童貞遊び人の一途な執愛 ~婚約者である王子様の元カノ&隠し子が現れたのでさすがに婚約破棄します~

りつ

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孤児院への訪問

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 舞踏会の翌日。
 グレイスは新聞の記事を読んで微笑んだ。

『ついに報われた恋。王太子を陰で支え続けた恋人たち』

 アンドリューとリアナだけではなく、グレイスとレイモンドのことにも――むしろこちらが主題のように書かれており、グレイスはほんの少しだけ愉快な気分だった。

 そんな彼女にレイモンドが今後のことを尋ねてくる。

「グレイス。帰国はいつにする?」
「そうね……」

 舞踏会はまだ数日続く予定だったが、本来の目的はすでに果たしたので、グレイスはもう帰ってもいいかなと思っていた。

「パトリシアやお兄様とはもっと話していたいけれど……」
「彼らは向こうに招待すればいいじゃないか」

 隣に腰かけてきて、レイモンドはそう提案した。

「それもそうですね……。あ、でも孤児院には寄りたいわ」
「孤児院か……」

 どこか気乗りしない声に、グレイスはもしかしてと笑いかける。

「孤児院の名前でわたしに花束を贈っていたことがばれて、恥ずかしい?」

 あぁ、と彼は少し困った顔で頷いた。

「院長には、グレイスへの気持ちがばれているからな」
「別に気にしなくていいのに」

 グレイスはレイモンドの手に触れて、指を搦める。

「すごく嬉しかったんですよ。……アンドリュー殿下のことで落ち込んでしまった時も、あなたにもらった花を見ると、慰められるような気がして、また頑張ろうと思えたの」

 レイモンドの存在を知らなくても、その時グレイスは彼に救われていたのだ。

「ふふ。光のせいかもしれないけれど、花もきらきら輝いていて、見る度に魔法みたいって思ったわ」
「……実はあの花には俺の魔力が込められているんだ」
「え?」

 驚いて彼を見れば、搦められた指先に目を落としながら教えてくれる。

「毎日貴女のことを思いながら花を摘んでまとめていく途中で、手から魔力が零れ落ちるんだ。何も知らない人間からすれば、花粉や金粉でもまぶしたように見えるだろうな」
「ええ見えるわ。……実は、最近はもっと特別に見える時があるの。うっすらと虹がかかったような……」
「そうなのか? ……もしかすると――」

 レイモンドはグレイスを見つめ、なぜか顔を赤くさせた。

「レイモンド様?」
「あ、いや、何でもない! うん……その、ずっと一緒にいるから、特別に見えるんだろうな」
「まぁ、なんだか素敵ですわね。でもその頃からそういった……魔法? が使えていましたの?」

 グレイスの質問にレイモンドは少し笑った。

「魔法なんてそんな大げさなものじゃない。そうだな……グレイスはスプーン曲げとかをする手品師を見たことがあるか? それと似たようなものだよ」
「よく、わからないわ……」
「そんなに大したことはできないってことさ」

 レイモンドはそう言うが、グレイスはとてもすごいことだと思った。

「わたし、あなたのように魔力を行使? する人は初めて見たわ。魔法は今や廃れてしまって、王族の証を示す時に使われるくらいしか用途がないって王宮の魔術師に聞いたから……。あなたの他にも、そんなふうに使える人はいるのかしら」
「どうだろう……。だがたぶんいないだろうな。すごく神経を使うし、何と言うか……針穴に太い糸を通す感覚だから……。まずは糸を解いて、通る細さにする感じで……とにかく膨大な時間を食って、真面目に取り組もうとするのはよほどの暇人だけだ」

 その言い分だとレイモンドはよほど時間があったといえる。

「貴女に会いに行く時以外は本当に暇だったから……離宮からも基本出てはいけないと言われていて、することがなくて魔力と向き合うくらいしかなかった」

 独力で覚えたという。なおさらすごいことだとグレイスはただただ驚嘆する。一方で、それだけ彼に時間が――孤独があったのだと知り、胸が痛んだ。

 しかし同情されるのも嫌だろうし、グレイス自身、可哀想だと思うのは違う気がした。

「あなたの魔法が、わたしを救ってくれていたのね」

 言葉にして、しっくりとくる。

 そうだ。レイモンドの魔法が、グレイスとの縁を繋ぎ、今こうして結ばれる道標の役割を果たしてくれたと考えれば、彼の時間は無駄ではなく、必要なことだったのだ。

(……って考えるのは、傲慢かしら)

 すべて自分のために――なんて考え方、今までのグレイスならしなかった。

 でもレイモンドから「貪欲になってほしい」と頼まれ、まずは思考から変えていくべきではないか……と生真面目な彼女は考えた。

「そうか。貴女を救う手段にもなりうるのか……もう少し神経を集中すれば、物を動かしたり壊すことも可能かもしれない……今度試してみるか……」
「レイモンド様? 魔法を使えるのは素晴らしいことですけれど、危ないことには使わないでくださいね?」

