わたしを捨てたはずの婚約者様からは逃げられない。

りつ

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68、夜更け

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 グリゼルダは、ディートハルトに何度もイレーネに会わせるよう頼んでいたらしい。しかし彼はのらりくらりとグリゼルダの要求を躱し、イレーネを屋敷から出そうとしなかった。当然、グリゼルダの侍女として働くことも認めなかった。

 しかしグリゼルダがこう提案すると、考えを変えた。

「私のそばで働けば、今よりも会える時間が増えるのではなくて?」

 ディートハルトはとにかく忙しかった。銀の騎士団では総長を補佐する役職に就かされており、それとはまた別の任務にも当たっているらしい。やっと仕事が終わっても、家へ帰る途中でまた王城へ呼び戻されるという激務である。

 イレーネに会いたくても、会えない。結果フラストレーションがたまっていき、仮眠をとってもまったく休んだ気にならない。

「こちらから会いに行けないというなら、向こうをこちらに呼び寄せればいいというわけ」

 ディートハルトが仕事に精を出している間は自分のそばで世話をしてもらう。そういうことをグリゼルダが述べて、ディートハルトが乗ってイレーネを呼び出した。そこに、当人の意思は関係ない。女王陛下に仕えることができるのは大変な名誉なことでもあったから。

 こうしてイレーネはグリゼルダの侍女として働き始めた。

 王女ではなく、女王になった彼女の世話はとても責任を負うもので、自分の失敗が女王の威信を傷つけることにもなりかねないので気が抜けなかった。先輩侍女にも叱責を受け、覚えることもたくさんあった。

 ようやく一日の仕事を終えて、くたくたになって自分の部屋へ帰り、倒れ込むように寝台に横になると、あっという間に眠ってしまう日々だった。

「……ん」

 ふと夜中に目が覚めて、背中に体温を感じる。ディートハルトだった。

 初めの頃は盗人かと思って心臓が止まりそうになったが、相手が彼だとわかり、毎晩イレーネの部屋へ忍び込んで抱きしめられるといつしか慣れてしまった。襲われないだけまだましだと思ったので、自分もずいぶんと耐性がついたものだなと他人事のように思う。

 寝返りを打てば、腕に力がこもり、苦しい。実は起きているのではないかと疑いたくなるが、向かい合って見つめる彼の目は閉じられており、実に安らかな寝息を立てていた。無防備で、いつも怖いくらい整った顔立ちがほんの少しだけ幼く見える。

(今はもう、わたしが少し動いただけじゃ起きない……)

 以前なら反射的に目を覚ましていたのに。それほど疲れているのだろうか。それともイレーネなど放っておいても敵にはならないと身体に刻みつけられたからか。

 疲労の滲む目元をそっと撫でる。

「ばかな人……」

 そう小さく呟くと、イレーネはまた目を閉じた。

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