101 / 116
ディートハルト
24、独り占め
しおりを挟む
どうして彼女なのだろうとも思う。容姿だけで言えば、マルガレーテの方が優れている。単に身体の相性がいいからだろうか。
先に目が覚めたディートハルトは、イレーネの死んだように眠る寝顔を無表情にじっと見つめていた。誰かのそばで眠ることができたのも、彼女の前だけであった。しかも一人で眠る時よりもずっと心身ともに安らぎ、熟睡できている。
彼女の存在があまりにもちっぽけで弱いから、警戒する必要などないと身体が思っているのだろうか……。
(理由など、何でもいい――)
もう彼女を手放すつもりはなかった。一度は他の男のものになってしまったが、ディートハルトはあまり気にしなかった。イレーネの処女を散らしたのは自分であり――もともと自分のものなのだから。手放して、再び返してもらっただけ。
一度汚された身体でも、自分が再び塗り替えていけばいい。何なら今度こそ他の男では満足できないような、ディートハルトなしでは生きていけないような身体にすればいいだけの話だ。
彼はそれができると、疑いもなく思っていた。
「おじさん。お母さん、どこか具合が悪いのかな?」
イレーネには、ハインツとの間にできた子どもがいた。普通なら前の夫との子どもなど可愛く思えないものだろうが、エミールは顔立ちも優しい性格も――瞳の色だけは違ったが、それ以外はイレーネに似ていたので、むしろ自分の子よりも世話を焼いてやる気になった。
それにエミールがいたからこそイレーネは自分との再婚を受け入れてくれたので、感謝したいくらいだった。だから今も母親の気怠げな様子を心配するエミールに、ディートハルトは大丈夫だと答えた。
「たぶん、慣れない旅で疲れているんだろう」
「そっか……」
「今日は早く休むよう、私からも伝えておこう」
「うん!」
これで母親がよくなると無邪気に返事したエミールに、ディートハルトも笑みを浮かべた。そして心の中で、今日は抱いておくのをやめておこうと思った。
ディートハルトにも、マルガレーテとの間にできた子がいた。決して存在を忘れていたわけではないが、特段自分が何かすべきだとも思わなかったし、何をすればいいかもわからなかった。
父親はディートハルトに最低限の教養を身につけさせ、あとは母からの暴力にも知らない振りをするくらいだった。だから最高の教育と安全を保障してやれば、父親としての役目はそれで果たしていると思っていた。
イレーネに子の存在を聞かれた時も、自分と息子の接し方に何か言いたげな視線を向けられても、何が間違いかわからず……いや、きっと彼女は自分がエミールに接するようにしてほしいのだろうが、それは無理というものだ。
人間は与えられたものしか、返すことができない。ないものを持てと言われても、無理だ。
マルガレーテもそれは同じだった。彼女は産みの母親として息子を気にかけてはいたが、世話などはすべて乳母に一任していた。彼女自身も、そうやって育てられたからだ。ヨルクが自分で立てるようになると、もう気にかけてやる必要はないと妊娠で崩れた体形や美しさを気にし始めていた。
別に彼女が非道というわけではない。
王族を始め、高貴な人間はみなたいていそんなものだ。むしろイレーネの方が珍しい。彼女もおそらく乳母に育てられたはずだが、母親が監禁されていたぶん、結果的に近い距離で育てられたのだろう。だがそれも、彼女が大きくなると同時に引き離されたみたいだが。
平民に混じって暮らしていたのならば、人の手もそう借りられず、エミールも自分の手で育てたというわけだ。彼女が自分とヨルクの関係に疑問を抱くのは仕方がない。
根が優しい、というのもあるだろう。最初はどう接していいかわからず、困っていたイレーネだが、探り探り、ぎこちない様子でヨルクに話しかけ、受け入れてもらおうと努力していた。そんな彼女の態度に息子も徐々に心を開き始めたのか、ディートハルトやエミールがいない時には本を読んでもらっていると家令が教えてくれた。
「ほら、ヨルクも一緒に行こう!」
「エミール。そんなに引っ張っちゃだめでしょう」
エミールも混じれば、三人は本当の家族のように見える。
ディートハルトはそんな彼らの姿を見ても、何も感じなかった。むしろイレーネが自分にではなく彼らに砕けた表情を見せていると、彼女が取られてしまうような子ども染みた嫉妬を覚える。
相手はまだ年端もいかない子どもだが、男は男だ。そう考える自分に我ながら呆れるが、ディートハルトは自分だけがイレーネを独り占めしたかった。
再婚して二人きりで寝室に籠っている間が一番幸せだった。誰にも邪魔されず、思う存分イレーネの身体を堪能できた。心は自分を受け入れていないのに、丹念に愛撫していけば中から溢れるほどの蜜をこぼし、吐息に艶めいた声が混ざり、苦悩に満ちた表情が快感に蕩けていく。ディートハルトを受け入れ、柔らかな襞で奥へと誘い、きつく締めつける。
ディートハルトがイレーネのことしか考えられないように、彼女も自分のことしか映しておらず、――たとえ他の男を想っていても、無理矢理振り向かせて、自分を映させた。
先に目が覚めたディートハルトは、イレーネの死んだように眠る寝顔を無表情にじっと見つめていた。誰かのそばで眠ることができたのも、彼女の前だけであった。しかも一人で眠る時よりもずっと心身ともに安らぎ、熟睡できている。
彼女の存在があまりにもちっぽけで弱いから、警戒する必要などないと身体が思っているのだろうか……。
