姉の様子を見る限り、男女の契りを交わしたのは確かなようで、一体どういうつもりでオラースがジュスティーヌを襲ったのか、事と次第によっては八つ裂きに処す所存であった。

「さぁ、嘘偽りない真実をおっしゃい」

 ぐりぐりとヒールのある靴で容赦なくオラースの尻を踏みつければ、そばに控えていたロジェが「姫様。そのような者の尻を踏みつければ、あなた様のおみ足が穢れます」と止めさせた。

「でも怒りが収まらないのよ」
「では私が代わりにその男の尻を踏みましょう」

 二人のやり取りをよそに、オラースが真摯な眼差しで訴えた。

「僕はジュスティーヌ様を愛しております。彼女は同じ王女であるというのに、貴女と違い、こんな離宮に押し込められて、あまつさえ蛮族のいる異国へ嫁がされるという! これ以上の不幸な出来事がおありでしょうか!」
「おだまり!」

 ミランダは一際強く尻を踏んでやると、オラースは「あぁっ」と哀れな声で啼く。

「おまえはお姉様のためと言いながら、結局自分のものにしたかっただけでしょう!」
「さ、最初は逃亡を企てていたのです。あっ、やめてくださいっ」
「逃亡ですって!?」

 新たなる暴露にミランダは眉を吊り上げた。それと同時にヒールも深く相手の尻肉に埋まっていく。痛みを通り越し、オラースが新たな扉を開けようとした時――

「ミランダ! オラースに酷いことしないで!」

 姉のジュスティーヌが勢いよく扉を開けて、オラースのそばへ跪き、彼の尻を守った。

「お姉様……どうしてそんな男を庇うのよ」

 姉は貞操を奪われたのだ。しかもあと少しで輿入れという時にである。なんという裏切り。辱しめだろうか。

「ちがうの。彼は何も悪くないの……」
「いいえ、この男が悪いわ。嫌がるお姉様を無理矢理――」
「私が、彼に捧げたのです」
「は?」

 聞き間違いだろうかと目を瞬くミランダに、ジュスティーヌははっきりと告げた。

「私はオラースを愛しております。ですからどうしても一夜の思い出が欲しかった……いいえ、本当は彼と結婚したいの!」

 かつてこれほど姉が自分の気持ちをはっきりと口にしたことがあっただろうか。いや、なかったはずだわ……とミランダは思いながら、姉に確認する。

「じゃあお姉様とその男は両想いということ? 合意の上で結ばれたというわけ?」
「まぁ、ミランダ……」

 ジュスティーヌはポッと顔を赤らめた。その表情を下から見ていたオラースも「姫様……」と頬を染めた。二人は互いに見つめ合い、どちらともなく微笑み合った。

 どこからどうみても、愛し合う恋人の姿である。

「……っ」
「姫様!」

 ミランダはくらりと眩暈に襲われ、ロジェに抱きとめられた。

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