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頑張る夫
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グレイスのために世間の目を気にし、社交性を身につける。
そう宣言したレイモンドの言葉に嘘はなかった。
グレイスと共に招待状を送ってくれた貴族の夜会に参加し、意欲的に会話する姿勢を見せた。今までずっと冷たく、そっけない態度をとっていたレイモンドが友好的な態度を示してきたことで戸惑い、中には嫌味を述べる人間も当然いた。
それはレイモンドだけでなく、グレイスにも矛先が向けられた。
「あなたは隣国のアンドリュー王子の婚約者だとお聞きしましたわ。本当ですの?」
アンドリューを捨ててレイモンドを選んだのではないか。だとしたら、最低だ。
そんな非難が言葉にせずとも聞こえてくる。
疑い、嫌悪の感情を抱くのをグレイスは当然だと思った。なので正直に事情を打ち明けることにした。
「実はアンドリュー殿下は別の女性と結婚することが決まりましたので、わたしは身を引いたのです」
過去の恋人が隠し子を連れて現れた……とまではさすがに言わなかったが、彼が別の女性と一緒になることは……そのために自分は身を引いた方がいいと思ったことは包み隠さず伝えた。
長年婚約者として連れ添ってきたグレイスの告白に、相手は思いもよらなかったのか、気まずげな顔をしてそれ以上深く尋ねることはしなかった。選ばれなかったグレイスを嘲笑する者もいたが、品がない人間だと見なして適当に流す。
意地悪な人間もいれば、優しい人たちもいるものだ。
「一度お話したいと思っておりましたので、あなたたちの方からお声がけいただいて光栄です」
「ご結婚なされたそうですわね。おめでとうございます。とてもお似合いですわ」
もしかするとそれらも上辺だけの言葉で、悪意が含まれているかもしれない。それでもそこは上手く表に出さず、グレイスとレイモンドはこれからぜひ仲良くしてくれるよう甘い微笑と共に頼んだ。
こうした態度の継続と容姿の良さも相まって、少しずつレイモンドは受け容れられ始めた。グレイスにも話しかけてくれる女性が現れる。
「大変だったのね。私も以前お付き合いしていた人に浮気されて、別れたの。でもおかげで今の主人に会えたから、今はよかったと思っているのよ」
境遇が似ていたせいか、親しみが湧いたようだ。そのまま話していくうちに会話が弾み、今度夫人の集まりに招待してくれるという。グレイスは楽しみだと言って別れる。
(よかったわ。なんとかお話する人ができて。この調子で他にも――)
「生意気だわ」
両手を組み、目の前に立ち塞がるサマンサの目にはありありとグレイスへの敵意が見て取れた。
(そろそろやってくると思っていたわ)
どうやらサマンサは女性陣の中で高いポジションにいるようで、彼女に気に入られないということは他の女性も敵に回すことを意味していた。
(でも今回もお供をつけずに単身で挑んできたわね)
意図的かはわからないが、女性によくある、取り巻きを連れてまず集団圧力をかける攻撃をサマンサはしてこない。
(そんなに悪い人でもないのかしら)
「グレイス」
妻の危機を察したレイモンドが素早く駆け寄って来る。彼は離れた距離から別の貴族と話していたはずだが……ずっと見守ってくれていたのだろうか。
「サマンサ嬢。妻に何か用だろうか」
何かしたんだろうとすでに決めつけた目つきに、サマンサは頬を引き攣らせる。どうもグレイスのこととなると、レイモンドは番犬のように警戒心をむき出しにする。
「失礼ね。まだ何もしていないわよ!」
「まだ、ということは何かするつもりだったんだな。これまでのあなたに対する失礼な態度は謝る。だからこれ以上私の妻にちょっかいをかけるのはやめてくれ」
謝っているようで、どこか上から目線な態度の物言いにサマンサが納得するはずがない。
「あなたねぇ。いい加減になさいよ。わたくしはただこの方に――」
「レイモンド様。実は今度、サマンサ様とお茶をする日取りを相談していたんですの」
「お茶? 彼女とか……?」
グレイスの言葉にレイモンドだけでなくサマンサもポカンとしている。
「ね? そうですわよね、サマンサ様」
「なっ、誰があなたみたいな人とお茶なんか――」
「お互いのことをよく知らないので、この機会にぜひ知りたいそうですわ。わたしの家へ来てくださるそうですから、楽しみに待っています」
グレイスは笑顔でそう言い切ると、サマンサは驚きか怒りのためか、わなわなと唇を震わせ、ぷいっと立ち去ってしまった。
「……まさか本当に招待するつもりじゃないだろうな」
「あら、冗談であのようなことは言いませんわ」
正気か? とレイモンドはまじまじとグレイスの顔を見て、すぐに心配する。
「あの女性は俺のせいで貴女のことをよく思っていない。距離を近づけようとするのはあまり得策ではないと思うが……」
「ではこれから顔を合わせる度に、喧嘩するか否かの応酬を繰り広げるのですか? それこそ、得策ではございません」
サマンサの家、アミエル侯爵家は三代以上前まで遡ることのできる由緒正しい貴族の家系だ。貴族の中でも上位に位置する。嫌われるよりも、好かれた方が断然いい。
「じゃあ、なんだ。媚でも売って、機嫌を取るっていうのか? 貴女にそんな真似させるくらいなら、喧嘩を売られる方がマシだ」
「心配なさらないで。わたしの見た感じ、彼女はそれほど悪い人には見えませんから。レイモンド様にも、協力してもらいますわ」
「俺も一緒にその場に出席するのか?」
「いいえ、違います」
