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夫婦の戯れ*

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「サマンサ様。結婚、おめでとうございます」
「まだ婚約を決めただけよ」

 サマンサはきまり悪そうな顔で素早く訂正すると、スッとカップに口をつけた。

「……最初は、結婚するつもりなんて微塵もなかったのよ」
 
 何も言っていないのに、言い訳するようにサマンサは話し出す。

「でも、何だか急に服装とか髪型とかマシになって、アイデンティティの眼鏡も外して、薔薇の花束とか渡してくるし、手紙付きだし、こっちが居たたまれないくらい緊張しているのに必死で告白してくるから、だから……」
「好きになってしまったんですね」

 グレイスが簡潔にまとめると、ぼっとやかんが沸騰したみたいにサマンサは顔を赤くした。

「ち、違うわよ! まだ好きにはなっていない!」
「でも、結婚を承諾なされたのでしょう?」
「そ、それは……」
「賢明な判断だと思いますわ。そんなに素敵になられたのならば、女性の方も放っておかないでしょうから」

 サマンサは痛いところを突かれたような、困った顔をする。

「内面は結婚相手として問題ない方でしたもの。人気が出る前に結婚しておくのは、いい判断だと思いますわ。もっと喜んでもいいのではなくて?」
「なっ、だって……なんだか見目がよくなったから急に結婚に応じるなんて……最低じゃない。あいつだって本当は内心呆れているかもしれないし……」

 外見の良し悪しで結婚を決めた。相手にそう思われるのを気にしているらしい。

「でしたら、その気持ちを素直に伝えてみたらどうですか?」
「そんなことできるわけないじゃない!」

 レイモンドとグレイスのもとへ単身で乗り込んでくる勇気はあるのに、相手に気持ちを伝えるのは恥ずかしいようだ。

「ではあなたのことが気になっていると伝えるのはどうでしょう? 相手のことをつい考えてしまう、お相手の方もサマンサ様のことを考えているでしょうし、同じだと知れば、嬉しく思うはずです」
「そんなので、喜ぶものかしら」
「不器用でも、伝えることが大切だと思います。向こうも、何も言ってもらえず気にしているかもしれませんし」

 そう口にして、ふと自分たちはどうだろうかと思った。

(わたし、ちゃんとレイモンド様に伝えられているかしら……)
「……そうね。わたくしらしくないわ」

 レイモンドの熱量に対して足りないのではないだろうか……と悩んでいる間に、サマンサは決意を込めた声で呟く。

「わたくしを選んだのから、あの人の目は確かよ。だから期待以上の妻になるつもり。こんなところでうじうじ、ぶつぶつ言うのはやめるわ」

 そう宣言するなり、サッと立ち上がる。どうやらさっそく帰って実行に移すようだ。
 そんなサマンサを、グレイスは微笑ましい気持ちで送り出す。

「わたしは、サマンサ様とお話できてとても楽しいです。迷惑なんてちっとも思っておりませんから、またいつでも相談しに来てくださいね」
「ふん。よくってよ。暇な時は遊びに来てあげる」

 肩にかかっていた髪を優雅に払いのけ、サマンサは帰って行った。

(初めて次も来ると言われてしまったわ)

 これは友達になれる日も遠くはない気がした。

     ◇

「グレイス。サマンサ嬢が結婚するようだな」

 その日の夜。首元のタイを緩めながらレイモンドが言った。
 すでに夜着に着替えていたグレイスは手伝ってあげながら、「そうなんです」と微笑む。

「まだ婚約を結んだだけだとおっしゃっていましたけれど、あの様子だと、結婚する日も近いでしょうね。あなたが協力してくれたおかげですわ」

 実はレイモンドには、サマンサの異性関係をこっそりと調べてもらい、そのうち彼女に好意を抱いている男性を見つけ出した。

 相手はサマンサと幼馴染の関係にあり、ずっと想いを寄せていたそうだ。王宮の図書館司書として働いており、根は真面目。サマンサが言ったように酒やギャンブルにも一切興味がない。彼が唯一心惹かれたのが本と、幼馴染のサマンサであった。

