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62、寝ても覚めても
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これで終わりかと思ったが、目覚めてからもディートハルトはイレーネを抱き潰した。再婚するまでにもう何度も抱かれていたが、あれはまだ抑えていた方なのだと知った。まだ二十代であるディートハルトの性欲は有り余っているようで、それ以上の何かを感じざるを得なかった。それくらい執拗で、飢えた野良犬のように貪られた。
「イレーネ」
気づけば三日三晩、部屋から出してもらえていない。
目が覚めると、ディートハルトの顔が必ず目に映る。じっと見下ろす彼の瞳から目を逸らし、イレーネは重い身体を持ち上げた。部屋の中は眠った時より明るかったが、窓から差し込む陽光はすでに傾きかけていた。どうやら夕方まで眠ってしまっていたらしい。
(いつまで出してもらえないのかしら……)
イレーネはぼんやりそう思いながら、ディートハルトに抱き上げられ、広い浴室へと連れて行かれた。そこで身体を清められている間、メイドがシーツを取り換え、室内を換気する。あんなことをした後の部屋を掃除しなければならない彼女たちに心底申し訳なさと羞恥心を覚えるものの、疲れてどうでもいいと思うようにもなっていた。
「疲れたか?」
「ええ……」
裸を晒していろんなところを拭かれていても、されるがままだった。ディートハルトもこの間はさすがに手を出してこないので、大人しく身を預けられた。
「このあと夕食だから、力がつくよう食べるといい」
「それより、眠りたいです……」
「わかった。だがその後にまた、付き合ってくれ」
また? というように思わず彼の顔を見てしまう。ディートハルトは壊れ物でも扱うような手つきでイレーネの脚を濡れたタオルで拭っていた。
「一週間、休みをもぎ取った。それが終わればまたしばらく家へ帰るのが難しくなる」
どうやらグリゼルダが女王に即位したとはいえ、まだまだ安泰とは言えないらしい。次から次へと問題が起こるため、ディートハルトは重宝されているようだ。これまで長いこと団を留守にしていたことも踏まえれば、今までの穴埋めとしては当然かもしれない。
(でも一週間……)
今は四日目。あと三日は、あの寝台に磔にされるのだとわかり、気が滅入った。
「エミールとヨルクは、元気にやっているでしょうか……」
「きみの父親はエミールを可愛がっているし、エミールはヨルクを気にかけている。大丈夫だ」
「直接、顔が見たいわ……」
「俺が仕事へ行くのと入れ替わるかたちでここへ戻ってくる」
それまでは、会えないということだ。
イレーネが落ち込むと、ディートハルトは頬に軽く口づけした。また抱き上げられて、寝室へと戻る。――どうせまた脱がされるだろうから、簡単に脱ぎ着できる衣服を着せられ、用意されたテーブルと椅子で食事をとった。寝台で食べることもできたが、ディートハルトはあまり好まないらしく、イレーネもせめて椅子に座って人間らしい生活をしたいとテーブルについた。
メニューはイレーネの体調を気遣ってか、胃に優しいものが多く、別に病人でもないのにあれこれと気を回させてしまい、少し後ろめたさを感じる。ちなみにディートハルトは肉料理をがっつりと胃に収めていた。
食事を終えると、また眠くなってきて、寝台へと横になった。当然、ディートハルトも隣に寝そべってくる。
「ずっと部屋にこもっていらして、いいんですの」
「我が家の家令は優秀だ」
それは他の使用人にも言えることで、使える者しか公爵家では雇っていない。
イレーネはうとうとと目を瞬き、ディートハルトの目の前で眠りそうになった。行為の最中に気を失うことはあっても、何もしないまま眠りに落ちていく様はあまり見られたくなかったが、このまま起きていればまた抱かれると思い、瞼を下ろした。
――次に目を覚ますと、またディートハルトの顔があって、さらに起きる前と変わらず自分を見つめていたので驚いた。そんなに時間が経っていないのかと思ったが、カーテンの隙間から見える外は真っ暗で、室内も薄暗かった。何より身体に寝起き特有の怠さを感じた。
「ずっと、そうしていらしたんですか」
「ああ」
「退屈ではなかったですか」
「別に」
「……眠っている人の顔を見ると、眠くなりませんか」
「ならない」
ディートハルトのすげない返事に、イレーネは困ったように眉を下げた。
「ディートハルト様は、体力がおありなのですね」
「騎士団の任務はもっと激務だ。誰かが寝落ちしても、自分だけは起きていなければ生き残れない」
そんな状況があるのだろうかと思ったが、イレーネが知らないだけであるのだろう。
(身体中の傷も……)
婚約時代も、こんなにあっただろうか。もう思い出せなかった。第一、ディートハルトは肌を見せずにイレーネを抱くことがほとんどだった。たとえ見せる機会があっても、イレーネはあまり見ないようにしていた。
「何を考えている?」
手を伸ばされ、頬にかかったおくれ毛を耳にかけられる。そのまま、頬に掌を当てられる。
「……どうして裸なのだろうと思いまして」
たしか寝る前は服を着ていたはずだ。
「暑かったから脱いだ」
たしかに触れる掌は熱い。
「きみの身体は冷たい」
