わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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76、いつかと同じで

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 イレーネはグリゼルダが部屋へ来るかもしれないと思い、しばらく中で待ち続けた。

「イレーネ!」

 だが代わりに来たのは、ディートハルトだった。

「まぁ、ディートハルト様」

 彼は珍しく慌てた様子で、つかつか歩み寄ってくると、イレーネを強く抱きしめた。息も、弾んでいた。こんな動揺したような姿を見るのは初めてかもしれない。

「どうなされたのですか」

 マルガレーテたちと会食中ではなかったのかと問えば、抜け出してきたと早口で答えられる。

「そんなことして、大丈夫なのですか」
「もう十分話した」
「ヨルクは?」
「従者に部屋を案内させた」

 質問を重ねるイレーネに、ディートハルトはそんなことどうでもいいとばかりにおざなりに答えていく。イレーネはまだ聞きたいことがあったが、抱擁を緩めたディートハルトに、まじまじと顔を見つめられ、鋭く尋ねられた。

「あの男に何をされた?」
「あの男って?」
「ユリウスのことだ」

 必死に苛立ちを抑え込んだ声で言われても、イレーネはおっとりとした口調で答えた。

「ユリウス様とは世間話をしていただけです」
「世間話とは」
「お互いのこれまでのことです」

 何もやましいことはしていない。落ち着いた態度で淡々と話しても、ディートハルトは信じられないのか黙り込んだ。そして突然押し倒してきたので、イレーネは待ってと胸を押した。

「ここでは嫌です」

 せめて部屋へ戻りたいと言えば、抱き抱えられる。ほっとしたのも束の間、ディートハルトは外への扉ではなく、奥へと繋がる扉へ向かう。彼女が嫌だと暴れても、彼は聞かなかった。

 奥の部屋――マルガレーテの寝室は、まるで当時のままであるかのように手入れがされていた。イレーネは血の気が引く思いがしたが、ディートハルトは構わず寝台へ寝かせ、覆い被さって首筋に顔を埋めてくる。彼女はなおもしばらく抵抗を続けたが、もうこうなったら何を言っても無駄だと諦めて、大人しくされるがままになった。

「首飾りはつけなかったのか」

 胸元を愛撫していた彼が、ふと気づいたというように口にした。

「ええ」
「なぜ」
「だって、目立ちますもの」

 しかもディートハルトの瞳の色をしているのだ。ご婦人方を刺激するだけだ。

「目立つから意味があるんだろう」
「……あなたのものだとわかって?」
「そうだ」

 ちりっとした痛みを与えながら、彼はイレーネの肌に吸い痕を残していき、太股を這うようにして大きな掌を中へと差し込んでくる。

「でも、イヤリングはつけましたわ……」

 これもまた、ディートハルトの色を取り入れてある。揺れる度、忌々しそうに見る女性たちの嫉妬をかき集め、十分彼のものだと示せただろう。ディートハルトはこれまで贈り物をするタイプではなかったから。

(ああ、でもマルガレーテ様は違ったのかしら)

「今度はネックレスもつけてくれ」

 今度は、ということはもう今回の舞踏会には参加させないのだろうか。イレーネを誰の目にも――二度とユリウスの目に触れさせないよう閉じ込めるのだろうか。

「ん……」

 太股を厭らしく撫でられ、くすぐったさに腰が反り返り、お腹を突き出すような姿勢になる。ディートハルトは耳元に唇を寄せ、イレーネにいいかと確認した。彼女は素直に頷いたが、彼はどこか納得がいかなげな様子で耳朶を甘噛みして、イレーネが誰のものであるか尋ねてきた。

「わたしは……」

 イレーネが望み通りの言葉を吐くと、起き上がってぴったりと閉じていた膝を割り、下着を剥ぎ取る。そして膝を胸につくほど折り曲げさせ、指で触れて濡れているかどうか――ユリウスに精を注ぎ込まれてないか確かめてくる。

 あの夜と同じ。でも、違うのは――

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