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動かぬ証拠

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 王族には魔力が流れている。とはいっても、おとぎ話のように魔法を使えることはもうできなかった。時代が下るにつれて世界の神秘が薄れ、ただの人間と変わらぬ存在へと変わってしまったという。

 ただ、脈々と受け継がれていく血と共に魔力は確かに残っており、見る者が見れば、魔力があることに加え、個人の識別も可能なようだ。

 つまり、リアナの子どもであるジェイクが、アンドリューの血を引いているかどうか識別するのに使える。

 キャンベル公爵はこのことを見越していたようで、宮廷魔術師――式典の時くらいしかお目にかからない、何百年も生きているような風貌のご老人をすぐさま呼び寄せ、ジェイクとアンドリューのことを調べさせた。

 まず目で二人の心臓あたりを観察し(何でも魂の色が見えるとか……)、次に占い師が使う水晶体(何でも魔力ある者が触れると色が変わるとか……)を使用して、結果的にジェイクには魔力が流れており、その色もアンドリューと同じ色で――間違いなく親子であることが判明した。

「どうです? これでもう疑いようなく、ジェイク様はアンドリュー殿下のご子息であると言えましょう」

 勝ち誇った様子で断言するキャンベル公爵に、国王夫妻も認めるしかなかった。

「そちらの宮廷魔術師は、私の祖父母が生きていた頃……まだ辛うじて魔術の行使が見られた時代を生きていた者だ。同じと言うのならば、その通りなのだろう」
「……本当に、僕の子なのか……」

 揺るぎない真実を突きつけられ、アンドリューは呆然とリアナとジェイクを見つめた。
 彼の頭の中には、今自分の存在はないだろうなと、グレイスは遠巻きに眺めながら思った。

(いきなりだったとはいえ、彼女との間に子どもがいて、嬉しいと思っているのかしら……)

 非常に居たたまれない気分であった。一体これから自分はどうすればいいのだろう……。

「気分が悪い」

 グレイスが途方に暮れていると、父が椅子から荒々しく立ち上がりながら吐き捨てた。

「帰るぞ、グレイス」
「あ……」

 手首を掴んで、一刻も早くこの場から立ち去ろうとする父に、グレイスもたたらを踏んでついて行こうとする。

「グレイス!」

 その背中に、アンドリューが呼びかける。
 彼女はちらりと振り返ったものの、返す言葉が何も見つからず、そのまま部屋を出て行った。

     ◇

「あ、お姉様。お帰りなさい。さっき孤児院からまたお花が届いて――って、どうしたの?」

 ひどく立腹した様子の父に困り果てた姉の顔に、玄関先で出迎えた妹のパトリシアが目を丸くする。

「何か、あったの?」
「ええ、まぁ……」

 王宮からの帰りということで、パトリシアはすぐに何かピンときたようだ。

「まさかまたあの王子が何かやったわけ?」
「ええっと、そう、ね。そういうことになるのかしら……」
「一体今度は何を――」
「大変だよ、パトリシア! さっき街で偶然聞いてしまったんだけれど、アンドリュー殿下の元恋人が現れて、しかも――」

 ちょうど出かけていた兄、マーティンが帰宅するなり、グレイスたちの話を言おうとして、当の本人が目の前にいたので、悲鳴に近い声を上げて驚いた。

「グ、グレイス。おまえ……」
「お帰りなさい、お兄様。どうやらその様子だと、すでに真実が出回っているようね」
「し、真実って、じゃあ噂は……」
「ねぇ、どういうこと? 殿下の元恋人って、まさか……」

 グレイスは小さくため息をついて、兄と妹に弱々しく微笑んだ。

「殿下の元恋人のリアナ様が、殿下の子どもと一緒に現れたの」

 グレイスの結婚は破談になって間違いないだろう。
 絶句する兄妹をよそに、グレイスは冷静にそう思った。

     ◇

「公爵め! すでにあの女と子どもの存在をあちこちに流していたか。抜け目ないやつめ」

 客間では、さっそく詳しい説明と今後についての家族会議が開かれていた。
 父は飲まなければやっていられないとばかりに昼間から酒を呷っている。

「なんなの隠し子って……最悪。不潔。男としてじゃなくて、人間として最低よ。クズの極みだわ」

 一言一句呪詛を込めるように言葉を吐くパトリシアを、グレイスは名前を呼んで窘めた。いつもは姉を、早くに亡くなった母親のように慕って、たいてい受け入れるパトリシアだが、今回ばかりは「だって!」と語気を荒げて反論する。

「今までだってあの男は散々姉様のこと蔑ろにしておきながら、ようやく反省して結婚すると思った矢先に昔の恋人が現れて……しかも隠し子まで! これで冷静でいられる方がおかしいわよ!」
「パトリシア。グレイスだって、ショックを受けているに決まっているじゃないか」

 兄がそう言えば、パトリシアはハッとした様子に、しゅんと肩を縮こまらせた。

「そうよね……。お姉様が一番辛いのに……取り乱してしまって、ごめんなさい」

 先ほどまでの怒りはどこへやら、今や泣きそうな顔で謝る妹の姿に、グレイスは慰められる思いがした。

「いいのよ、パトリシア。あなたがわたしのために怒ってくれるから……だから今、わたしは冷静でいられるの」
「お姉様……」
「それにね、こう言ってはなんだけれど……殿下に子どもがいるってわかった時、心のどこかで『ああ、やっぱり……』って、思ってしまったの」

 アンドリューならば、やってもおかしくない。
 グレイスは彼のことを信じていなかったのだ。

 だからショックはショックなのだが、そうかもしれないと無意識に予防線を張っていたので、自殺してやろうという最悪な心境に陥るまではなかった。

「まぁ、殿下のご令嬢に対する寵愛ぶりはすごかったしね……」
「私、その女のことも嫌いだわ」

 眉間に皺をよせ、まずいものでも食した顔でパトリシアはリアナについて評する。

「子どもを身籠った経緯も、結局狙ってやったわけでしょう? それって親になるにあたって、どうなの? なんか上手く言えないけれど、すごく嫌。いやらしいっていうか、気持ち悪い」

 少女らしい潔癖さも相まって、パトリシアはリアナをひどく嫌悪した。

「おまえはもう少し、言葉を選びなさい」
「兄様だって、そんなことされたら迷惑でしょう?」
「それは、まぁ……自分の知らない場所で自分の血を引いた子どもが勝手に生まれていたと思えば、ゾッとするね」
「でしょう?」
「お兄様、パトリシア。リアナ様はその時、十八歳だったのよ。それを忘れてはいけないわ」

 そして、たとえアンドリューに子どもを作るつもりがなかったとはいえ、彼はリアナを抱いた。しっかりと避妊をしていても、絶対はあり得ないのだ。そのことを、彼は忘れている。

「……こう言っては何だか、グレイスが殿下と結婚した後や子どもができた後に発覚しなかったのは、不幸中の幸いだったかもしれないね」
「そうね……。うん、そうよ! あんな最低な王子のことはさっさと忘れて、今度こそ、お姉様のことを大切にしてくれる、最高に素敵な男性と結婚するべきよ!」
「いいや。グレイスはアンドリュー殿下と結婚するのだ」

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