 結婚適齢期となった彼はサマンサの両親を通じ、婚約を申し込んだが、サマンサ本人が嫌がったので断られてしまった。それでも彼は諦めきれず、サマンサに不器用ながら想いを伝え続けていたそうだが……野暮ったく、冴えない容姿を前に、彼女の心にはまったく響かなかった。

 そこでグレイスはレイモンドに頼み、魅力的な男性になる手助けをしてもらった。具体的には服装や髪形などの見た目を変え、話し方や女性への接し方で気をつける注意点を叩き込んだ。

「もともとの素質は悪くなかったから、少し手を加えればがらりと変わった。あとは本人の努力のおかげだ。俺は特に大したことはしていない」

 むしろグレイスの方がすごいとレイモンドは言った。

「家令やメイドの話では、サマンサ嬢もずいぶん心を開いているそうじゃないか。一体どんな魔法を使ったんだ?」
「魔法だなんて……ただ話しているうちに仲良くなっただけですわ」
「俺からすればそれが魔法なんだが……。やはり社交界で積んできた経験のおかげか?」
「それもありますけれど……サマンサ様は可愛らしい方ですから」

 正直最初茶会に呼んだ時は、毅然とした物言いで相手と対等――か、それ以上の存在だと示すつもりだった。媚を売るよりも、芯を持った女性だと分かる方が、彼女の好みに合うと思ったからだ。

(でも……)

「アンドリュー様のことをお話したら本気で怒っていらっしゃる様子でしたので、そんなに悪い人ではないと思ったんです」

 仲良くなれるだろうという希望が生まれた。
 グレイスの言葉にレイモンドはやはり感心した口調で呟く。

「貴女には人たらしの才能があるのかもしれないな」
「そんなことないですわ。わたしからすればレイモンド様の方が……女性が喜ぶようなことを、よくご存知ですもの」

 タイを外しテーブルへ置くと、首元が露わになった胸にグレイスはそっと頭を預けた。甘えたような仕草に、レイモンドの心臓の鼓動が速くなったのがわかる。

「グレイス、もしかして、俺はいま疑われているのだろうか」
「だってあなたがわたしに求婚した時、とても嬉しかったんですもの。見た目も素敵でしたし。どうしてあそこまで女性を喜ばせることができるのか、ずっと不思議に思っていたんです」
「う、嬉しかったのか。そうか……。いや、今はそうじゃなくて……、俺が貴女に対して取った言動は、ずっと貴女にしたいと思っていたことだからだ。あとは、多少バートラムや家令の意見を参考にした。それから、女性に人気の恋愛小説を読んで……いや、だが決して! 貴女以外の女性で経験を積んだわけではない、から……グレイス?」

 途中で小刻みに震え始めたグレイスに気づいたのか、レイモンドが顔を上げさせる。彼女はくすくすと笑みを零していた。レイモンドと目が合って、ふわりと笑う。

「ごめんなさい。少しあなたをからかってみたくなったの」

 真面目なグレイスがそんなことをすると思っていなかったのか、レイモンドは自分を見つめたまま固まっている。彼女は少し後悔の念が湧いてきて、眉尻を下げた。

「レイモンド様? あの、怒ってしまいましたか? あなたのことは疑っていないの。だから、きゃっ」

 突然横抱きにされ、寝台の上まで連行される。下ろされたかと思えばすぐに彼が覆い被さってきて、グレイスを真剣な顔で――でも瞳には面白がるような色を浮かべて見下ろし、不敵に笑った。

「夫を誑かして、悪い妻だな」
「そこまで怒らせるつもりは、んっ……」

 ぐにゃりとレイモンドがグレイスの乳房を揉んできた。

「仕置きしてやる」
「あんっ……」

 彼は少し揉んで柔らかさを堪能すると、すぐに指先を使って先端を尖らせ、優しく摘まんだり弾いたりした。

「はぁ、貴女のここはいつも素直だ。すぐに硬くなって、いやらしくなって……」

 自分で言いながら我慢できなくなったのか、レイモンドがグッと顔を近づけ、薄い夜着の上からちゅっと蕾に口づけし、そのまま舐め始めた。ぺろぺろと熱心に舌を動かせば、それに応えるようにぷっくりとグレイスの蕾が勃ち上がっている。

