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嫌がらせ

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「――ねぇ、ちょっと」

 数年後。十八歳になったミランダはふかふかのクッションが敷き詰められたソファに腰掛け、冷めた眼差しで侍女を呼び寄せる。

「これ、もう要らないから離宮で寂しく暮らしているお姉様に渡してきてくれる?」
「かしこまりました」

 ミランダはまだ一度も袖を通していないドレス――彼女のサイズ、好みには合わず、こっそり侍女から聞き出したジュスティーヌのサイズに、彼女の魅力を一番引き出す最新のドレスを国一番の仕立て屋に、最高級の素材を使用させて作らせたドレスを、さもおさがりを可哀想な姉に気紛れで下賜してやる口調で、侍女に下げ渡すよう命じた。

「ああ、そうだ。このネックレスとブローチもあげるわ。わたくしはお父様にもっといいものを買ってもらうから、必要ないもの」

 ついでとばかりにアクセサリーも持たせる。もちろんこれも、姉の好みに合わせた、他のドレスにも合わすことができるものを吟味して選んだ品だ。

「……ミランダ様。こんな高価なものをジュスティーヌ様に差し上げるのですか?」
「そうよ。さっさと行って、お姉様の困惑するお顔をとくと拝見してきなさい」

 早く、と急かせば、侍女は戸惑いながら言われた通り部屋を後にした。

 彼女が確かに出て行ったことを確認したミランダは、パンッパンッと手を叩く。誰もいない部屋で埃でも払ったのかと思えば――

「お呼びでしょうか、姫様」

 一体どこから現れたのか、銀髪の髪色に紫紺の瞳をした青年がミランダの足元で跪いていた。

 彼の名前はロジェ。

 ミランダがまだ小さい頃、賓客が見世物として連れてきていた奴隷である。主人の目を盗んで王宮の子どもにいじめられて――いたのだが、こちらが引くほど返り討ちにさせていたところをミランダが見かねて間に入ったのが出会いである。

 その際の妙に太々しい態度というか、実にけろりとしたロジェの様子に、彼女は気骨ある人間だと思い、いろいろ仕込んだら面白そうだと自分の従者として譲ってもらったのだ。

 以来、ミランダの手足となって、あれこれお願いを聞いてくれている。今も――

「ロジェ。あの者がきちんとお姉様の離宮へ行って渡してきたか……途中でくすねていないかどうか、後をつけなさい」
「かしこまりました」

 ロジェはスッと立ち上がり、任務を遂行としたが、その前にふと物言いたげな視線を主へと向ける。

「なにかしら」
「いえ。初めから私に言いつけてくだされば、予定な手間も省けたと思いまして」
「お姉様の味方になりうるかどうか、確かめているのよ。彼女がお姉様の侍女と口裏を合わせて横取りしている可能性だってあるんだから」

 実際以前にもあった。

「だからわざと泳がせていると?」
「そうよ。わかってるじゃない。あぁ、そうだ。ついでにお姉様周りの侍女の様子も見てきて。あ、それとこの前修繕した部屋の様子も。それから配膳される料理のメニューに、庭師の腕前でしょう。あっ、一番はお姉様の様子ね。悲しそうな顔をしていらしたら、何か面白いことでもして笑わせてあげなさい」
「過重労働すぎます」
「あなただから見込んでいるのよ。給金を増やしてあげるから、頑張りなさい」
「……行ってまいります」

 まだ何か言い足りない様子ではあったが、これ以上抗議しても無駄だと悟ったロジェは窓際へ寄って、躊躇なく飛び降りた。遠い異国で育ったという彼の身体能力はずば抜けており、どこか人間離れしている。

(わたしが贈ったドレスをお姉様が着て、舞踏会に出席すれば……)

 ミランダは考えた。どうしたら母の機嫌を損なわず、不遇な境遇に置かれた姉を気にかけてやれるか。

 答えは嫌がらせに見せかけてジュスティーヌの身の回りを改善する、という実に面倒で遠回りな手法であった。

(最初はお母様に見つからないよう根回ししても、結局侍女を通じて見つかってしまうのよね)

 母オデットは娘が善意を持ってジュスティーヌに関わることを嫌った。ならば悪意を持って接すればいいじゃないかと思ったのだ。

 だからドレスの件しかり、王妃の従順な手先――ジュスティーヌに意地悪するために送られた侍女たちを「お姉様にはもったいないから、わたしの世話係になりなさい」と横から奪っては、代わりに姉のことを気にかけてくれる優しい侍女を手配した。

 他にもわざとボロボロの状態を保ったまま、離宮の改善をするよう業者に命じたりした。彼らは「なんて無茶な命令なんだ!」と言いながらも、視覚的に蜘蛛の巣が張られてあったり、床が抜け落ちたように見える細工をしながら、実際は姉が快適に過ごせるよう修繕してくれた。

「いつも思いますが、面倒臭すぎませんか」
「仕方ないでしょう。わたしが表立ってお姉様に優しく接すれば、ますますお母様が暴走する危険も――って、もう帰ってきたの?」

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