上 下
7 / 51

名案

しおりを挟む
 つい先ほど出て行ったと思われるロジェがもう帰ってきた。
 本当に様子を見てきたのかと半目になるミランダに、ロジェは肩を竦めた。

「侍女は予定通りドレスを渡しました。ただ向こうの侍女と熱心に今回の舞踏会で玉の輿に乗れそうな男が来るかどうか話し始めたので、先に帰ってきたんです」
「それはまた……まぁ、いいわ。それでお姉様のご様子は?」
「いつもと変わらず。孤児院に寄附する刺繍に精を出されておられましたよ」

 その姿が難なく想像でき、ミランダはため息をついた。

「本当は王女として、もっと華々しい生活を送れるのに……」
「姫様。来月の舞踏会にジュスティーヌ様を出席させ、そこで素敵な殿方に見初めてもらうご予定ですよね?」
「そうよ。素敵な殿方に見初められて、一発逆転を狙うのよ」
「失礼ながら、ジュスティーヌ様の性格的に、難しいのではないでしょうか」
「それは……」

 物心ついた時から父に見捨てられ、姉はすっかり質素な生活に慣れてしまった。華々しい行事に参加することもどこか苦痛そうで、控え目な性格に拍車がかかってしまったように思う。

「で、でも! 何もお姉様の方からガツガツ男を漁らなくても、向こうから――」
「ジュスティーヌ様の美貌と身分を目当てに、見かけだけの男が寄ってくる絵ならば想像できますが」
「うっ……」

 そしてそんな男どもに囲まれて、泣きそうな表情で困り果てる姉の姿。それを遠くから見て嫉妬する母の悪鬼の表情。

 ミランダはガクッと膝をつき、自分の計画の失敗を悟った。ロジェは感情の読めない……それでもどこか主人を憐れむような、冷めた目で見ていたが、「姉上ーいるー?」と部屋の外から呼びかける間延びした声に扉を開けに行った。

「あ、ロジェもいる。また僕に内緒で面白いことしていたんでしょ? 仲間外れはよくないよ……って、なんで姉上は床で崩れ落ちているの? みっともないし、ドレス汚れるからやめなよ」

 呑気な声でぽんぽん言いたいことを言う弟を、ミランダは恨めしげに見やった。

「カミーユ。一体何の用よ」

 ミランダの弟、カミーユは次期国王として毎日みっちりスケジュールが埋まっている。自分のもとを訪れる暇もないはずだ。

「そう邪険にしないでよ。少しくらい息抜きしないと、僕もどうにかなっちゃうんだって」

 やれやれと勝手に座り心地の良いソファに腰掛けながらカミーユは寛ぎ始める。

「いい御身分ですこと」
「姉上だって同じだろう? ロジェと二人、何をこそこそ企んでいるの? まぁ、大方ジュスティーヌ姉様のために舞踏会でいい男を見繕ってやろうとでも考えているんだろうけど」
「その通りでございます」

 返答に窮する主人に代わって、ロジェが大当たりだと告げる。やっぱりね、とカミーユは笑った。

「そんなことしても無駄だよ。目ぼしい男はすでに婚約者がいるだろうし、いたとしても、母上が絶対許さない」
「……わからないじゃない。普段は社交界を毛嫌いしている氷の騎士(見かけに反してとっても優しい)とか偏屈研究者(でも爵位持ちの超美青年)とか、距離的にいつも欠席している辺境伯がたまたま出席して、偶然お姉様と恋に落ちたりとか!」
「ないない。肥満体系の男とか、女好きの色狂いとか、バツがついている中年男とか、そんな人間しか売れ残っていないね」

 ばっさりとカミーユに切り捨てられ、ミランダは奥歯を噛みしめる。

「くっ……こうなったら!」
「婚約者のいる男をわざと引き裂いて、ジュスティーヌ姉様に宛てがう? そんなことしたら、姉様はますます女性に嫌われるだろうね」
「別にわたしの評判はどうでもいいのよ」
「結果的に母上が娘の評判が悪いのはあの女のせいよ! って怒りの矛先をジュスティーヌ姉様に向けても?」

