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「――お姉様。本当に出席するの?」
すでにドレスに着替えて準備を済ませたグレイスに、今日何度目かわからない問いをパトリシアは口にする。その顔は不安そうで、姉が好奇の視線に晒されることを心配していた。
「ええ、行くわ」
「でも……きっとあれこれ言われてしまうわ。それに主役はリアナと彼女の子どもになるでしょう? お姉様は二人の引き立て役になるかもしれないのに……」
「ふふ。だったらレイモンド様との仲を見せつける絶好のチャンスね」
目を丸くするパトリシアの頬をそっと撫で、グレイスは悪戯っぽい眼差しで片目を瞑った。
「パトリシア。こういう時は潔く諦めて、堂々としていた方が意外と上手くいくものよ」
「……お姉様、かっこいい」
「そうだ、パトリシア。俺の妻は世界一かっこよくて美しい人なんだ」
扉近くで立ち聞きしていたレイモンドが我が事のように誇らしげな顔をして入ってくる。
「あら、お義兄様。そんなこと言われなくたってよくわかっているわ」
「そうか。それは失礼した。だが改めて言っておきたくてな。きみの大事な姉君は、俺がそばで守るから何も心配ないと」
パトリシアはじっとレイモンドを見つめ、やがてやれやれといった様子で肩の力を抜いた。
「ええ。お義兄様を信頼しているわ。お姉様のこと、どうぞよろしくお願いします」
◇
「そのドレス。よく似合っている」
王宮へ着き、馬車から降りる際、これまた何度目かわからない褒めの言葉をもらう。
今日のグレイスは濃紺のドレスを着ていた。暗めの色合いが彼女の白い肌を際立させ、惜しみなく縫い付けられた、たくさんの小粒の宝石が夜空を彩る星のように輝いている。
「貴女が一等、輝いているな」
「ありがとう。ドレスもですけれど、わたし、このイヤリングも気に入っていますの」
左右につけた緑と青の宝石は、レイモンドの瞳を連想したものだ。
「グレイス……」
場所を忘れてレイモンドが顔を近づけてこようとするので、グレイスはドレスの色と合わせた黒いオペラグローブでやんわりと阻止する。
「レイモンド様。とりあえず中へ入りましょう」
案内役を任された侍従が困惑した表情で立ち尽くしている。
自分に見惚れるレイモンドを促しながら、グレイスは懐かしの王宮へと足を踏み入れた。
すでに噂が十分広まっていたおかげか、貴族たちの視線が否応なく突き刺さってくる。その中にはグレイスの友人もおり、心配したり話を聞きたそうな様子であったが、遠巻きに眺めている貴族たちと同様、安易に近づいていいものか迷っていた。
(お兄様も来ているはずだけれど……)
「グレイス!!」
声だけで怒りの感情が伝わってくる。グレイスの父親、オルコット侯爵であった。グレイスは父に罵声を浴びせられると思ったか、どんな時でも貴族としての品格を常に忘れるなと言っていた父はグッと感情を押し留め、話があると告げてきた。
「ここでは注目を浴びる。部屋へ……いや、侯爵家へ帰るぞ」
「いいえ、お父様。お話ならどうぞここでなさってください」
「グレイス。こんなところで話せるはずがないだろう。時と場をわきまえろ」
グレイスは艶やかに微笑んでみせた。
「どうして? わたしとレイモンド様の結婚を祝福してくださるのに、周囲の目を気にする必要なんてありませんわ」
父が目を見開く。隣にいるレイモンドも息を呑み、次いで小さく笑みを浮かべたのがわかった。
グレイスは生まれて初めて、父に逆らった。喧嘩を売ったのだ。
これまで何一つ親に逆らったことのない従順な娘の反抗に、父はしばし言葉を失っていたが、やがて唇を震わせ、抑え込んでいた怒りを人目も憚らず爆発させた。
「おまえというやつはなんてことを!」
「おやめください、オルコット卿」
サッとレイモンドが前へ出てグレイスを庇った。しかしレイモンドの顔を見ると、父はさらに激昂した。
「貴様! よくも私の娘を唆し、傷物にしてくれたな!」
「いいえ、それは違います。貴女のご息女は私の求婚をきちんと自分の意思で決めたのです。傷物という不愉快な言葉も撤回してもらう。私とグレイスは神とエルズワース王室に認められた、正真正銘の夫婦なのだから」
「父親に認められてもいない結婚で、夫婦になどなれるものか!」
