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短い婚約期間
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外堀を埋める。
バートラムとレイモンドが考えたことは、グレイスがアンドリューの妻になるために国王夫妻や父が企てたことと同じものだ。
違うのは、そこにグレイスの意思があるか……今回はグレイス自身の望みを叶えるために企てたことだ。
(でも、エルズワース王室の力を借りるなんて……)
「グレイス様。どうですか? 苦しくないですか」
「あ、はい。大丈夫です」
グレイスは今、エルズワースの王宮の一室で、結婚式に着る衣装――ウエディングドレスのサイズ合わせをしていた。
『リメイクする形でいいのならば、王家のドレスを貸そう』
そんな大それたことできない! と最初は断ったが、バートラムは気にするなと言い、レイモンドもできるならグレイスの魅力を最大限に引き出すデザインに手直ししてほしいと要望を出して、本人が口を出す暇なく決まってしまった。
いくら王太子があっさり許可を出したところで、彼の両親は――特に女性陣は許さないだろうと思っていたのだが……。
「まぁ、サイズぴったりね、グレイス!」
きゃっきゃと少女のように喜ぶのはエルズワース王国の王妃、ティルダである。彼女はもともと国王と従兄妹同士であり、幼馴染で結ばれた仲だそうだ。おしどり夫婦として国民にも人気である。
「やっぱり女の子はいいわねぇ……。ドレスの選び甲斐があるわぁ」
グレイスの周りをくるくる回りながら、王妃はほっそりとした指を顎に手を当てて、考え込む。
「大聖堂での誓いを挙げる際は白にするとして、披露宴の時のドレスは何色がいいかしら……。やっぱりガラリと印象を変えて、薔薇のような赤がいいかしら」
「青や緑もよく似合うと思いますわ」
デザイナーが言えば、ティルダは頬を緩ませて頷く。
「それもいいわねぇ。きっとレイモンドの隣に立って、さらに映えるでしょうね」
「あ、あの、王妃殿下。大変ありがたいお話ですが、そこまでしていただくのは申し訳ないです。ドレスを貸していただけただけでも十分ですので……」
「あら、駄目よそんなの」
グレイスよりも背の低いティルダは近寄ってグレイスの頬に触れた。
「うんと可愛く、美しく着飾ってほしいとあなたの夫に頼まれたもの。頼まれたからには一切手を抜かないのが、私の信条なの」
「でも……」
「王家のドレスを借りることに、罪悪感を持つ必要はないわ。私たちの方がレイモンドに借りがあるもの」
そこでふと、ティルダは寂しげな微笑を浮かべた。
「初めてあの子がね、我儘を言ってきたの。十二歳の時にこちらへ来て、それからずっと、何もねだらなかったあの子が……。だからね、私も陛下も、息子のバートラムも、この結婚が楽しみで仕方なくて、張り切っちゃっているの」
「……王妃殿下にとって、レイモンド様はもう一人のご家族のような大切な存在なのですね」
「ええ、そうなの。大事な子なの」
彼女が悲哀を込めた眼差しで自分を見つめてくるからだろうか。
グレイスは胸が締め付けられ、今更ながら十二歳で故国を出たレイモンドの過去が憐れに思えた。
(でも、バートラム様や国王夫妻は彼のことを大切に思って、今も幸せを願っている)
「……王妃殿下。ありがとうございます。レイモンド様との結婚式、わたしもとても楽しみです」
グレイスがおずおずとそう言えば、ティルダは目を丸くした後、自分もだと嬉しそうに笑ったのだった。
◇
ドレスのリメイクもどうにか間に合いそうで、結婚式までいよいよあと一週間を切ったある日。グレイスは細々とした打ち合わせを終わらせ、ようやく部屋へ戻ったところだった。
「グレイス様。本日はこちらをお預かりしております」
「まぁ、今日も?」
女官に手渡されたのは、黄色とオレンジでまとめた花束であった。もちろん贈り主はレイモンドである。
グレイスは今、王宮で寝泊まりしている。
結婚するまでは、やはり清く正しい関係であることを周りにも示しておきたいから王宮で過ごしてほしい、というレイモンドやバートラムの意見を聞き入れた結果だった。
『本当はすぐにでも家へ連れて帰り、貴女と過ごしたいが……我慢する。寂しくないよう花と手紙を毎日届けさせるから、どうか貴女も耐えてくれ』
そう言う本人こそが一番寂しそうで、辛そうだった。
(手紙にも毎回会いたいと書いてくださって……)
まるで恋人同士みたいだ、と思ったところで、すぐにその通りじゃないかと微笑んだ。
婚約期間もすっ飛ばして結婚、とバートラムは言っていたが、今この短い時間が、自分とレイモンドの婚約期間なのだ。婚約指輪だって、彼は贈ってくれた。
(そう言えばこうして殿方と手紙のやり取りをするのは初めてかもしれないわ……)
アンドリューとは会おうとすれば会えたので、その必要がなかった。彼がリアナのことを想って辛辣な態度を取っている間は、そもそも手紙を送っても読まれなかったというのもある。
(貴女のことを想って、毎日眠れません、か……)
自分へ綴られたレイモンドの想いに、グレイスは流麗な文字をそっと指先でなぞり、目を閉じた。まだ出会って数週間だというのに、これまで見せてくれた彼の表情が色鮮やかに思い浮かぶ。
「レイモンド様……」
(わたしもあなたに早く……)
「――様、グレイス様」
不意打ちで女官に声をかけられ、グレイスは大げさなほど驚いてしまった。
「は、はい。何でしょう?」
「驚かせてしまって申し訳ございません。グレイス様のご家族の方がお見えになられたそうです」