腰を引き寄せられ、ぐっと距離を近づけられる。大きな身体にすっぽりと抱きしめられ、温もりに包まれると、また眠たくなってきた。
「眠る時は、ずいぶんと大人しい」
後ろに流した髪を指で梳かれる。答えなくてもいいや、と思った。何度も抱かれて、ディートハルト以外の人間とはろくに会うこともできず、いつまでも張りつめた緊張感を保ち続けることは不可能だった。
「イレーネ……」
名前を呼ばれる。その声には何らかの感情が込められているように聴こえたが、イレーネは知りたいと思わなかった。
「イレーネ」
気づけば三日三晩、部屋から出してもらえていない。
目が覚めると、ディートハルトの顔が必ず目に映る。じっと見下ろす彼の瞳から目を逸らし、イレーネは重い身体を持ち上げた。部屋の中は眠った時より明るかったが、窓から差し込む陽光はすでに傾きかけていた。どうやら夕方まで眠ってしまっていたらしい。
(いつまで出してもらえないのかしら……)
イレーネはぼんやりそう思いながら、ディートハルトに抱き上げられ、広い浴室へと連れて行かれた。そこで身体を清められている間、メイドがシーツを取り換え、室内を換気する。あんなことをした後の部屋を掃除しなければならない彼女たちに心底申し訳なさと羞恥心を覚えるものの、疲れてどうでもいいと思うようにもなっていた。
「疲れたか?」
「ええ……」
裸を晒していろんなところを拭かれていても、されるがままだった。ディートハルトもこの間はさすがに手を出してこないので、大人しく身を預けられた。
「このあと夕食だから、力がつくよう食べるといい」
「それより、眠りたいです……」
「わかった。だがその後にまた、付き合ってくれ」
また? というように思わず彼の顔を見てしまう。ディートハルトは壊れ物でも扱うような手つきでイレーネの脚を濡れたタオルで拭っていた。
「一週間、休みをもぎ取った。それが終わればまたしばらく家へ帰るのが難しくなる」
どうやらグリゼルダが女王に即位したとはいえ、まだまだ安泰とは言えないらしい。次から次へと問題が起こるため、ディートハルトは重宝されているようだ。これまで長いこと団を留守にしていたことも踏まえれば、今までの穴埋めとしては当然かもしれない。
(でも一週間……)
今は四日目。あと三日は、あの寝台に磔にされるのだとわかり、気が滅入った。
「エミールとヨルクは、元気にやっているでしょうか……」
「きみの父親はエミールを可愛がっているし、エミールはヨルクを気にかけている。大丈夫だ」
「直接、顔が見たいわ……」
「俺が仕事へ行くのと入れ替わるかたちでここへ戻ってくる」
それまでは、会えないということだ。
イレーネが落ち込むと、ディートハルトは頬に軽く口づけした。また抱き上げられて、寝室へと戻る。――どうせまた脱がされるだろうから、簡単に脱ぎ着できる衣服を着せられ、用意されたテーブルと椅子で食事をとった。寝台で食べることもできたが、ディートハルトはあまり好まないらしく、イレーネもせめて椅子に座って人間らしい生活をしたいとテーブルについた。
メニューはイレーネの体調を気遣ってか、胃に優しいものが多く、別に病人でもないのにあれこれと気を回させてしまい、少し後ろめたさを感じる。ちなみにディートハルトは肉料理をがっつりと胃に収めていた。
食事を終えると、また眠くなってきて、寝台へと横になった。当然、ディートハルトも隣に寝そべってくる。
「ずっと部屋にこもっていらして、いいんですの」
「我が家の家令は優秀だ」
それは他の使用人にも言えることで、使える者しか公爵家では雇っていない。
イレーネはうとうとと目を瞬き、ディートハルトの目の前で眠りそうになった。行為の最中に気を失うことはあっても、何もしないまま眠りに落ちていく様はあまり見られたくなかったが、このまま起きていればまた抱かれると思い、瞼を下ろした。
――次に目を覚ますと、またディートハルトの顔があって、さらに起きる前と変わらず自分を見つめていたので驚いた。そんなに時間が経っていないのかと思ったが、カーテンの隙間から見える外は真っ暗で、室内も薄暗かった。何より身体に寝起き特有の怠さを感じた。
「ずっと、そうしていらしたんですか」
「ああ」
「退屈ではなかったですか」
「別に」
「……眠っている人の顔を見ると、眠くなりませんか」
「ならない」
ディートハルトのすげない返事に、イレーネは困ったように眉を下げた。
「ディートハルト様は、体力がおありなのですね」
「騎士団の任務はもっと激務だ。誰かが寝落ちしても、自分だけは起きていなければ生き残れない」
そんな状況があるのだろうかと思ったが、イレーネが知らないだけであるのだろう。
(身体中の傷も……)
婚約時代も、こんなにあっただろうか。もう思い出せなかった。第一、ディートハルトは肌を見せずにイレーネを抱くことがほとんどだった。たとえ見せる機会があっても、イレーネはあまり見ないようにしていた。
「何を考えている?」
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「イレーネ……」
名前を呼ばれる。その声には何らかの感情が込められているように聴こえたが、イレーネは知りたいと思わなかった。
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