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60、二度目の結婚式
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ディートハルトはまるで親子の会話をこっそり聞いたように、数日後イレーネに再婚を申し込んだ。彼はエミールにも許可を得て、母親を大切にすること、愛することを約束した。
「きみのことも、守ろう」
「うん……これから、なんて呼べばいい?」
エミールの質問に、ディートハルトはふっと微笑んだ。
「今までどおりの呼び方で構わない。他の呼び方がいいなら、何でも好きに呼んでいいぞ」
「うーん……じゃあ、ヨルクと同じ、父上って呼んでいい?」
「ああ。もちろん」
「ヨルクも、いい?」
隣にいたヨルクは、ちょっとたじろいだ。
「なんで俺にも聞くの?」
「だってヨルクのお父さんなんだもん」
「別に……いいよ」
「ほんとう? 無理してない? やせ我慢してない?」
「してない! ……いいよ。エミールなら」
「わかった」
エミールがよかったと笑みを浮かべると、ヨルクはイレーネへの方をちらりと見た。
「俺も、イレーネさんのこと、何て呼べばいいですか?」
「わたしのことも、あなたの好きなように呼んでいいわよ」
「じゃあ……母さん、って呼んでいい?」
「お母さんじゃないの?」
エミールが横から口を挟めば、ヨルクはツンと顎を反らした。
「お母さんは子どもっぽい」
「えー変わんないよぉ」
「全然違う!」
エミールとヨルクのやり取りに目を細めながら、イレーネはいいわよと答えた。ヨルクは照れ臭そうに微笑み、母さんと言った。
イレーネは再婚の手続きを済ませるだけかと思ったが、ディートハルトは式もきちんと挙げるべきだと言った。
イレーネの父も、亡くなった母親のためにそうしてほしいと頼んできて、エミールたちも、よくわからないがお祭り気分が味わえるならば式を挙げてほしいと言ったので、結局イレーネは純白の花嫁衣装を着て、王都の大聖堂でディートハルトに愛を誓うこととなった。
(ハインツ様ともこんな立派な式、挙げられなかったのに……)
しかし誰もそんなことは気にしていない。エミールでさえ、お母さんとってもきれいだと褒めてくれた。
「――イレーネ」
ディートハルトは黒を基調とした銀の騎士団の正装に身を包んでおり、その様は参列する女性陣ほぼ全員をうっとりさせるほどの色気を放っていた。そんな彼の瞳はイレーネ一人に注がれており、こんな素敵な殿方と再婚できるなんて羨ましいという心の声があちこちから聴こえてくる気がした。
だがイレーネはいよいよこれで本当に逃げ場を失った気がして、諦観にも似た気持ちでディートハルトの口づけに応えるのだった。
披露宴には女王陛下――グリゼルダも出席しており、イレーネは懐かしい再会を果たした。
「久しぶりね、イレーネ」
他の者よりも数段高い席に着いていたグリゼルダは威厳があり、あの頃の美貌はさらに磨きがかかっていた。イレーネは眩しいものを見るかのように目を細め、腰を折って挨拶した。
グリゼルダは型通りの祝いの言葉を述べると、それ以上は深く尋ねてこなかった。いっそ他人行儀とも言える態度に寂しさを感じたが、イレーネは仕方がないことだと諦めた。
彼女はもう姫ではない。諸侯や民を率いる一国の女王なのだから。
六年前の思い出話に浸ることはできない。過去より、未来を見据えなければならない。何より、イレーネのすぐ後ろにディートハルトがいる状態で、ハインツと駆け落ちした話などできるはずがなかった。
ディートハルトもあまりグリゼルダと話をさせたくないのか、挨拶が終わると、すぐにイレーネを席へと戻らせた。そして宴の間、彼はテーブルの下でずっとイレーネの手を握っていた。もうどこへも逃げ出さないように。
「きみのことも、守ろう」
「うん……これから、なんて呼べばいい?」
エミールの質問に、ディートハルトはふっと微笑んだ。
「今までどおりの呼び方で構わない。他の呼び方がいいなら、何でも好きに呼んでいいぞ」
「うーん……じゃあ、ヨルクと同じ、父上って呼んでいい?」
「ああ。もちろん」
「ヨルクも、いい?」
隣にいたヨルクは、ちょっとたじろいだ。
「なんで俺にも聞くの?」
「だってヨルクのお父さんなんだもん」
「別に……いいよ」
「ほんとう? 無理してない? やせ我慢してない?」
「してない! ……いいよ。エミールなら」
「わかった」
エミールがよかったと笑みを浮かべると、ヨルクはイレーネへの方をちらりと見た。
「俺も、イレーネさんのこと、何て呼べばいいですか?」
「わたしのことも、あなたの好きなように呼んでいいわよ」
「じゃあ……母さん、って呼んでいい?」
「お母さんじゃないの?」
エミールが横から口を挟めば、ヨルクはツンと顎を反らした。
「お母さんは子どもっぽい」
「えー変わんないよぉ」
「全然違う!」
エミールとヨルクのやり取りに目を細めながら、イレーネはいいわよと答えた。ヨルクは照れ臭そうに微笑み、母さんと言った。
イレーネは再婚の手続きを済ませるだけかと思ったが、ディートハルトは式もきちんと挙げるべきだと言った。
イレーネの父も、亡くなった母親のためにそうしてほしいと頼んできて、エミールたちも、よくわからないがお祭り気分が味わえるならば式を挙げてほしいと言ったので、結局イレーネは純白の花嫁衣装を着て、王都の大聖堂でディートハルトに愛を誓うこととなった。
(ハインツ様ともこんな立派な式、挙げられなかったのに……)
しかし誰もそんなことは気にしていない。エミールでさえ、お母さんとってもきれいだと褒めてくれた。
「――イレーネ」
ディートハルトは黒を基調とした銀の騎士団の正装に身を包んでおり、その様は参列する女性陣ほぼ全員をうっとりさせるほどの色気を放っていた。そんな彼の瞳はイレーネ一人に注がれており、こんな素敵な殿方と再婚できるなんて羨ましいという心の声があちこちから聴こえてくる気がした。
だがイレーネはいよいよこれで本当に逃げ場を失った気がして、諦観にも似た気持ちでディートハルトの口づけに応えるのだった。
披露宴には女王陛下――グリゼルダも出席しており、イレーネは懐かしい再会を果たした。
「久しぶりね、イレーネ」
他の者よりも数段高い席に着いていたグリゼルダは威厳があり、あの頃の美貌はさらに磨きがかかっていた。イレーネは眩しいものを見るかのように目を細め、腰を折って挨拶した。
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