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決断
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「レディング公爵閣下。先日の求婚の件、お受けいたしますわ」
以前別れる際に滞在する屋敷の住所を教えてもらっていたグレイスは、そこへ馬車を向かわせ、出迎えてくれたレイモンドに茶を出したもらったところでそう切り出した。
世間話をしながら紅茶に角砂糖を入れようとしていたレイモンドはぽとりとテーブルへ落とし、秀麗な顔立ちをポカンとした表情にしてグレイスを見つめた。
「今、なんて言った?」
「わたしと結婚してください」
レイモンドは驚きのあまり言葉を失ったようだ。
「あの、やっぱり一度はお断りしたのに、図々しいですよね……」
「そんなことはない」
呆けていたかと思えば、急にきりっとした顔でレイモンドは返答する。
「すまない。まさか貴女の口から俺と結婚してほしいと言われるとは思わず、一瞬白昼夢を見ているのではないかと疑った」
「……そうでしたか」
少し変わった人なのかしら、と思っているグレイスに、レイモンドは軽く咳払いをして先を続ける。
「いや、そんなことはいいんだ。貴女が俺と結婚してくれる気になったのならば、こんなに幸せなことはない。式はいつ挙げようか。いや、その前に貴女のご家族に挨拶する方が先か。あ、そうだ。以前見せたダイヤモンドだが、あれを使って、貴女のサイズに合う指輪を作ろうと思っていたんだが、考えてみれば、貴女の好きな宝石を使用した方がいいと思って、ぜひ貴女の好みを教えてほしいんだが――」
「できれば今すぐ、あなたと結婚したいと考えております」
またもやレイモンドを驚かせてしまう。今度はなぜかうっすらと頬まで染めている。
「あ、貴女が望むならぜひにだが……そんなに俺のことを……いや、この場合は違うな。己惚れるなよ、レイモンド」
「あの……」
「何か、事情があるようだな」
よかったら聞かせてくれないか、と言われ、グレイスは王宮での出来事を話した。
「――あの子どもを貴女の子どもとして育てろだなんて……なんて酷いことを強要するんだ。どいつもこいつもクズばかりだな」
パトリシアのようにレイモンドは怒りの感情を吐き捨てた。
「わたしがこのまま反対しても、恐らく聞き入れてはくれないでしょう」
「そうだな。近いうちに王宮へ呼んで、貴女を監禁する形で結婚させる可能性がある。考えるだけで虫唾が走るな」
王家を信じたいが……こうなってはどんな強硬手段も辞さないように思えた。
『僕はきみを手放したくない』
アンドリューの今まで見たこともない、暗く、執着心を感じさせる瞳を思い出して、グレイスは無意識に右腕を擦っていた。
「事情はわかった。こうなったら、隣国へ行こう」
「隣国……閣下が暮らしている、エルズワース王国へですか?」
レイモンドが白い歯を見せてニッと笑った。
「そうだ。司祭の前で結婚許可証にサインして夫婦の誓いをすれば、俺たちは結婚したと認められる。ああ、大丈夫だ。きちんと式も挙げよう」
「えっと、式は別に挙げなくても……」
「何言っているんだ。一生に一度の大事な祝い事だ。花嫁衣装を着た貴女を見なかったら、俺が一生後悔する。だからぜひ挙げさせてくれ。他の細々としたことも心配しなくていい。俺が全て請け負う。貴女は身一つで俺の所へ嫁いでくればいい」
よし、と彼は立ち上がった。
「こうなったらすぐにでも出立しよう」
グレイスが驚いた表情をすれば、レイモンドは笑った。
「なんだ。やっぱり嫌になったか?」
「あ、いえ、そうではなくて、きゃっ」
こちらへ近寄ってきたレイモンドがいきなり自分を抱き上げたので、グレイスはびっくりしてしまう。目を白黒させるグレイスに、レイモンドは甘い微笑と共に囁くように告げた。
「悪いが、俺は貴女を逃すつもりはない。このまま隣国へ攫うつもりだ」
「え、あの、閣下。それは、構わないのですが」
「俺に大人しく攫われてくれるのか?」
気障な態度から一転、ぱぁっと表情を輝かせる彼に、グレイスはしどろもどろになって答える。
「あの、家族に……せめて兄と妹に国を出ることは伝えておきたいのです」
心苦しいが、父に伝えるのは今はやめておこう。馬鹿なことを言うなと反対され、家に監禁される可能性がある。
「父には、今夜王宮に泊まるかもしれないと伝えておきました。ですから、今夜のうちに隣国へ出立することにして、後で手紙を渡してもらえると助かります」
「わかった。すぐに手配させよう」
今手紙を書けるかと聞かれ、こくりと頷く。
「よし。誰か! 書く物をすぐに用意してくれ!」
「あの、一度下ろしてもらえると助かるのですが……」
レイモンドははたと気づいたように「そ、そうだな」とあたふたし始めた。流れるような動作で抱き上げておきながら、なぜ今さら耳を赤くして恥ずかしがっているのだろう。
(やっぱり、少し変わった方だわ……)
