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そろそろ

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 結婚して二カ月。グレイスはレイモンドと過ごす甘い夫婦の時間に加え、広大な屋敷の案内と使用人たちの紹介、他細々とした女主人としての務めを覚えるので精いっぱいとなり、ほぼ屋敷から出なかった。一番占めているのは、レイモンドによる拘束時間だろうか……。

(でも、わたしもレイモンド様と一緒に過ごすのは楽しいから……)

 ほぼ一日中寝台の上で過ごしてしまった時はさすがに罪悪感を覚えてしまったが、レイモンド含め、みんなが甘やかしてくれるので、なかなか怠惰な生活から抜け出せない。
 本来規則正しい生活を送り、それをモットーに生きてきたグレイスは生活習慣を見直すことにした。

(そろそろ、周りも放っておかないでしょうし)

 銀の皿に置かれた白い封筒の中身は、どれも貴族たちからの招待状である。王城からの――バートラムからの手紙もあった。

「ねぇ、レイモンド様。バートラム様からの招待状ですわ。夫婦揃って、王家の主催する夜会に参加するように、ですって」

 グレイスのすぐ後ろからレイモンドが覗き込み、グレイスから手紙を受け取ると、彼は無感情にそれを眺めた。

「いつもなんだかんだ理由をつけて行っていなかったんだが、バートラムのやつ、今回ばかりは貴女と一緒に参加するだろうと思ったんだな」
「今まで参加していなかったのですか?」

 友人とはいえ、相手は王族である。驚くグレイスに、レイモンドはばつの悪そうな顔をした。

「じろじろと視線を注がれて、あれこれ話しかけられるのは正直苦手なんだ」
(意外だわ……)

「レイモンド様はとても社交的な方だと思っていましたけれど……もしかして、今までずっと無理をなされていたの?」
「貴女は特別だ」

 その直球な言葉にどきりとする。レイモンドはさらに隣に腰かけてきて、続ける。

「貴女を前にすると、自然と言葉が溢れてくる。伝えたい想いがたくさんあるんだ」

(この方は本当に……)

 レイモンドが冗談を言っている様子は微塵もなかった。彼はどこまでも真面目に、本心から告げている。それがわかったからこそ、グレイスは胸が甘く締めつけられた。

「グレイス? 何か、嫌だった?」
「……いいえ。とても嬉しいです」

 なんとなく目を合わせるが照れ臭く、視線を少し下に固定したまま、グレイスはレイモンドの手に触れ、指を絡ませた。

「レイモンド様は社交が苦手かもしれませんが、この夜会はわたしたち夫婦のお披露目も兼ねていると思います。ですから、参加した方がいいでしょう。わたしも……」
「わたしも?」

 顔を上げ、困ったようにはにかんだ。

「あなたと一緒に参加したいです」

    ◇

 グレイスの要望で、あっさりとレイモンドは参加を決めた。そこからの行動は早く、また大変なものとなった。

「うーん……こっちのドレスもグレイスに絶対似合う……いや、こちらも捨てがたい……」
「あの、レイモンド様。わたしは何でもいいですから……」
「何でもよくはない。それに俺が貴女に似合うドレスを考えたいんだ」
「旦那様。とりあえず一通り奥様にご試着してもらってはいかがでしょう?」
「ああ、そうだな。グレイス。悪いが俺にすべて見せてほしい」
「ええ……」

 まるで舞踏会デビューを控えた令嬢を着飾るのを楽しむような……とにかく、実にきらきらとした表情でレイモンドはメイドたちと共にグレイスのドレスを決めていった。

 そして当日。

「……レイモンド様。さすがに見過ぎです」

 王宮へ行く馬車に向かう途中、グレイスはずっとレイモンドの視線を感じている。今もである。

「貴女が、あまりに綺麗で」

(もう……)

 結局あれこれと悩んで決めたドレスは、濃い緑を基調としたものだ。スカート部分には淡い緑の生地が見え、実に鮮やかな色彩の変化を生んでいる。さらにレースが付いたいくつもの層が曲線を描くように重なり合って、グレイスの細い腰をさらに華奢に見せるようふんわりとした膨らみを作っていた。

 白い肌が目を引く美しいネックラインに、豊かな胸元。ほっそりとくびれた腰は華奢で、下へふわりと広がっていくスカート部分との対比が美しい……という内容を、レイモンドはもっと上品な表現で何度も褒め称えた。

 すでに準備の時から見飽きてもいいほど目にしているのに、彼は今も変わらない熱い眼差しを注いでくる。嫌ではないが、どうも落ち着かず、グレイスは恥じらうようにそっと目を伏せた。そんな仕草がますますレイモンドの心を惹きつけるとも知らずに。

「……やはり誰にも見せず、このまま家へ連れて帰ってしまいたいな」

 ぽつりと漏らされた本音は聞こえない振りをした。
 そうして会話はなくとも、どこか親密かつ甘い空気が漂う中、二人を乗せた馬車は王宮へ到着した。先に彼が降りて、眩しそうにグレイスを見つめながら手を差し出す。彼女も微笑んで、夫の手を取った。
 出迎えた侍従に案内されて中へ入ると、周囲の視線が一斉にこちらへ向けられる。

「まぁ、珍しい」
「本当に結婚なされたのか」

 注目されるとは思っていたが、聞こえてくる人々の囁き声にグレイスはレイモンドの方をちらりと見上げた。

(……レイモンド様が人付き合いを避けていたのは、本当のようね)

 グレイスとの結婚よりも、彼がこの場に現れたことに驚いているように見えた。どこか遠巻きに眺めているのも、ずっと交流がなく、何と声をかけていいかわからないためかもしれない。

「グレイス。国王夫妻の挨拶が始まるまで、控室にいようか?」

 レイモンドは人々の関心など知ったことかと、グレイスを気遣う。彼女はまだこちらの貴族について知らなかったので、できれば何人かに挨拶したいと思っていた。

「あの、レイモンド様。どなたかお知り合いの方は――」
「まぁ、これはレディング公爵閣下ではございませんか!」

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