わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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ディートハルト

20、マルガレーテ かつての情熱

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 マルガレーテはディートハルトに言われた通り、内側から鍵をかけて、開けてくださいという訪問者の声を無視した。みな切羽詰まったような、懇願するような声で頼むので、マルガレーテは可哀想にも思い、開けてしまいたくなかったが、ディートハルトの声よりは惹かれなかったので、ぐっと堪えた。

(それにしても、どうしてみなさんこんなことするのかしら)

 マルガレーテは不思議に思いながら、王女時代のことを思い出す。あの時も一目自分の姿が見たいと、扉を叩く者が絶えなかった。マルガレーテはその時、ディートハルトだけに扉を開くことを許した。

 彼は幼い頃に出会った初恋の人で、マルガレーテが王都へ連れ戻されても、追いかけて、結婚したいとお父様に望んでくれたから。そしてとても素敵な容姿をしていたから。あの神秘的な紫色の瞳が情熱的に自分を見つめる度に、マルガレーテは心を蕩かされ、彼になら自分のすべてを捧げてもいいと思ったのだ。

(でも、今は何だか物足りないの……)

 内乱が収まっても、彼は忙しいらしく、マルガレーテを求めてくれなかった。抱いてほしいと言えば、優しくて自分を誰よりも愛している彼は望みを叶えてくれるだろうけれど、そんなのはしたない。それにそういうことは女からではなく、男から欲するものだと彼女はいつかの自分の振る舞いを忘れて思っていた。

 とにかく、今のディートハルトは正直物足りない。ヨルクが生まれたせいか、自分のことを妻ではなく、母親、家族の一員としてか見られなくなっているのだろうか……。

 彼は過去に両親から虐待されて、とても可哀想な経験をしているから、温かい家族を欲しているのだと思う。マルガレーテも、叶えてあげたいと思っていた。

 でも実際に子どもを産んで、母親となっても、自分の心は少女のままで、以前のようにディートハルトに激しく求められたかった。あの焦がれるような目で、情熱的に抱いてほしかった。甘い言葉をたくさんくれるのも嬉しいが、何より行動で示してほしいと思う自分がいた。

(嫌だわ、わたくしったら、はしたない……)

 自身の頬に手をやり、マルガレーテは悩ましげにため息をついた。早く、ディートハルトに戻ってきてほしい。そして自分を訪ねてきた男たちに嫉妬して、この寂しくて切ない疼きを慰めてほしい……。

「――姫」

 そんなマルガレーテの願いを叶えるように、扉の外から声がした。それは今までの訪問者と違い、マルガレーテの心に深く響いた。

「あなたに、一目だけでもお会いしたい。声を、聴きたい」

 そして何より――過去のディートハルトを思わせる、情熱が感じられた。貴女さえいれば、他には何もいらないと思うほどの強い恋心が。

 気づけばマルガレーテは、扉を開けていた。そしてそこには、美しい青年が立っていた。ディートハルトには及ばないが、過去の彼よりも強い感情を秘めた眼差しで自分を見つめる青年がマルガレーテに告げた。

 あなたが好きだ、愛していると。

(――ああ、ごめんなさい。ディートハルト)

 マルガレーテは一歩後ろへ下がると、青年を部屋の中へ招き入れてしまった。彼に抱擁されても、拒めなかった。口づけされても、拒まなかった。

 マルガレーテは二度目の恋に落ちてしまった。

 それはすでに結婚して、子どもまでいるというのに、逆らえないほどの強い恋。背徳の恋だった。

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