「あなた以外のご家族は――マーティン殿やパトリシア様はみな、グレイスと私の結婚を祝福してくださいました。彼らもまた妻の大事な家族でしょう。認められたと言っていいはずです」
家長である父が反対していることなど、何ら問題ではないとレイモンドはきっぱり言った。
「よ、よくもそんなこと……私は絶対に認めない!」
「父上!」
さらに怒りが爆発しそうな父を、背後から息子のマーティンが追いかけてきて、レイモンドとの間に割って入る。
「こんな場所でおやめください。それに昨夜、きちんとお伝えしたはずですよ。グレイスとレイモンド様の仲を祝福してくださらないのならば、僕にも考えがあると」
「なんだと。一体何のために私が今までグレイスを育ててきたと思っている。おまえもそこの男も間違っている。グレイスが一番幸せになるのはアンドリュー殿下と結婚するしか――」
「国王一家のお出ましです!」
父の怒声を遮るように、国王夫妻とその子どもたちの来場が告げられる。
さすがに父も邪魔するわけにはいかないと口を噤んだが、苦々しい表情は変わらぬままであった。
「みな。よく集まってくれた。今宵の宴も、ぜひ楽しんでいってくれ」
グレイスは壇上のアンドリューを特に注視していたわけではないが、彼の方は誰かを探すように視線を彷徨わせ、グレイスを見つけると眦を吊り上げた。薄い唇を開き、何か言葉を発しようとしたところで、「陛下」と大きな声で呼びかける者がいた。
「……どうした、キャンベル卿」
「突然申し訳ございません」
彼は不躾な態度を言葉では詫びつつ、一歩も引かぬ様子で何かを始めようとしていた。気づいた父が舌打ちして、人混みを掻き分けて仇敵のもとへ向かっていく。
「陛下。この場をお借りして、ご報告せねばならぬことがおありでしょう?」
「キャンベル卿。その話は後で――」
「いいえ! 今でなくてはいけません! アンドリュー殿下の妻を紹介するのは!」
会場がどよめく中、キャンベル公爵は後ろを振り返り、一人の女性を前へ出させる。
ドレス姿のリアナであった。
「さぁ、どうぞこちらへ、リアナ様。皆様、この方は幼い頃からアンドリュー殿下の恋人であり、そして――」
「お、お母さん!」
離れたところから、ジェイクがリアナのもとへ駆け寄る。彼女は我が子を胸の中へ迎え入れ、抱きしめた。その一連の光景はまるで劇でも見せられたかのような気分にさせられる。
「あの子は?」
「アンドリュー殿下とそっくりね」
「では噂は本当だったのですね……」
「皆様のご想像通り、この方はアンドリュー殿下の血を引いたご子息。つまりこの国の王子なのです!」
「キャンベル!」
アンドリューと父が叫んだのはほぼ同時であった。特に父は不意打ちともいえるキャンベル公爵の仕打ちに我慢ならないと肩を掴んで強引に振り向かせる。
「こんな場所で何を考えている!」
「おや、誰かと思えばオルコット卿ではないか。元婚約者であるグレイス嬢は元気かい?」
「き、貴様……」
グレイスの名をわざとらしく出され、父だけでなくレイモンドも握っていた手に力を込めた。
「王太子殿下はグレイス嬢に長年付き纏われていて辟易していたそうですな。リアナ様が王宮から逃げ出してしまったのも、彼女とオルコット卿の圧力がかかったからでしょう」
どうやら公爵はグレイスを相思相愛の二人の仲を引き裂いた悪女として仕立て上げるつもりのようだ。
リアナも当時のことを思い出したように、悲しげな表情をしていた。それが演技なのか、本当のものなのか、グレイスにはわからなかった。
「違う! グレイスはっ!」
アンドリューが壇上から下りてきて、弁明しようとする。
だがやはりキャンベル公爵の方が上手だ。
「おお、殿下! リアナ様とジェイク様をご家族として迎えられるのですね!」
そうしてリアナとジェイクをアンドリューのもとへ押しやる。
リアナが不安そうな顔でひしとアンドリューを見つめれば、彼は怯んだ様子を見せる。その隙に公爵は最後の仕上げとばかりに一気に畳みかける。
「陛下! 今宵の宴は王太子殿下の新たなご家族をお披露目するものだとお聞きしております。私もリアナ様の養父として、このような立派な宴を開いていただき、言葉にできぬほどの思いで打ち震えております」
よくもまぁここまで熱演できるものだとグレイスは半ば呆れながら公爵の名演技を見ていた。
(でもここで違うと否定するのは、国王陛下たちもさすがに難しいでしょうね)
ジェイクの容姿は遠目から見てもアンドリューと生き写しである。血の繋がりはないと言い切るのは無理だ。妻として迎え入れるつもりはないと大勢の前で宣言すれば、未来の国王が女性を弄び、子どもを見捨てたという醜聞を作りだす。
どうあっても、認める選択肢しかなかった。
グレイスとしては、別にそれでいいと思った。むしろ彼らが認めてくれれば、ようやく自分との縁が切れるのだから、嬉しいものだ。
(でもわたしとお父様たちを悪人にするっていうのは――)
「気に食わないな」
まさに自分が思っていたことを口にされ、グレイスは隣を見上げる。レイモンドはそうだろう? と言うように口の端を吊り上げる。グレイスは微笑み、頷き返した。
そして二人は寄り添って、恐れることなく渦中へ飛び込んでいく。潮が引いたように人々は行き先を開け、グレイスたちは難なく舞台へとたどり着いた。
「おや。これはグレイス様。お久しぶりですな。そちらの方は――」
「わたしの愛する夫ですわ、公爵様」
グレイスが堂々とそう告げたことで公爵は少々驚いたようだったが、すぐに好都合とばかりに笑顔になる。
「そうでしたか。アンドリュー殿下を捨てて、そちらの……亡きマデリーン王女のご子息でしたかな。まさか殿下の従兄殿をお選びになるとは、さすがオルコット侯爵家の娘ですな」
王族の血を引いているレイモンドを軽んじるような言葉に、彼の王家での扱いが見えた気がした。
(いいでしょう。あなたがそのつもりならば――)
「公爵様は知らないようですね」
「知らない? 私はすべてを知っているつもりですが」
「いいえ、知らないはずですわ。だってあなたは、わたしが殿下と婚約を解消するまで、話し合いには参加なされていなかったのですから」
参加する資格がなかったのだから。
自分よりも二十も下の娘に憐れむような笑みを向けられ、キャンベル公爵は怒りのためかスッと表情を消した。
「そのせいでいろいろと聞くに堪えない噂を流したのも、無理ないと思います。ですからここできちんと真実をお教えしましょう」
すでにドレスに着替えて準備を済ませたグレイスに、今日何度目かわからない問いをパトリシアは口にする。その顔は不安そうで、姉が好奇の視線に晒されることを心配していた。
「ええ、行くわ」
「でも……きっとあれこれ言われてしまうわ。それに主役はリアナと彼女の子どもになるでしょう? お姉様は二人の引き立て役になるかもしれないのに……」
「ふふ。だったらレイモンド様との仲を見せつける絶好のチャンスね」
目を丸くするパトリシアの頬をそっと撫で、グレイスは悪戯っぽい眼差しで片目を瞑った。
「パトリシア。こういう時は潔く諦めて、堂々としていた方が意外と上手くいくものよ」
「……お姉様、かっこいい」
「そうだ、パトリシア。俺の妻は世界一かっこよくて美しい人なんだ」
扉近くで立ち聞きしていたレイモンドが我が事のように誇らしげな顔をして入ってくる。
「あら、お義兄様。そんなこと言われなくたってよくわかっているわ」
「そうか。それは失礼した。だが改めて言っておきたくてな。きみの大事な姉君は、俺がそばで守るから何も心配ないと」
パトリシアはじっとレイモンドを見つめ、やがてやれやれといった様子で肩の力を抜いた。
「ええ。お義兄様を信頼しているわ。お姉様のこと、どうぞよろしくお願いします」
◇
「そのドレス。よく似合っている」
王宮へ着き、馬車から降りる際、これまた何度目かわからない褒めの言葉をもらう。
今日のグレイスは濃紺のドレスを着ていた。暗めの色合いが彼女の白い肌を際立させ、惜しみなく縫い付けられた、たくさんの小粒の宝石が夜空を彩る星のように輝いている。
「貴女が一等、輝いているな」
「ありがとう。ドレスもですけれど、わたし、このイヤリングも気に入っていますの」
左右につけた緑と青の宝石は、レイモンドの瞳を連想したものだ。
「グレイス……」
場所を忘れてレイモンドが顔を近づけてこようとするので、グレイスはドレスの色と合わせた黒いオペラグローブでやんわりと阻止する。
「レイモンド様。とりあえず中へ入りましょう」
案内役を任された侍従が困惑した表情で立ち尽くしている。
自分に見惚れるレイモンドを促しながら、グレイスは懐かしの王宮へと足を踏み入れた。
すでに噂が十分広まっていたおかげか、貴族たちの視線が否応なく突き刺さってくる。その中にはグレイスの友人もおり、心配したり話を聞きたそうな様子であったが、遠巻きに眺めている貴族たちと同様、安易に近づいていいものか迷っていた。
(お兄様も来ているはずだけれど……)
「グレイス!!」
声だけで怒りの感情が伝わってくる。グレイスの父親、オルコット侯爵であった。グレイスは父に罵声を浴びせられると思ったか、どんな時でも貴族としての品格を常に忘れるなと言っていた父はグッと感情を押し留め、話があると告げてきた。
「ここでは注目を浴びる。部屋へ……いや、侯爵家へ帰るぞ」
「いいえ、お父様。お話ならどうぞここでなさってください」
「グレイス。こんなところで話せるはずがないだろう。時と場をわきまえろ」
グレイスは艶やかに微笑んでみせた。
「どうして? わたしとレイモンド様の結婚を祝福してくださるのに、周囲の目を気にする必要なんてありませんわ」
父が目を見開く。隣にいるレイモンドも息を呑み、次いで小さく笑みを浮かべたのがわかった。
グレイスは生まれて初めて、父に逆らった。喧嘩を売ったのだ。
これまで何一つ親に逆らったことのない従順な娘の反抗に、父はしばし言葉を失っていたが、やがて唇を震わせ、抑え込んでいた怒りを人目も憚らず爆発させた。
「おまえというやつはなんてことを!」
「おやめください、オルコット卿」
サッとレイモンドが前へ出てグレイスを庇った。しかしレイモンドの顔を見ると、父はさらに激昂した。
「貴様! よくも私の娘を唆し、傷物にしてくれたな!」
「いいえ、それは違います。貴女のご息女は私の求婚をきちんと自分の意思で決めたのです。傷物という不愉快な言葉も撤回してもらう。私とグレイスは神とエルズワース王室に認められた、正真正銘の夫婦なのだから」
「父親に認められてもいない結婚で、夫婦になどなれるものか!」
「あなた以外のご家族は――マーティン殿やパトリシア様はみな、グレイスと私の結婚を祝福してくださいました。彼らもまた妻の大事な家族でしょう。認められたと言っていいはずです」
家長である父が反対していることなど、何ら問題ではないとレイモンドはきっぱり言った。
「よ、よくもそんなこと……私は絶対に認めない!」
「父上!」
さらに怒りが爆発しそうな父を、背後から息子のマーティンが追いかけてきて、レイモンドとの間に割って入る。
「こんな場所でおやめください。それに昨夜、きちんとお伝えしたはずですよ。グレイスとレイモンド様の仲を祝福してくださらないのならば、僕にも考えがあると」
「なんだと。一体何のために私が今までグレイスを育ててきたと思っている。おまえもそこの男も間違っている。グレイスが一番幸せになるのはアンドリュー殿下と結婚するしか――」
「国王一家のお出ましです!」
父の怒声を遮るように、国王夫妻とその子どもたちの来場が告げられる。
さすがに父も邪魔するわけにはいかないと口を噤んだが、苦々しい表情は変わらぬままであった。
「みな。よく集まってくれた。今宵の宴も、ぜひ楽しんでいってくれ」
グレイスは壇上のアンドリューを特に注視していたわけではないが、彼の方は誰かを探すように視線を彷徨わせ、グレイスを見つけると眦を吊り上げた。薄い唇を開き、何か言葉を発しようとしたところで、「陛下」と大きな声で呼びかける者がいた。
「……どうした、キャンベル卿」
「突然申し訳ございません」
彼は不躾な態度を言葉では詫びつつ、一歩も引かぬ様子で何かを始めようとしていた。気づいた父が舌打ちして、人混みを掻き分けて仇敵のもとへ向かっていく。
「陛下。この場をお借りして、ご報告せねばならぬことがおありでしょう?」
「キャンベル卿。その話は後で――」
「いいえ! 今でなくてはいけません! アンドリュー殿下の妻を紹介するのは!」
会場がどよめく中、キャンベル公爵は後ろを振り返り、一人の女性を前へ出させる。
ドレス姿のリアナであった。
「さぁ、どうぞこちらへ、リアナ様。皆様、この方は幼い頃からアンドリュー殿下の恋人であり、そして――」