 またしてもカミーユの正論にミランダはぶすりと黙り込む。

「何よ。さっきから文句ばっかり。あなたはお姉様に幸せになってほしいとは思わないの?」
「姉といっても半分しか血繋がっていないし、そもそも僕、ほとんど会ったことないもん」

 冷たいやつ! とミランダはそっぽを向いた。ジュスティーヌに対してはあまり情の湧かないカミーユであるが、実の姉であるミランダに臍を曲げられるのは弱いらしい。

 悪かったよ、と先ほどより姿勢を正して一緒に考え始める。

「そうだね……現実的に考えると、ジュスティーヌ姉様がこの国で幸せになるのは難しいかも」
「お母様の目があるから?」
「そう。だから……いっそのこと、国外へ嫁いでみたらどうかな」
「国外……」

 異国へ嫁ぐということである。別に珍しいことではない。王女であるならば、かつては人質として、戦争のなくなった今でも国同士の友好を深めるために輿入れすることはよくある。

「でも、お姉様には荷が重すぎるんじゃないかしら……」
「確かに大変だろうけど、他国ならさすがに母上も手を出せないだろうし、向こうも王妃として手厚く保護するはずだよ」
「ですが、王妃殿下はジュスティーヌ様を嫁がせることをお許しになられるでしょうか」

 黙って姉弟のやり取りに耳を傾けていたロジェがふと零す。ミランダも難しい顔をした。

「そうね……お母様のことだから、あえて酷い嫁ぎ先を見つけてきそうだわ。王妃の他に側室が何人もいたり、妃になるに見せかけて後宮の一人にさせる縁談とか……」

 三人は沈黙した。

 父は国王として普段それなりの手腕を見せているが、母のこととなると別である。母に甘い声と表情で迫られると強く出られない。言いなりになってしまうのだ。

 普通ならそんな王嫌であるが、母の願い事というのは決まってジュスティーヌに関することなので、臣下たちは問題ないと見なしている。それでいいのか、と強い憤りを覚えるものの、王女に過ぎないミランダにはどうすることもできなかった。

「あ、そうだ。縁談といえば、姉上にも見合い話がきているそうだよ」
「わたしにも? 今は姉様のことで自分のことを考える余裕はないんだけれど……相手は誰?」
「グランディエ国の王様だってさ」
「グランディエ国? 数十年前クーデターが起こった国ですか?」

 相手の出自に、本人よりロジェが素早く反応する。

「そう。先々代の王弟派が魔女に狂った王に代わって、王権を奪ったんだ」
「魔女?」
「傾国の美女ってやつだよ。処刑されちゃったけど、かなり色事に長けていたみたい」
「ふーん……」

 どこの国にもそういった話はあるのか、とミランダは他人事のように思った。

(お母様も、さすがにそこまではならないわよね?)

「国王が腑抜けだったとはいえ、武力で政権を奪ったのでしょう? そんな国に姫様を嫁がせるのですか」

 自分の嫁ぎ先になるかもしれないというのにどこか反応の薄いミランダに代わり、ロジェが鋭く指摘する。何となく彼自身が異議あり、と言いたげであった。

「もう過去の話だよ。あの頃はどこの国もカッカしていただろう? それに魔女は無事に追放されて、国内の治安も安全。芸術に力を入れて、演劇が流行っているらしい。今の王様も、若いのにかなり有能らしいよ」
「有能ですって?」

 急に話に食いついてきた姉を、カミーユは不思議そうに見る。

「うん。頭も良くて、武人の才もあって、民にも慕われていて……あ、ついでになかなかの美男子らしい」
「それよ!」

 いきなり大声で叫んだミランダにカミーユは「え?」と素っ頓狂な声を上げる。ロジェの方はというと、また良からぬことを……と言いたげにほんの微かに目を細めた。

「わたしに代わって、お姉様がその方に嫁げばいいんだわ!」

 カミーユはポカンとした顔をする。ロジェは無表情。一人、ミランダだけがなぜ今まで思いつかなかったのだろうと表情をキラキラさせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...