(理由など、何でもいい――)
もう彼女を手放すつもりはなかった。一度は他の男のものになってしまったが、ディートハルトはあまり気にしなかった。イレーネの処女を散らしたのは自分であり――もともと自分のものなのだから。手放して、再び返してもらっただけ。
一度汚された身体でも、自分が再び塗り替えていけばいい。何なら今度こそ他の男では満足できないような、ディートハルトなしでは生きていけないような身体にすればいいだけの話だ。
彼はそれができると、疑いもなく思っていた。
「おじさん。お母さん、どこか具合が悪いのかな?」
イレーネには、ハインツとの間にできた子どもがいた。普通なら前の夫との子どもなど可愛く思えないものだろうが、エミールは顔立ちも優しい性格も――瞳の色だけは違ったが、それ以外はイレーネに似ていたので、むしろ自分の子よりも世話を焼いてやる気になった。
それにエミールがいたからこそイレーネは自分との再婚を受け入れてくれたので、感謝したいくらいだった。だから今も母親の気怠げな様子を心配するエミールに、ディートハルトは大丈夫だと答えた。
「たぶん、慣れない旅で疲れているんだろう」
「そっか……」
「今日は早く休むよう、私からも伝えておこう」
「うん!」
これで母親がよくなると無邪気に返事したエミールに、ディートハルトも笑みを浮かべた。そして心の中で、今日は抱いておくのをやめておこうと思った。
ディートハルトにも、マルガレーテとの間にできた子がいた。決して存在を忘れていたわけではないが、特段自分が何かすべきだとも思わなかったし、何をすればいいかもわからなかった。
父親はディートハルトに最低限の教養を身につけさせ、あとは母からの暴力にも知らない振りをするくらいだった。だから最高の教育と安全を保障してやれば、父親としての役目はそれで果たしていると思っていた。
イレーネに子の存在を聞かれた時も、自分と息子の接し方に何か言いたげな視線を向けられても、何が間違いかわからず……いや、きっと彼女は自分がエミールに接するようにしてほしいのだろうが、それは無理というものだ。
人間は与えられたものしか、返すことができない。ないものを持てと言われても、無理だ。
マルガレーテもそれは同じだった。彼女は産みの母親として息子を気にかけてはいたが、世話などはすべて乳母に一任していた。彼女自身も、そうやって育てられたからだ。ヨルクが自分で立てるようになると、もう気にかけてやる必要はないと妊娠で崩れた体形や美しさを気にし始めていた。
別に彼女が非道というわけではない。
王族を始め、高貴な人間はみなたいていそんなものだ。むしろイレーネの方が珍しい。彼女もおそらく乳母に育てられたはずだが、母親が監禁されていたぶん、結果的に近い距離で育てられたのだろう。だがそれも、彼女が大きくなると同時に引き離されたみたいだが。
平民に混じって暮らしていたのならば、人の手もそう借りられず、エミールも自分の手で育てたというわけだ。彼女が自分とヨルクの関係に疑問を抱くのは仕方がない。
根が優しい、というのもあるだろう。最初はどう接していいかわからず、困っていたイレーネだが、探り探り、ぎこちない様子でヨルクに話しかけ、受け入れてもらおうと努力していた。そんな彼女の態度に息子も徐々に心を開き始めたのか、ディートハルトやエミールがいない時には本を読んでもらっていると家令が教えてくれた。
「ほら、ヨルクも一緒に行こう!」
「エミール。そんなに引っ張っちゃだめでしょう」
エミールも混じれば、三人は本当の家族のように見える。
ディートハルトはそんな彼らの姿を見ても、何も感じなかった。むしろイレーネが自分にではなく彼らに砕けた表情を見せていると、彼女が取られてしまうような子ども染みた嫉妬を覚える。
相手はまだ年端もいかない子どもだが、男は男だ。そう考える自分に我ながら呆れるが、ディートハルトは自分だけがイレーネを独り占めしたかった。
再婚して二人きりで寝室に籠っている間が一番幸せだった。誰にも邪魔されず、思う存分イレーネの身体を堪能できた。心は自分を受け入れていないのに、丹念に愛撫していけば中から溢れるほどの蜜をこぼし、吐息に艶めいた声が混ざり、苦悩に満ちた表情が快感に蕩けていく。ディートハルトを受け入れ、柔らかな襞で奥へと誘い、きつく締めつける。
ディートハルトがイレーネのことしか考えられないように、彼女も自分のことしか映しておらず、――たとえ他の男を想っていても、無理矢理振り向かせて、自分を映させた。
388
お気に入りに追加
4,937
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。
ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」
ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。
「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」
一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。
だって。
──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる