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元カノ&隠し子の襲来

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 リアナが突然現れたと知らされ、グレイスはアンドリューと共に彼女の待つ部屋へと通された。そこには国王夫妻やグレイスの父親、リアナを連れてきたというキャンベル公爵が揃っていた。

「リアナ……」
「殿下……」

 アンドリューは呆然とした様子でかつての恋人を見つめる。ピンクブロンドという珍しい髪色に琥珀色の瞳を持つ、小柄で可愛らしい女性――リアナは目を潤ませ、自分の子どもであるジェイクを抱き寄せながら、これまでの様々な想いが溢れたような表情をしていた。

 感動の再会として二人は抱き合うのだろうかとグレイスは思ったが、アンドリューはどこか気まずそうにふいと視線を逸らし、彼の母親でありこの国の王妃が堪らずといった様子で口を挟んだ。

「アンドリュー。この娘があなたの息子を連れてきたと言っていますが、何かの間違いですよね?」
「王妃殿下! なんてことをおっしゃるのですか! 彼女は王太子殿下のかつての想い人であり、彼の血を引いた子どもを――この国の世継ぎを産んだ女性ですよ!」

 キャンベル公爵がどこか芝居がかった口調でそう王妃を窘めれば、彼女も一瞬言葉が悪かったかと気まずそうな顔をする。しかし家臣に過ぎない公爵に言われて不快さを覚えたのか、すぐに苛立った表情で言い返す。

「わたくしはアンドリューとその娘の仲を認めたことなど一度もありません。周りに認められていないのに子だけ宿して……しかもそれをずっと隠し通して、産んでから図々しく現れるなんて、汚らわしいことこの上ありませんわ」
「王妃殿下! それはあんまりな言いようなのではございませんか」
「二人とも、よしなさい。……アンドリュー。どうなんだ。おまえに身に覚えはあるのか」

 国王が喧嘩する王妃と公爵を諫め、当事者である息子に静かに問いかける。
 アンドリューが口を開く前に、グレイスが「あの……」と呼びとめた。
 控えめなグレイスの声に、その場にいた誰もが一斉に振り返る。

「ジェイク様には、別室でお待ちいただいた方がいいと思います。子どもが聞くにはいろいろと差し障りがある内容だと思いますので……」

 まだ小さいとはいえ……いや、幼いからこそ、聞かせてはいけないだろう。

 グレイスの指摘に、誰もがその通りだと思い、ジェイクを侍女に連れていかせようとする。母親と引き離されることを敏感に察したジェイクが母親にしがみつく。リアナも子どもを抱きしめ、怯えを滲ませた目で周囲の人間を見たが、このまま話を続けるのはよくないと説得され、渋々と息子に後で必ず迎えに行くことを伝え、部屋を後にさせた。

「――それで、どうなのだ。アンドリュー」
 改めて、ため息まじりに国王が問いかける。
「……子どもを作るのは、きちんと議会や父上たちに認められてからにしようと決めていました。だからリアナとも……」

 ちらりとアンドリューがグレイスを――幻滅されることを恐れる気持ちと罪悪感から見て、また視線を逸らして続けた。

「そういうことをしても、子どもができないよう、必ず避妊薬を飲ませていました。……その子は本当に、僕の子どもなのか?」

 最後の疑惑に満ちた言葉は、リアナの表情を凍りつかせた。
「殿下! あなたは最愛の女性を疑うのですか!?」
 傷つく母親に代わって、またもやキャンベル公爵が憤る。

「そういうわけじゃない。だが、僕の子じゃない可能性も――」
「いいえ。この子はあなたの子です」

 ショックを受けていたリアナが立ち直り、きっぱりと断言する。

「しかし……」
「殿下と私ではどうあっても結ばれないと思ったので、せめて……あなたとの子どもが欲しくて、あなたと過ごした最後の夜、避妊薬を飲まなかったのです」
(なんて……)
「浅はかな」

 小さく吐き捨てた父の言葉は、シンと静まり返った部屋には大きく響いた。

「……リアナ。ではその子が僕の子だとして……どうしてもっと早く、会いに来てくれなかったんだ。今まできみはどこにいたんだ」

 アンドリューの疑問はもっともであろう。
 あれだけ探しても、リアナの消息はとうとう掴めなかったのだ。

「……私、今まで隣国で暮らしていたのです」
「隣国……」

(やっぱり外国にいたのね……)

 やはりあの時、アンドリューを諦めさせず、探し続けていれば、彼女は見つかったかもしれない。

「隣国の……エルズワース王国は、未婚の母親を保護する政策が手厚くて……だから、そういった人たちを支援する団体に施設を紹介してもらって、そこであの子を産んで、育てていました」

 ぎゅうっと自分の身体を抱きしめ、リアナは打ち明ける。
 誰かの手を借りられる環境だったとはいえ、異国の地での出産はさぞ心細かっただろう。
 そのことに同情する気持ちは湧いたが……。

「なぜ、今さらになって会いに来たんだ」

 ともすれば相手を責めてしまいそうな言葉を必死で押し留めるような、苦しそうな表情でアンドリューは尋ねる。彼がなぜ、と問う度にリアナは泣きそうな……すでに目を潤ませて、必死で瞬きを繰り返していた。

