わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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ディートハルト

33、雌雄*

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 それからまた、二人は夫婦の営みを再開した。たまにギーゼラのことが気になってイレーネが抜け出す夜もあるが、その回数は確実に減っていき、彼女は母親ではなく、女として、ディートハルトに身体を貫かれ、一つに繋がっていく。

「あっ、んっ、だめっ、いくっ……」

 身を仰け反らせて高みへ昇った彼女の姿に、彼もまた後を追う。イレーネの声が遠くで聴こえ、得も言われぬ快感に包まれ、全身汗だくのまま、ディートハルトは腕の中の存在を強く抱きしめた。

 不思議だった。他の男に抱かれ、子どもまで産んで、自分に穢されて、また子どもを産んで、もう何度も抱かれているというのに、月日が経てば、長いこと触れていなければ、毎回処女を抱いているような気分になった。

 女の身体というのは、誰にも譲り渡したくないというように、目には見えない、堅牢な城壁を何度も築き上げるのかもしれない。

 あるいはそれは、イレーネだからこそ感じるのだろうか。他の女はどうだったろう。マルガレーテも別れる前に抱いたはずだが、思い出せなかった。

 今もディートハルトに抱いてほしいとすり寄ってくる女性はいる。しかし彼にはもう彼女たちを抱く必要はなかったし、抱いている時間がひどく無駄なものに思えたので、すべて断っていた。振り返れば、彼女たちと過ごしてきた時間は一体何だったのだろう、と今はよく感じる。

 むろん彼女たちを抱いて、そのおかげでマルガレーテを手に入れることができ、結果彼女ではだめだとわかり、イレーネの大切さに気づけた。

 でも、そんなことしなくても、どこかで引き返す道もあったのではないか、――と以前出した結論をまたこの頃よく考えてしまう。

 だが、過去には戻れない。自分のやったことは、取り消せない。考えるだけ、益もないことだと諦めた。

「だめっ、そこ舐めちゃっ、あんっ――」

 だからディートハルトは、これからは時間が許す限り、イレーネを愛そうと思った。まともな愛情を知らない自分の愛し方はひどく歪で、世間一般の男女とは違うかもしれないが、彼はイレーネが気持ちよくなっているので、これでいいかと思った。

 彼女が何度強固な城壁を築こうが、自分は何度だって壊してみせよう。壊して、手に入れる。

「……イレーネ。今度はきみが、上に乗ってほしい」

 はぁはぁ、と息を吐くイレーネにお願いすれば、彼女は健気に要求を叶えようとする。ふらふらと起き上がり、ディートハルトの未だ硬く反り返っている陰茎にそっと手を添えて、自身の蜜口へあてがい、はぁ、と深く息を吐いて呑み込んでいく。

「んっ、ふぅ、ぁ、はぁ……」

 悩ましげに眉根を寄せ、何度も甘い吐息を零し、腰や尻を震わせながら熱い肉杭を最奥まで咥えこんでいく姿に、ディートハルトの呼吸も乱れていく。目に焼きつけるようにイレーネの顔を見ていると、気づいた彼女に目を塞がれた。

「イレーネ。これじゃあ見えない……」
「だめ……見ないで……」

 恋人のような戯れに甘い気持ちが押し寄せ、しかしどうせ隠されるならばと、手をそっとどけて、彼女の柔らかな胸に顔を埋めた。吸いつくような肌に舌を這わせ、ピンと硬く尖った蕾を誘われるがまま口に含んで、乳汁を吸った。

「ぁ、ん、ん……」

 母乳は吸われるほど赤ん坊が欲していると思い、分泌量を増やすそうだ。だからイレーネはあまり吸わないでと、ある夜恥ずかしそうに頼んできたが、そんなこと言われて断る男がいるものかとディートハルトは却下した。

「んっ、んんっ、あんっ」

 胸だけでも感じるようになってきたのか、くねくねと腰を動かして、ディートハルトのものを締めつける。逃げないようにぎゅっと拘束して、緩やかに粘膜を擦ってやれば、それも気持ちがいいというように啼いて、ディートハルトの背中にしがみついてきた。

「やぁっ……ディートハルトさま、それ、おかしくなるっ……」

 彼女のその必死さに彼も理性を失い、けれど本能がもっと乱れさせたい、気持ちよくさせたいと、花芽に当たるよう彼女の臀部を掴んで、前後に動かしてやり、彼女の弱い箇所を執拗に突き上げてやると、一際高い声を上げて、大きく身を仰け反らせて絶頂した。白い喉元を目の前に晒され、まるで獲物の息の根を止めるようにディートハルトは歯を立て、甘噛みした。

 彼女はそのまま寝台に倒れ込みそうになったが、彼が背中を支えたまま揺さぶり続けると、首を振って、いや、というように髪を揺らした。

 まるで赤ん坊がぐずって母親の手から逃げ出す仕草だが、しかし今自分の目に映るのは母親ではなく、男のものを咥えて淫らに喘ぐ雌の姿だ。ディートハルトはそんな雌にどうしようもなく興奮する雄で、今もまだ彼女が欲しくてたまらない。

「ディートハルトさま……」

 ギーゼラの前で、イレーネは自分のことをお父様と言ってくれる。内心はどうあれ、娘の父親として認めてくれる。エミールやヨルクの前でも、彼らを養う家長としての役割を求めている。

 彼女が望むならば、そうしよう。だが二人きりの時は、誰の目にも触れない夜の間は――

「あ、あっ、あぁぁん……」

 身を起させ、今度は自分のために、容赦なく突き上げていく。彼女の快楽に蕩けた目は自分を縋るように見つめており、いつかずっと前にもこうして見つめ合った気がして、でもあの時とはもう違っていて、それが何なのか答えを確かめる前に甘い声を出す唇にかぶりついて、無茶苦茶に貪った。

 一人ではなく、彼女も一緒に高みに昇りたいと思い、彼は唇を離し、イレーネ、と呼んだ。

「一緒に、はぁ、きてくれ」
「やっ、もう、むり、あっん……」
「だめだ、はぁ、きみも、一緒にっ」
「あっ、だめっ……そんなに奥、強く突かれたら、わたし、またっ……んっ、あっ、あぁっ――」
「くっ、イレーネ――!」

 きつい締め付けにどくんと弾けて、イレーネの中に熱い飛沫が注がれていく。彼女の汗ばんだ肌を強く抱きしめながら、ディートハルトは目を閉じて深い充足感に酔いしれた。イレーネもぐったりとした様子でディートハルトに身体を預けてくる。

 二人とも肩で大きく呼吸をして、だがやがて先にイレーネの方が熱が冷えたのか、離れようとする。ディートハルトがそれを引き留めるように背中に手を添えれば、イレーネは首を振った。

「もう遅いですから、今日は寝ましょう」
「では明日も、抱いていいか」

 顔を上げて約束を請うディートハルトに、イレーネは困ったように眉根を下げた。目を合わせたまま、そっと自分の頬を指の腹で撫でてきたのでどきりとする。そのまま顔の輪郭をなぞるように下りてきて、ディートハルトはただじっと、彼女の指先を感じていた。

 唇に触れて、顎を滑って、指が、掌が、ディートハルトの首へと当てられた。

「――俺を、殺したい?」


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