わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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ディートハルト

15、我慢の限界*

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※注意 ヒロイン以外とやっている描写があります


「あら、ディートハルト。私に一体何の用かしら」

 グリゼルダに謁見を申し出たディートハルトは単刀直入に、イレーネの居場所を教えてほしいと頼んだ。

「イレーネ?」
「貴女が、彼女の駆け落ちの手伝いをなさったのでしょう」
「何のことかしら。それにイレーネって……ああ、以前おまえの婚約者だった女ね? そういえば、私の侍女も務めていたのだったわね……その娘が駆け落ち? まぁ、大人しい娘だと思っていたのに、大胆なことをしたものね」

 ディートハルトが黙り込んでじっと見つめても、王女は感情の見えぬ表情で微笑むだけだ。

「悪いけれど、彼女が今どこで何をしているか、私は全く知らないの。力になれなくてごめんなさいね」
「……妻が、殿下の見合い話はどこまで進んでいるのだろうかと気にしておりました。結婚式にも、ぜひ参加したいと」
「まぁ、そうなの。でも、期待に応えられなくて申し訳ないけれど、私はまだ当分結婚するつもりはないの」
「見合い相手に、わざわざプレゼントを贈ったと聞いております」
「ああ、あれはね」

 そこでグリゼルダは初めてにっこりと笑った。悪戯が成功した時のような無邪気な笑みだった。

「今も戦地に残っている白の騎士団への救援物資よ。お父様やお兄様に言っても、もったいないと反対されるから、見合い相手へ贈り物を届けるように見せかけたの」

 理解できたかと問われ、ディートハルトは心とは裏腹に頷くしかなかった。

「貧しい人や、傷ついている人のために、少しでも力になりたかったの」
「とても立派な、行いだと思います」
「ありがとう。ではあなたの誤解も解けたようだし、もういいかしら」

 グリゼルダはどこまでも知らない振りをして、ディートハルトを追い返した。身重の妻が夫の帰りを待っているだろうからと言って。

 グリゼルダが教えてくれないならば自分で探すしかない。あの時の荷馬車は隣国へ行くと言っていた。国境近くだろうか。それとも王都の近くか。

(面倒だな……)

 とりあえずイレーネの父親に頼んで、目ぼしい所を当たってもらおう。自分も騎士団の仕事の合間を縫って探しに……とそこでディートハルトは今の国王の顔を思い浮かべて、ひどく面倒な気持ちになった。

 王国では王太子であったヴィルヘルムが即位して、新王を祝う宴が毎日のように夜遅くまで開かれていた。聖戦で多くの騎士が犠牲になったことなど、戦に参加していない若き国王には関係のないことであったのだ。彼の取り巻き――外国人の王妃と共にやってきた貴族たちも同様で、ただ王の未来は輝かしいものだと無責任に褒め称えた。

 そんななかでマルガレーテは無事に男児を出産し、公爵家の屋敷内も活気だった。ディートハルトもマルガレーテを労い、しばらくはゆっくり休んでくれるよう伝えた。

「ほら、見て。あなたそっくり」
「まだわからないよ」

 彼女と自分の血を引いた子どもを見ても、何の感情も湧かなかった。それはそばで見ていても、世話をしても、変わらなかった。自然と父性が芽生えるものかと思っていたが、やはりそんな奇跡は起こらなかった。

「ねぇ、ディートハルト。そろそろ、お医者様もいいっておっしゃったの」

 子が生まれて一年ほど経った頃だろうか。

 久しぶりに屋敷へ帰ることができて、それでも夜遅くまで仕事をしていた時だ。マルガレーテがディートハルトの執務室に訪れ、ガウンの前を自ら開いた。下は何も身につけていなかった。

「もうわたくしに……飽きてしまいましたか?」

 恥じらいながらマルガレーテはディートハルトを見つめた。思えば妊娠がわかってからずっとしていなかった。他の女ともやっていなかった。性欲がなかったわけではないが、相手の機嫌をとったり、後々厄介事に巻き込まれないよう配慮するのが面倒で、自分で済ませる方が楽になっていた。

 だがここまでされると、ディートハルトも断るわけにはいかなかった。もう以前のような熱はマルガレーテに対してなかったが、彼女の美しさは健在であったし、男心をくすぐる生来の性格は気に入っていた。

「マルガレーテ。綺麗だよ」

 ディートハルトはマルガレーテを抱き上げると、寝室へと移動した。寝台の上へ優しく下ろし、相手が焦れるようにゆっくりと口づけしていき、甘い声が上がり始めた頃にガウンを脱がせていく。柔らかな乳房をそっと掌で包んで――

「あ……」

 ディートハルトは手を止めた。何か液体が出てくる。マルガレーテが恥ずかしそうに顔を背けながら言った。

「その……まだ時々出てしまうの……」

 母乳だった。ディートハルトは濡れた自分の掌を眺める。

(――ああ、無理だな)

「ディートハルト?」

 動きを止めた夫にマルガレーテが不安そうに見つめる。彼は何でもないよと微笑んで、胸を避けて、愛撫に徹する。

「ぁあ……きもちいい……ディートハルト……」

 彼は今まで抱いてきた夫人たちを思い出していた。目を瞑って快感に耐える様は今のマルガレーテと重なり合う。もう、ディートハルトにとって同じ存在にしか見えなかった。

「ねぇ……もう、意地悪しないで……いれて……」

 ぴちゃぴちゃとあそこを舐めていたディートハルトの髪をくしゃくしゃにかき混ぜ、むせび泣くようにマルガレーテは懇願した。彼は起き上がり、指を差し込んだ。途端、「いやっ」と女が身を捩る。

「指じゃなくて、あなたのがいいっ、大きくて、硬いのちょうだいっ……」

 元王女とは思えない淫乱なおねだりを恥じらいもなくマルガレーテは口にして、ほっそりとした脚をディートハルトの腰に巻き付ける。まるで蛇のようだな、と思いながら彼は困った顔を浮かべた。

「マルガレーテ。まだ、きみを傷つけてしまいそうで怖いんだ。だから今日はこれで許してくれ」

 指で陰核や中を擦って、彼はマルガレーテを絶頂させた。彼女はいやいやと言いながらも久しぶりでずっと我慢していたのか、かなりの乱れっぷりを見せて魚のようにびくんびくんと震えて達した。そして実にすっきりとした表情で目を閉じて眠ってしまった。

 彼は妻を独り寝室に残すと、執務室へ戻って眠った。朝まで一緒に過ごしたのは、結局数えるほどしかない。それも何度も途中で目が覚めてしまい、寝返りを打っていた。

 仕事を理由に城に泊まったり、執務室で寝る方が落ち着けた。すぐそばに誰かの気配があると、自分は眠れないらしい。

(イレーネ……)

 彼女だけは、例外だったなと気づいた。

 彼女はまだ見つからない。隣国といっても、広い。そしてもしかすると違う国に逃げたのかもしれない。あと一体何年かかるだろう。

 最初はいつまでも待つつもりだった。待てると思っていた。だが足取りさえ一向に掴めない、先の見えない現状にディートハルトは次第に我慢できなくなっていた。

 やはりグリゼルダに口を割らせるしか他に方法はないようだ。

 そしてちょうど、彼女に取引を持ちかける機会が訪れた。

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