「最初は会わないつもりでした。でもあの子が成長するにつれて、殿下の面影を見出す度に、一目でもお会いしたくて……あなたに我が子を抱いてほしいと思ったのです」
「……」
「最初は、遠目からお姿を見るだけでよかったのです。でも、殿下がずっと私のことを探していると知って、グレイス様とのご結婚が決まったと聞いて――」
「きみは、僕がずっと探していることを知っていたのか?」

 こくりとリアナは俯いて頷く。

「それは……いつから?」
「……王宮を出てからです」
「すぐじゃないか……どうしてその時に……」

 出てきてくれなかったんだ、という声なきアンドリューの非難に、ばっとリアナは顔を上げた。

「だって! お腹の子を堕ろされると思ったんです! 産んでも、きっと取り上げられると思ったから……そんなの、絶対に嫌だったから。だからっ……」

 リアナはその時、十八歳だった。成人したとみなされるが、実際はまだ子どもだった。
 彼女が不安からそう考えてしまうのも無理はない。だが、彼女のそうした行動にアンドリューは傷つき、失望した様子を隠せなかった。

「きみは……僕を信じられなかったんだな……」

(彼女が殿下を信じていれば、子を身籠ったことを打ち明け、お二人で反対する人々と戦おうとしたかもしれない)

 経緯はどうあれ、世継ぎを孕んだのだ。
 国王夫妻もこうなったら仕方がないと折れたかもしれない。
 でも、リアナは逃げてしまった。その選択が最終的に、最悪の結果を生んでしまったと気づかずに……。

「アンドリュー、ひどいわ……。私がどんな思いであの子を産んで、育てたと思っているの……」
「彼女の言う通りです! 殿下、あなたは過去の行いと、ジェイク様の未来に対して、責任を取るべきでしょう」

 キャンベル公爵が声高らかに宣告した。
 まるでリアナの親類のように物申す様子に、王妃や父が顔を顰める。

「キャンベル。そなたがリアナとジェイクをここへ連れてきたが、どうやって知り合ったのだ」
「はっ、陛下。彼女が王都で殿下に会おうかどうか迷い、途方に暮れているところを、私の忠実な家臣が偶然にも発見し、保護したのがきっかけでございます」

(本当かしら……)

 何やら含みがありそうな出会いに、他の面々は胡散臭さを覚える。

「冷酷無慈悲なそなたには珍しく、親切に接してやるではないか。一体何を企んでいる?」
「おや、オルコット卿。人聞きの悪い。私はいつだって困っている者に手を差し伸べる紳士です」
「ふん。本当にそのつもりならば、私の娘が困るようなことはするまい」
「お父様。おやめになって」

 喧嘩している場合ではないとグレイスが仲裁に入るが、父は無視して、なおも怒りをぶつける。

「大方、殿下の婚約者にそなたの娘ではなく私の娘が選ばれたから、腹いせにその娘を探させ、妃に据えようと画策したのだろう。腹黒い貴殿のやりそうなことだ」
「失礼な。私はただ憐れな親子を救い、実の父親のもとへ連れてきただけだ」
「そなたが妃にしようと企んでも、たかが子爵家の娘に務まるはずがない。ゆくゆくは王妃になるのに品格が足りない」
「オルコット卿は相変わらず頭が固い。今の時代身分にこだわるなど、もはや時代遅れだ。これからは恋愛結婚。真実の愛が、殿下の相手に選ばれるのだ。だがまぁ、そんなにも身分にこだわるのならば、彼女は我がキャンベル家の養女になればいい。そうすれば身分も釣り合い、誰も文句を言うまい」
「貴様、やはりそれが魂胆だったか」
「双方、いい加減にせよ」

 国王が威厳ある声で咎め、ようやく二人は口を噤んだ。だが父の表情は憎々しげにキャンベル公爵を睨みつけており、公爵は一枚噛ませてやったとばかりに優越感に浸っている。

「……リアナ。あの子は本当に、アンドリューの子だと言うのだな?」
「はい」
「そうか……」

 諦めたように吐息を零す国王に、まさかと王妃が眉根を寄せる。

「あなた。その娘の言うことを信じると言うのですか」
「信じるも何も、確かな証拠が存在しているではないか」
「そんなの、まだわかりませんわ。妃の座欲しさに、巧妙に嘘をついている可能性だってあります」
「母上」

 見かねたアンドリューが止めようとするが、発端の原因である息子を王妃は叱りつけるように言った。

「アンドリュー。あなたはどう思っているのです。今まで一度も会ったことのない、突然現れたあの子どもを実の息子だと思えるのですか? その娘を本当に妻に迎えるつもりなのですか?」
「それは……」

 畳みかけるような質問にアンドリューは気圧され、すぐに答えられなかった。
 躊躇いはリアナの心を傷つけ、表情を曇らせた。

「やれやれ。王妃殿下にも困ったものですな。ではここは一つ、殿下とご子息が確実に血の繋がりを持っているかどうか、調べさせましょう」
「一体どんなイカサマを使うつもりだ?」
「イカサマなど、とんでもない。王族の証を示す、決定的な証拠があるではありませんか」

 キャンベル公爵の言葉に、国王夫妻はハッとした様子を見せる。

「宮廷魔術師をお呼びしましょう。王族の証として魔力を感じることができれば、ジェイク殿は確実に殿下のお子と証明されます」

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