 服の上からというのが何だか裸の時よりいけないことをしている気がして、彼女は息を乱す。

「んっ、レイモンド様、謝りますから、ふっ……許して……っ」

 レイモンドが胸から顔を上げると、今度はグレイスの顔に近づけて、口を塞いだ。濡れた音を立てて舌や唇を何度も吸われる。

「ずっと許してるよ、グレイス……俺は貴女になら、何をされても、何を言われても、全然構わない。ひどい言葉だって、喜びに変わって、思い出としてずっと胸に刻みつけられる」
「そんなの、嫌です……」

 グレイスはレイモンドの両頬を優しく挟むと、自分から口づけした。

「嫌なことは嫌って言って……ひどいことを言ったら、悲しんで、わたしに怒ってください」
「グレイス……」

 くしゃりと笑い、レイモンドはグレイスを力いっぱい抱きしめる。

「貴女はやっぱり俺の女神だ」
「わたしは人間ですわ」
「うん。そうだな。俺の妻だ。……なぁ、グレイス、さっきの言葉は本当か?」

 どの言葉だろうと、グレイスが問いかけるように首を傾げれば、レイモンドは声を潜ませて耳元で教える。

「俺に求婚されて、嬉しいって言葉だ」
「……ええ、本当です。いきなりで少し、驚きましたけれど……あんなふうに告白されたのは生まれて初めてでしたので、すごく心に残っています」

 アンドリューも途中から情熱的な言葉をかけてくれるようになったが、リアナのこともあったので、きっと無理をしているとか、彼女の時はもっと愛を囁いていたのだろうな……という気持ちが拭えず、あまり響いてこなかった。

「嬉しい、グレイス。もっと伝えたいし、貴女を愛したい」

 そう言うや否や、レイモンドはグレイスの首筋に顔を埋め、忙しなく唇を押し当ててくる。グレイスはくすぐったさで身を捩り、レイモンドの大きな身体に捕えられる安心感にうっとりとして甘い吐息を零す。

 夜着がゆっくりと肌蹴ていき、グレイスの白くきめ細やかな肌が露わになると、レイモンドの呼吸が荒くなり始め、口づけと共に徐々に下へと下りていく。

「グレイス……」

 脚を開いて見えたその先の光景に、レイモンドは興奮のためか掠れた声で名前を呟く。もう見慣れているはずなのに、いつも余裕があれば熱心に観察してくるので、グレイスは膝を閉じたくなる。

(見られているだけなのに、わたし、変な気持ちになってしまう)

 呼吸が速くなり、すでにしっとりと濡れている花びらから蜜がとろとろと溢れてくる。これではまるでレイモンドの視線に興奮していると伝えているものだ。もっと欲しいとねだっているようにも見えるかもしれない。

 実際レイモンドが身を屈め、ゆっくりと顔を近づけてきたので、グレイスは思わず身を起こし、彼の口元に掌を押し当てた。レイモンドが目だけでグレイスに不満を訴える。彼からすれば、極上の餌を前にして待ったをかけられた状態だからだ。

「あの……いつも、わたしばかり気持ちよくさせてもらっているので……今日は、わたしがレイモンド様のを……――てみたいです」

 いっそ照れずに告げた方がよかったのかもしれないが、グレイスはやはり恥ずかしくなった。レイモンドがあまりにも堂々としているから、その分自分が羞恥心を抱いてしまうのかもしれない。

「俺のを、舐めてくれるのか?」

 グレイスの提案に股の間に顔を埋めていたレイモンドが身を起こす。実に素早かった。そして食い入るように自分を見つめてくる。

「……はい。嫌でなければ、わたしに奉仕させてください」
「嫌ではない」

 即答し、それを気まずく思ったのか視線を逸らしながら続ける。

「だが、清らかな貴女に俺のこの汚らわしいものを触れさせるのは……」
「もう何度もわたしの中に入ってきていますわ」
「っ、それは、そうだが……」
「乗り気でないようでしたら、やっぱり今日はやめて――」

 グレイスの手をレイモンドが掴んで、十秒ほど押し黙った後、やってくれと告げた。

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