わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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ディートハルト

11、結婚*

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 ※注意 ヒロイン以外とやる描写があります


 それからまだディートハルトは何かに引っかかったままだったが、大勢の兵を失った黒の騎士団を立て直する必要に迫られ、それが落ち着けばマルガレーテとの結婚が控えていたので、深く考える暇はなかった。

 イレーネの新しい婚約者についても何も耳に入ってこなかったので、男爵もしばらくは結婚を控えるのだろうと思い、またいつもの平静さを取り戻していった。そして今まで抱いてきたゆえに未練のようなものを感じていたのだろうと結論を出して、いつしか忘れていった。

 忘れなくては、ならなかった。

「ディートハルト……わたくし、幸せだわ」

 マルガレーテとの結婚は大聖堂で華々しく挙げた。白い花嫁衣装に身を包んだ彼女は本当に言葉にできないほど綺麗で、ディートハルトはこんな美しい人を自分の妻にできることを誇りに思い、自分を選んでくれた彼女に微笑んだ。

「ええ、マルガレーテ。俺もです」
「ふふ、よかった。……ね、ディートハルト、そんなに畏まらないで。あなたとわたくしはもう夫婦で、対等な関係ですもの。だから敬語じゃなくて、もっと砕けた口調でこれからは話して」

 昔みたいに、とお願いする妻にディートハルトもわかったと甘い微笑で応えた。

 幼い頃、自分を救ってくれた少女とようやく再会できた。ここにたどり着くまでにいくつもの壁が立ちはだかったものの、今やっとこうして夫婦の誓いを交わせる。幸せでないはずがなかった。

「ディートハルトよ。マルガレーテのことを頼むぞ」
「はっ」
 
 祝宴の席には国王をはじめとする王族一同がずらりと出席していた。その中には当然グリゼルダもいたが、彼女は以前ディートハルトに話しかけた時の態度とは一変して、自分たちの結婚を祝福した。

「あなたたちの幸せが末永く続くことを願っているわ」
「ありがとうございます。お姉様」

 グリゼルダはマルガレーテの返答に対しても心からの笑みを向けているようだった。だが腹の中は何を考えているか見えず、ディートハルトには気味が悪かった。

「私も、早くあなたの夫君のような素晴らしい殿方と結婚したいわ」
「お姉様ならどんな殿方でも恋に落ちてしまいますわ」

 城中の男たちを虜にしたマルガレーテの言葉は嫌味ともとれなかったが、グリゼルダは「ありがとう」と素直にお礼を述べていた。

 その棘のない態度に、グリゼルダの見合いの話は上手くいっているのだろうかと思った。ディートハルトにはまだわからなかったが、どんな男でも彼女は手懐けようとするはずだ。ディートハルトの胸の内を肯定するようにグリゼルダはまた微笑んだ。

 長い宴を終えると、マルガレーテはローゼンベルク家へディートハルトと共に帰ってきた。今日からはここが彼女の家となる。ここで、彼女と家庭を築いていくのだ。

「――なんだか、恥ずかしいわ」

 初夜。湯浴みを済ませたマルガレーテは触り心地のいい夜着に着替えており、恥ずかしそうに自分の身体を抱きしめていた。

「もうすでに一度抱いているのに?」

 後ろから抱きしめて、そっと耳元で囁けば、彼女はさらに俯いてしまう。ディートハルトは目を細め、うなじに口づけを落とす。柔らかな身体を抱き寄せ、その柔らかさを堪能する。甘い息を零しながらマルガレーテは寝台に寝かされ、ディートハルトはそんな彼女を見下ろした。

「ディートハルト……」

 期待に潤む目に、ディートハルトは応えた。二度目に抱く彼女の身体はまだ青い果実のようで、固く強張っており、丁寧に解して、たくさん愛の言葉を囁いてやる必要があったが、苦には感じなかった。だって彼女は、ディートハルトのたった一人の最愛の人だから。彼女を手に入れるために、自分は多くのものを切り捨ててきたから……。

「あっ……ディートハルト……!」
「大丈夫。そのまま身を委ねて……」

 マルガレーテはまだ上手くいけない身体で、ディートハルトのものを締めつけた。まだ処女ともいえるきつさがディートハルトを射精に導いた。彼に引きずられるようにして、彼女も気をやった。たった一度の絶頂でマルガレーテはすでにぐったりとしており、しばらくの間気を失ったように目を閉じていた。

「ぁ……ごめんなさい、わたくし……」

 彼女はまだディートハルトが満足していないと思って、謝ってくる。そんな新妻の気遣いにディートハルトはくすりと微笑み、額に口づけした。

「今夜はもうお疲れになったでしょう。どうかお休みになられてください」
「でも……」
「明日からもう俺たちは夫婦なんです。いくらでも時間はある。これから永遠に、貴女は俺のものなんですから」

 ゆっくりと快楽を覚えていけばいい。

 ディートハルトの微笑みにマルガレーテは顔を真っ赤にさせながらもこくりと頷き、安心したように眠りについた。彼女の無防備な寝顔をしばらく見ていたディートハルトも横になり、天井を見上げた。目を閉じて、眠ろうする。だが妙に頭は冴えて、浅い眠りを繰り返して、マルガレーテが目を覚ます前に寝床を後にした。

 まだ慣れないのだと思った。

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