グレイスはそう思いながらも、レイモンドと生まれ育ったイングリス王国を出ることを決めたのだった。
以前別れる際に滞在する屋敷の住所を教えてもらっていたグレイスは、そこへ馬車を向かわせ、出迎えてくれたレイモンドに茶を出したもらったところでそう切り出した。
世間話をしながら紅茶に角砂糖を入れようとしていたレイモンドはぽとりとテーブルへ落とし、秀麗な顔立ちをポカンとした表情にしてグレイスを見つめた。
「今、なんて言った?」
「わたしと結婚してください」
レイモンドは驚きのあまり言葉を失ったようだ。
「あの、やっぱり一度はお断りしたのに、図々しいですよね……」
「そんなことはない」
呆けていたかと思えば、急にきりっとした顔でレイモンドは返答する。
「すまない。まさか貴女の口から俺と結婚してほしいと言われるとは思わず、一瞬白昼夢を見ているのではないかと疑った」
「……そうでしたか」
少し変わった人なのかしら、と思っているグレイスに、レイモンドは軽く咳払いをして先を続ける。
「いや、そんなことはいいんだ。貴女が俺と結婚してくれる気になったのならば、こんなに幸せなことはない。式はいつ挙げようか。いや、その前に貴女のご家族に挨拶する方が先か。あ、そうだ。以前見せたダイヤモンドだが、あれを使って、貴女のサイズに合う指輪を作ろうと思っていたんだが、考えてみれば、貴女の好きな宝石を使用した方がいいと思って、ぜひ貴女の好みを教えてほしいんだが――」
「できれば今すぐ、あなたと結婚したいと考えております」
またもやレイモンドを驚かせてしまう。今度はなぜかうっすらと頬まで染めている。
「あ、貴女が望むならぜひにだが……そんなに俺のことを……いや、この場合は違うな。己惚れるなよ、レイモンド」
「あの……」
「何か、事情があるようだな」
よかったら聞かせてくれないか、と言われ、グレイスは王宮での出来事を話した。
「――あの子どもを貴女の子どもとして育てろだなんて……なんて酷いことを強要するんだ。どいつもこいつもクズばかりだな」
パトリシアのようにレイモンドは怒りの感情を吐き捨てた。
「わたしがこのまま反対しても、恐らく聞き入れてはくれないでしょう」
「そうだな。近いうちに王宮へ呼んで、貴女を監禁する形で結婚させる可能性がある。考えるだけで虫唾が走るな」
王家を信じたいが……こうなってはどんな強硬手段も辞さないように思えた。
『僕はきみを手放したくない』
アンドリューの今まで見たこともない、暗く、執着心を感じさせる瞳を思い出して、グレイスは無意識に右腕を擦っていた。
「事情はわかった。こうなったら、隣国へ行こう」
「隣国……閣下が暮らしている、エルズワース王国へですか?」
レイモンドが白い歯を見せてニッと笑った。
「そうだ。司祭の前で結婚許可証にサインして夫婦の誓いをすれば、俺たちは結婚したと認められる。ああ、大丈夫だ。きちんと式も挙げよう」
「えっと、式は別に挙げなくても……」
「何言っているんだ。一生に一度の大事な祝い事だ。花嫁衣装を着た貴女を見なかったら、俺が一生後悔する。だからぜひ挙げさせてくれ。他の細々としたことも心配しなくていい。俺が全て請け負う。貴女は身一つで俺の所へ嫁いでくればいい」
よし、と彼は立ち上がった。
「こうなったらすぐにでも出立しよう」
グレイスが驚いた表情をすれば、レイモンドは笑った。
「なんだ。やっぱり嫌になったか?」
「あ、いえ、そうではなくて、きゃっ」
こちらへ近寄ってきたレイモンドがいきなり自分を抱き上げたので、グレイスはびっくりしてしまう。目を白黒させるグレイスに、レイモンドは甘い微笑と共に囁くように告げた。
「悪いが、俺は貴女を逃すつもりはない。このまま隣国へ攫うつもりだ」
「え、あの、閣下。それは、構わないのですが」
「俺に大人しく攫われてくれるのか?」
気障な態度から一転、ぱぁっと表情を輝かせる彼に、グレイスはしどろもどろになって答える。
「あの、家族に……せめて兄と妹に国を出ることは伝えておきたいのです」
心苦しいが、父に伝えるのは今はやめておこう。馬鹿なことを言うなと反対され、家に監禁される可能性がある。
「父には、今夜王宮に泊まるかもしれないと伝えておきました。ですから、今夜のうちに隣国へ出立することにして、後で手紙を渡してもらえると助かります」
「わかった。すぐに手配させよう」
今手紙を書けるかと聞かれ、こくりと頷く。
「よし。誰か! 書く物をすぐに用意してくれ!」
「あの、一度下ろしてもらえると助かるのですが……」
レイモンドははたと気づいたように「そ、そうだな」とあたふたし始めた。流れるような動作で抱き上げておきながら、なぜ今さら耳を赤くして恥ずかしがっているのだろう。
(やっぱり、少し変わった方だわ……)
グレイスはそう思いながらも、レイモンドと生まれ育ったイングリス王国を出ることを決めたのだった。
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