女官の言葉にグレイスは「家族?」と呟いた。
バートラムとレイモンドが考えたことは、グレイスがアンドリューの妻になるために国王夫妻や父が企てたことと同じものだ。
違うのは、そこにグレイスの意思があるか……今回はグレイス自身の望みを叶えるために企てたことだ。
(でも、エルズワース王室の力を借りるなんて……)
「グレイス様。どうですか? 苦しくないですか」
「あ、はい。大丈夫です」
グレイスは今、エルズワースの王宮の一室で、結婚式に着る衣装――ウエディングドレスのサイズ合わせをしていた。
『リメイクする形でいいのならば、王家のドレスを貸そう』
そんな大それたことできない! と最初は断ったが、バートラムは気にするなと言い、レイモンドもできるならグレイスの魅力を最大限に引き出すデザインに手直ししてほしいと要望を出して、本人が口を出す暇なく決まってしまった。
いくら王太子があっさり許可を出したところで、彼の両親は――特に女性陣は許さないだろうと思っていたのだが……。
「まぁ、サイズぴったりね、グレイス!」
きゃっきゃと少女のように喜ぶのはエルズワース王国の王妃、ティルダである。彼女はもともと国王と従兄妹同士であり、幼馴染で結ばれた仲だそうだ。おしどり夫婦として国民にも人気である。
「やっぱり女の子はいいわねぇ……。ドレスの選び甲斐があるわぁ」
グレイスの周りをくるくる回りながら、王妃はほっそりとした指を顎に手を当てて、考え込む。
「大聖堂での誓いを挙げる際は白にするとして、披露宴の時のドレスは何色がいいかしら……。やっぱりガラリと印象を変えて、薔薇のような赤がいいかしら」
「青や緑もよく似合うと思いますわ」
デザイナーが言えば、ティルダは頬を緩ませて頷く。
「それもいいわねぇ。きっとレイモンドの隣に立って、さらに映えるでしょうね」
「あ、あの、王妃殿下。大変ありがたいお話ですが、そこまでしていただくのは申し訳ないです。ドレスを貸していただけただけでも十分ですので……」
「あら、駄目よそんなの」
グレイスよりも背の低いティルダは近寄ってグレイスの頬に触れた。
「うんと可愛く、美しく着飾ってほしいとあなたの夫に頼まれたもの。頼まれたからには一切手を抜かないのが、私の信条なの」
「でも……」
「王家のドレスを借りることに、罪悪感を持つ必要はないわ。私たちの方がレイモンドに借りがあるもの」
そこでふと、ティルダは寂しげな微笑を浮かべた。
「初めてあの子がね、我儘を言ってきたの。十二歳の時にこちらへ来て、それからずっと、何もねだらなかったあの子が……。だからね、私も陛下も、息子のバートラムも、この結婚が楽しみで仕方なくて、張り切っちゃっているの」
「……王妃殿下にとって、レイモンド様はもう一人のご家族のような大切な存在なのですね」
「ええ、そうなの。大事な子なの」
彼女が悲哀を込めた眼差しで自分を見つめてくるからだろうか。
グレイスは胸が締め付けられ、今更ながら十二歳で故国を出たレイモンドの過去が憐れに思えた。
(でも、バートラム様や国王夫妻は彼のことを大切に思って、今も幸せを願っている)
「……王妃殿下。ありがとうございます。レイモンド様との結婚式、わたしもとても楽しみです」
グレイスがおずおずとそう言えば、ティルダは目を丸くした後、自分もだと嬉しそうに笑ったのだった。
◇
ドレスのリメイクもどうにか間に合いそうで、結婚式までいよいよあと一週間を切ったある日。グレイスは細々とした打ち合わせを終わらせ、ようやく部屋へ戻ったところだった。
「グレイス様。本日はこちらをお預かりしております」
「まぁ、今日も?」
女官に手渡されたのは、黄色とオレンジでまとめた花束であった。もちろん贈り主はレイモンドである。
グレイスは今、王宮で寝泊まりしている。
結婚するまでは、やはり清く正しい関係であることを周りにも示しておきたいから王宮で過ごしてほしい、というレイモンドやバートラムの意見を聞き入れた結果だった。
『本当はすぐにでも家へ連れて帰り、貴女と過ごしたいが……我慢する。寂しくないよう花と手紙を毎日届けさせるから、どうか貴女も耐えてくれ』
そう言う本人こそが一番寂しそうで、辛そうだった。
(手紙にも毎回会いたいと書いてくださって……)
まるで恋人同士みたいだ、と思ったところで、すぐにその通りじゃないかと微笑んだ。
婚約期間もすっ飛ばして結婚、とバートラムは言っていたが、今この短い時間が、自分とレイモンドの婚約期間なのだ。婚約指輪だって、彼は贈ってくれた。
(そう言えばこうして殿方と手紙のやり取りをするのは初めてかもしれないわ……)
アンドリューとは会おうとすれば会えたので、その必要がなかった。彼がリアナのことを想って辛辣な態度を取っている間は、そもそも手紙を送っても読まれなかったというのもある。
(貴女のことを想って、毎日眠れません、か……)
自分へ綴られたレイモンドの想いに、グレイスは流麗な文字をそっと指先でなぞり、目を閉じた。まだ出会って数週間だというのに、これまで見せてくれた彼の表情が色鮮やかに思い浮かぶ。
「レイモンド様……」
(わたしもあなたに早く……)
「――様、グレイス様」
不意打ちで女官に声をかけられ、グレイスは大げさなほど驚いてしまった。
「は、はい。何でしょう?」
「驚かせてしまって申し訳ございません。グレイス様のご家族の方がお見えになられたそうです」
女官の言葉にグレイスは「家族?」と呟いた。
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