 ぶつぶつと何か思案する横顔に、グレイスは何だか心配になり、念のため釘を刺しておいた。

 レイモンドが顔を上げ、わかったと笑顔で了承してくれたが……グレイスは少し不安だった。

「それより、孤児院へ行く件だが、やはり貴女一人で行ってきてもらってもいいだろうか? 貴女の父君から個人的に話がしたいと使いの者がきて、明日、貴女が孤児院に行っている間に会ってこようと思う」
「まぁ。父から? でしたら、わたしも一緒に行った方が……」
「いや、悪いが、貴女はまだ時間を置いて会った方がいいだろう。昨日の出来事もあるから、その……」

 言いにくそうなレイモンドに、グレイスは微笑んだ。

「わかりました。では、父と話すのはまた今度にしますね」
「すまない。貴女と侯爵の仲を違えるつもりはなかったんだが……」
「お気になさらないで。今はまだ時間が必要なのです。もう少しすれば、きっと父もわたしたちのことを認めてくれるはずです」
「グレイス……」

 レイモンドが自分の不甲斐なさを悔やむような表情をしたので、グレイスは彼に抱き着き、耳元で囁いた。

「わたし、後悔していませんわ」

 たとえ父が離れるよう命じても、絶対に従わない。
 自分はもうレイモンドの妻なのだ。

     ◇

 次の日。グレイスはレイモンドを見送ると、すぐに自分も馬車に乗り、孤児院へと向かった。

「お久しぶりでございます、グレイス様」

 出迎えた院長夫妻はグレイスを見ると懐かしそうに目を細め、まずは客間へと案内し、丁重にもてなしてくれた。

「レディング公爵と結婚したとお聞きしました。おめでとうございます」
「ありがとうございます。主人から花束のことを聞いたのですけれど、先生方はいつから彼と知り合いでしたの?」
「いつだったかしらね……。もう十年くらい前になるのかしら」
「ちょうど閣下が向こうへ行った時くらいじゃないかな。隣国からレディング公爵の使いが現れて、一体何事かと驚いたものだよ」

(そんなに前から……)

 ふふ、とそこで院長夫人が口に手を押さえて笑みを零した。

「彼ね、どうか自分のことは伏せておいてほしいとお願いして、貴女の様子を頻繁に手紙で尋ねてくるから、最初怪しい人なんじゃないかと疑ってしまったの。それで事情をご本人から説明していただくまでは名前を貸すことはできませんって断ったら、わざわざこちらにまで足を運んでいただいてね、私が根掘り葉掘り聞いていたら、だんだんしどろもどろになったご様子で、貴女への想いを打ち明けてくれたのよ」

 グレイスはその時のレイモンドが難なく想像できてしまい、おかしくも、少し気の毒にも思った。

「好きならば直接ご自身の名前で渡してあげればいいのに、あなたに気を遣わせてしまうだろうから、っておっしゃって……本当のことを打ち明けてしまうおうか、ずっと迷っていたのよ」

 レイモンドの気持ちをずっと知っていたからこそ、もどかしい気持ちが生まれたという。

「だから、あなたと公爵閣下が一緒になられたと知り、とても嬉しかったよ」
「……そうだったのですね」

 グレイスが視線を下げ、レイモンドへの自分への想いを噛みしめていると、扉が開き、以前は見慣れない職員の女性がお茶を運んできた。

「子どもたちが作ったクッキーもあるのよ。どうぞ食べてくださいな」
「はい。いただきます」

 夫人はグレイスのメイドにも勧め、グレイスも一緒に食べましょうと誘う。少し歪な形をしながらも、一生懸命作ったと思われるクッキーを口にしながら、グレイスは先ほどの女性について触れてみる。

「わたしがいない間に、新しい先生が入ったようですね」
「ああ。あの子は昨日入ってきたばかりの女性なんです」
「昨日?」
「ええ。もともと王宮で働いていた女性で、奉仕活動に興味を抱いて、うちを紹介してもらったそうなの」
「へぇ……」

(そんな方もいるのね)

 直接話してみたい気もしたが、王宮に出仕していた人間とあってはいろいろ訊かれるか、向こうも気まずく思うかもしれないので、グレイスはやはりやめておこうと出してくれた紅茶を飲みながら思った。

 その後子どもたちと遊んだりしているうちにあっという間に時間が過ぎ、日が暮れる前にお暇することにした。

 別れ際グレイスはこれからも変わらず寄付を続けていくことを伝え、困ったことがあったら遠慮なく手紙で知らせるか、オルコット侯爵家を頼ってほしいと告げた。

「今度はぜひ、ご主人といらしてくださいな」
「ええ。でもあまりからかわないであげてくださいね」

 そう約束すると、グレイスは院長夫妻に見送られながら孤児院を後にする。

(久しぶりだったからかしら、何だかすごく疲れてしまったわ……)

 身体が重く、ものすごく瞼が重い。

 グレイスの眠気に気づいたのか、同乗していたメイドが屋敷に着くまで眠っているよう勧めてくる。

(彼女も、眠たそう……)

 自分が眠った方が、彼女も休めるかもしれない。

「そうね、少し、眠らせてもらう、わ……」

 もう瞼が重たくて仕方がなかった。今までどんなに疲れていてもこんなふうに眠くなることなどなかったので、なんだかおかしいと思った時には、グレイスは意識を手放していた。

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