「お、お母さん!」
離れたところから、ジェイクがリアナのもとへ駆け寄る。彼女は我が子を胸の中へ迎え入れ、抱きしめた。その一連の光景はまるで劇でも見せられたかのような気分にさせられる。
「あの子は?」
「アンドリュー殿下とそっくりね」
「では噂は本当だったのですね……」
「皆様のご想像通り、この方はアンドリュー殿下の血を引いたご子息。つまりこの国の王子なのです!」
「キャンベル!」
アンドリューと父が叫んだのはほぼ同時であった。特に父は不意打ちともいえるキャンベル公爵の仕打ちに我慢ならないと肩を掴んで強引に振り向かせる。
「こんな場所で何を考えている!」
「おや、誰かと思えばオルコット卿ではないか。元婚約者であるグレイス嬢は元気かい?」
「き、貴様……」
グレイスの名をわざとらしく出され、父だけでなくレイモンドも握っていた手に力を込めた。
「王太子殿下はグレイス嬢に長年付き纏われていて辟易していたそうですな。リアナ様が王宮から逃げ出してしまったのも、彼女とオルコット卿の圧力がかかったからでしょう」
どうやら公爵はグレイスを相思相愛の二人の仲を引き裂いた悪女として仕立て上げるつもりのようだ。
リアナも当時のことを思い出したように、悲しげな表情をしていた。それが演技なのか、本当のものなのか、グレイスにはわからなかった。
「違う! グレイスはっ!」
アンドリューが壇上から下りてきて、弁明しようとする。
だがやはりキャンベル公爵の方が上手だ。
「おお、殿下! リアナ様とジェイク様をご家族として迎えられるのですね!」
そうしてリアナとジェイクをアンドリューのもとへ押しやる。
リアナが不安そうな顔でひしとアンドリューを見つめれば、彼は怯んだ様子を見せる。その隙に公爵は最後の仕上げとばかりに一気に畳みかける。
「陛下! 今宵の宴は王太子殿下の新たなご家族をお披露目するものだとお聞きしております。私もリアナ様の養父として、このような立派な宴を開いていただき、言葉にできぬほどの思いで打ち震えております」
よくもまぁここまで熱演できるものだとグレイスは半ば呆れながら公爵の名演技を見ていた。
(でもここで違うと否定するのは、国王陛下たちもさすがに難しいでしょうね)
ジェイクの容姿は遠目から見てもアンドリューと生き写しである。血の繋がりはないと言い切るのは無理だ。妻として迎え入れるつもりはないと大勢の前で宣言すれば、未来の国王が女性を弄び、子どもを見捨てたという醜聞を作りだす。
どうあっても、認める選択肢しかなかった。
グレイスとしては、別にそれでいいと思った。むしろ彼らが認めてくれれば、ようやく自分との縁が切れるのだから、嬉しいものだ。
(でもわたしとお父様たちを悪人にするっていうのは――)
「気に食わないな」
まさに自分が思っていたことを口にされ、グレイスは隣を見上げる。レイモンドはそうだろう? と言うように口の端を吊り上げる。グレイスは微笑み、頷き返した。
そして二人は寄り添って、恐れることなく渦中へ飛び込んでいく。潮が引いたように人々は行き先を開け、グレイスたちは難なく舞台へとたどり着いた。
「おや。これはグレイス様。お久しぶりですな。そちらの方は――」
「わたしの愛する夫ですわ、公爵様」
グレイスが堂々とそう告げたことで公爵は少々驚いたようだったが、すぐに好都合とばかりに笑顔になる。
「そうでしたか。アンドリュー殿下を捨てて、そちらの……亡きマデリーン王女のご子息でしたかな。まさか殿下の従兄殿をお選びになるとは、さすがオルコット侯爵家の娘ですな」
王族の血を引いているレイモンドを軽んじるような言葉に、彼の王家での扱いが見えた気がした。
(いいでしょう。あなたがそのつもりならば――)
「公爵様は知らないようですね」
「知らない? 私はすべてを知っているつもりですが」
「いいえ、知らないはずですわ。だってあなたは、わたしが殿下と婚約を解消するまで、話し合いには参加なされていなかったのですから」
参加する資格がなかったのだから。
自分よりも二十も下の娘に憐れむような笑みを向けられ、キャンベル公爵は怒りのためかスッと表情を消した。
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