グレイスはサマンサのことを調べるよう頼んだ。彼女に好意を抱いている男性の存在を。
そう宣言したレイモンドの言葉に嘘はなかった。
グレイスと共に招待状を送ってくれた貴族の夜会に参加し、意欲的に会話する姿勢を見せた。今までずっと冷たく、そっけない態度をとっていたレイモンドが友好的な態度を示してきたことで戸惑い、中には嫌味を述べる人間も当然いた。
それはレイモンドだけでなく、グレイスにも矛先が向けられた。
「あなたは隣国のアンドリュー王子の婚約者だとお聞きしましたわ。本当ですの?」
アンドリューを捨ててレイモンドを選んだのではないか。だとしたら、最低だ。
そんな非難が言葉にせずとも聞こえてくる。
疑い、嫌悪の感情を抱くのをグレイスは当然だと思った。なので正直に事情を打ち明けることにした。
「実はアンドリュー殿下は別の女性と結婚することが決まりましたので、わたしは身を引いたのです」
過去の恋人が隠し子を連れて現れた……とまではさすがに言わなかったが、彼が別の女性と一緒になることは……そのために自分は身を引いた方がいいと思ったことは包み隠さず伝えた。
長年婚約者として連れ添ってきたグレイスの告白に、相手は思いもよらなかったのか、気まずげな顔をしてそれ以上深く尋ねることはしなかった。選ばれなかったグレイスを嘲笑する者もいたが、品がない人間だと見なして適当に流す。
意地悪な人間もいれば、優しい人たちもいるものだ。
「一度お話したいと思っておりましたので、あなたたちの方からお声がけいただいて光栄です」
「ご結婚なされたそうですわね。おめでとうございます。とてもお似合いですわ」
もしかするとそれらも上辺だけの言葉で、悪意が含まれているかもしれない。それでもそこは上手く表に出さず、グレイスとレイモンドはこれからぜひ仲良くしてくれるよう甘い微笑と共に頼んだ。
こうした態度の継続と容姿の良さも相まって、少しずつレイモンドは受け容れられ始めた。グレイスにも話しかけてくれる女性が現れる。
「大変だったのね。私も以前お付き合いしていた人に浮気されて、別れたの。でもおかげで今の主人に会えたから、今はよかったと思っているのよ」
境遇が似ていたせいか、親しみが湧いたようだ。そのまま話していくうちに会話が弾み、今度夫人の集まりに招待してくれるという。グレイスは楽しみだと言って別れる。
(よかったわ。なんとかお話する人ができて。この調子で他にも――)
「生意気だわ」
両手を組み、目の前に立ち塞がるサマンサの目にはありありとグレイスへの敵意が見て取れた。
(そろそろやってくると思っていたわ)
どうやらサマンサは女性陣の中で高いポジションにいるようで、彼女に気に入られないということは他の女性も敵に回すことを意味していた。
(でも今回もお供をつけずに単身で挑んできたわね)
意図的かはわからないが、女性によくある、取り巻きを連れてまず集団圧力をかける攻撃をサマンサはしてこない。
(そんなに悪い人でもないのかしら)
「グレイス」
妻の危機を察したレイモンドが素早く駆け寄って来る。彼は離れた距離から別の貴族と話していたはずだが……ずっと見守ってくれていたのだろうか。
「サマンサ嬢。妻に何か用だろうか」
何かしたんだろうとすでに決めつけた目つきに、サマンサは頬を引き攣らせる。どうもグレイスのこととなると、レイモンドは番犬のように警戒心をむき出しにする。
「失礼ね。まだ何もしていないわよ!」
「まだ、ということは何かするつもりだったんだな。これまでのあなたに対する失礼な態度は謝る。だからこれ以上私の妻にちょっかいをかけるのはやめてくれ」
謝っているようで、どこか上から目線な態度の物言いにサマンサが納得するはずがない。
「あなたねぇ。いい加減になさいよ。わたくしはただこの方に――」
「レイモンド様。実は今度、サマンサ様とお茶をする日取りを相談していたんですの」
「お茶? 彼女とか……?」
グレイスの言葉にレイモンドだけでなくサマンサもポカンとしている。
「ね? そうですわよね、サマンサ様」
「なっ、誰があなたみたいな人とお茶なんか――」
「お互いのことをよく知らないので、この機会にぜひ知りたいそうですわ。わたしの家へ来てくださるそうですから、楽しみに待っています」
グレイスは笑顔でそう言い切ると、サマンサは驚きか怒りのためか、わなわなと唇を震わせ、ぷいっと立ち去ってしまった。
「……まさか本当に招待するつもりじゃないだろうな」
「あら、冗談であのようなことは言いませんわ」
正気か? とレイモンドはまじまじとグレイスの顔を見て、すぐに心配する。
「あの女性は俺のせいで貴女のことをよく思っていない。距離を近づけようとするのはあまり得策ではないと思うが……」
「ではこれから顔を合わせる度に、喧嘩するか否かの応酬を繰り広げるのですか? それこそ、得策ではございません」
サマンサの家、アミエル侯爵家は三代以上前まで遡ることのできる由緒正しい貴族の家系だ。貴族の中でも上位に位置する。嫌われるよりも、好かれた方が断然いい。
「じゃあ、なんだ。媚でも売って、機嫌を取るっていうのか? 貴女にそんな真似させるくらいなら、喧嘩を売られる方がマシだ」
「心配なさらないで。わたしの見た感じ、彼女はそれほど悪い人には見えませんから。レイモンド様にも、協力してもらいますわ」
「俺も一緒にその場に出席するのか?」
「いいえ、違います」
グレイスはサマンサのことを調べるよう頼んだ。彼女に好意を抱いている男性の存在を。
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